Season3
フェチ1 昨日の敵は今日の友美ちゃん
ここは、緑豊かな田舎の田園風景広がる平和な楽園、肩叩き県某所。田畑に囲まれて立地する老舗の駄菓子屋には、日々、光の化身たる人助け研究所の中枢メンバーが集い、この平和な御時勢に悲しみや苦しみを背負うコマッターたちを救うべく、会議を開いて議論している。
今日も今日とてその集会に参上した所長と冴子だったが、駄菓子屋の前で二人は足を止め、目の前の光景に言葉を失った。そこには確かに、人研の中枢を担う一人であるマスターの営む駄菓子屋が存在していた。昨日までは確実に。
「なっ、なんこれWhat…?」
彼らの目に映る建物は、直方体の黒い外壁、自動ドアの上に「FIVE ROOOOOO!!」と綴られた電光看板。ドアが閉まっているにも関わらず、内部から聴こえてくる大音量のディスコ音楽。何もかもがこの土地に似つかわしくない。そして、あの古きよき馴染み深い駄菓子屋の佇まいは、跡形もなく消えていた。口を開けたまま、その派手にフィーバーな店の前で二人が固まっていると、ふと、耳に届く音楽の量が増える。正面の入り口が左右に開き、中から二つの影が現れたのだ。
「マスター!!」
見知った顔が現れ、冴子は明るい笑顔を見せる。しかし、それも束の間。冴子は険しい表情でマスターと同行者を交互に見やる。建物から出てきたマスターは、親しげに隣の人物と肩を組み、二人の強い結びつきを所長たちに見せ付けているようだった。
「これはどういうことだい、マスター?」
所長は困惑した様子で、現状の説明を求める。マスターと同行者はアイコンタクトで互いに意思疎通を取る。同行者はマスターの肩から腕を放し、一歩前に歩みだす。全身金色の体にサングラスをかけ、棒状のフライドポテトを咥える…河童だ。背中に亀の甲羅、頭に皿。紛れもなく、誰がどう見ても河童である。河童はサングラスを取り、タバコをふかすようにフライドポテトを人差し指と中指で挟んで口から離すと、ふぅと息を吐いて所長と冴子に笑みを送った。クリクリした大きな瞳にカールしたまつげ、素顔は意外にもチャーミングである。
「俺は、すぅぱぁK。今日からここは、俺たち『フェチの会』の溜まり場にさせてもらう。ブラザーは快く了承してくれたぜ。下らないヒーローごっこのために使うよりも有効的だって、な?」
言いながらマスターの肩を何度も叩くすぅぱぁK。それに答えるようにマスターはサムズアップして熱いまなざしをすぅぱぁKに向けた。納得できない冴子は、マスターに駆け寄り、胸倉を掴んで激しく彼の体を揺さぶる。
「フェチの会の溜まり場だと!?それでは私たち、人助け研究所の会議はどうなる!?私たちとのこれまでの活動は遊びだったというのか!?弄ぶだけ弄んで…酷いわマスター!!!」
「あぐっ!!さっ、冴え、く、くっ、苦しいで、、、、」
「冴子君、やめなさい。」
所長は、冴子の両腕を押さえて彼女を宥め、マスターを解放した。冴子は冷静さを取り戻しはしたものの、許せないという様子でマスターを睨み続ける。マスターは二人と視線を合わせようとしない。
「マスター、君に何があってこうなってしまったのか。僕たちには想像することしか出来ないが、僕は…僕たちは、君の心に残る正義の光を信じている。」
「…。」
「行こう、冴子君。」
「…分かった。」
所長は建物に背を向け、歩き出す。非難の目をマスターに浴びせてから、冴子も所長の後に続いてその場を去った。彼らの背を最後まで見送ることなく、マスターはすぅぱぁKと共に建物の中に入っていった。
行き場をなくした二人は、近くの公園のブランコに座って徒然なまま時間を過ごしていた。互いに言葉を発することなく、ただ静かに時の流れに身を委ねている。信頼していた大切な仲間に何の前触れもなく見限られた。それが堪らなく腹立たしく、悔しく、悲しく…。複雑な思いを抱えた二人は心の整理をするように青空をぼんやり眺めた。先に気持ちをまとめられた所長が長い沈黙を破る。
「しばらくは、この公園を仮拠点として活動を続けようか。」
「…冬は寒そうだな。」
「夏は、暑いよ。」
所長の言葉に自身も気持ちの整理がついたのか、冴子はブランコを漕ぎながら、いつもの快活な笑顔を取り戻した。
「…やっぱり、本部は取り戻さないとな!あと何か訳があるであろうマスターも!」
「そうだね。『フェチの会』って集まりのことも気になるし。」
「決まりだな!所長、これより、本部奪還作戦の幕開けだ!」
「おー!」
片手で互いの手を打ち合う所長と冴子。二人が特別任務の始動に胸躍らせるその時、彼らの前に一人の天使が舞い降りた。
「あれ?冴子?」
「むっ、誰だ!?国民美少女コンテストで毎回書類審査落ちしても、めげないしょげない泣かないの3ないに徹する鋼の女、冴子ちゃんの名を呼ぶのは!?」
「応募してたんだ…。」
ブランコから飛び降りた冴子の前には、買い物袋を携えた一人の少女が居た。見慣れた顔に冴子は大きな大輪の花を咲かせて少女に抱きついた。
「うおおおおおおおおーーーーーーーーーーー!!!千佳ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「うわっ!!ちょっ、ちょっと!?冴子!!」
「冴子君、落ち着きなさい。」
所長もまたブランコから降りて、千佳に抱きつく冴子の頭にチョップを一撃。我に返った冴子は、千佳の肩を抱き寄せ、自慢げに鼻息を噴いた。
「説明しよう!彼女は海参千佳!私が通うアハンウフン女学園の生徒であり、同級生であり、私の友であり、恋人であり、フィアンセであり、脈あり…でぇへへへへへ!!」
「ちょっと親しいだけの友達でしょ!もう…。」
「冴子君がお世話になってるね。」
「いえいえ。それで、あなたはもしかして冴子のお父さん?」
「説明しよう!!彼は、栄えある正義の組織、人助け研究所の最高責任者であり、私の実の父のような存在であり、友であり、恋人であり、旦那様であり、脈あり…でへ、でへへへへへへ!!!!」
「誤解がないように、彼女と僕は同じ組織で活動する同志だよ。」
「部活動の先輩後輩みたいなものですかね?」
「そんなところだね。」
「ところで、お二人はここでその組織?の活動をしてたんですか?」
「ぢつは…。」
冴子はここに至るまでの経緯を全て千佳に話した。自分たちが日々困った人々のために活動していること、仲間であるマスターが彼らを見限ったこと、本部を失い路頭に迷っていたこと、今日の晩御飯はカレーとシチューどちらにするか迷っていたこと、出かける前にチューブにしゃぶりついてマヨっていたこと…洗いざらい全てを語った。
「後半の二つ、必要あった?」
「必要だろ!材料似たり寄ったりで、カレーとシチューどっち作るか迷うだろ!マヨネーズは…美味しいだろ!」
「カレーとシチューは、両方作っちゃえばいいんじゃないかな?分量考えて。」
「それだ!!さすが所長!!私の尊敬するミシュラン常連シェフだ!!」
冴子は懐からメモ帳とペンを取り出し、「両方作ればいいんだよ!」と大きく書いてまた懐に戻した。悩みが解消されて、彼女は今にも昇天しそうな晴れやかな表情を見せている。そんな冴子は置いといて
「放置プレイだと!?ふざけるな!冴子ちゃん、寂しいと死んでしまうのん!」
訂正しよう。冴子ラビットを気に掛けつつ、千佳は所長に女神の慈愛をもたらした。
「女神の慈愛って…まあいっか。あの、もしよかったらうちの店に来ます?駄菓子屋さんの裏手ですけど。」
「申し出はありがたいけど、御迷惑にならないかな?」
「大丈夫ですよ!実はお二人みたいに…活動内容は逆だけど…うちの店を拠点にしている方もいますから。」
「ほぅ、それは興味深い。」
「所長、ここはお言葉に甘えて甘々ごろにゃんこだ!!」
「だね。」
かくして、救いのエンジェル千佳の好意をありがたく受けた所長と冴子は、千佳の父親が経営する回転寿司店へと足を運ぶのであった。そこで待ち受ける暗黒の悪魔の存在を知る由もなく。
個人経営の回転寿司店「美味い鯉」。海に隣接していない地域である本県において、新鮮な魚介類が美味しくいただけると、好評の嵐吹き荒れる人気のお店である。そんな人々の舌を楽しませる幸福の棲家に潜む邪悪な意思。店の右奥のファミリー席を陣取る体操着にブルマ姿の少女。彼女こそ、深淵なる奈落の神の使徒たる、はた迷惑追求所首領、ぴち子なのだ。
「ノンノン、『ピ・ティーコ』ゾンババヌポ。やり直しゾンババヌポ。」
これは失敬。では改めて…。
「こちらです…あっ、ぴち子さん!丁度良かった。」
「だからピ・ティーコゾンババヌポ!…そちらの二人は誰ゾンババヌポ?」
改められなかったのが悔やまれるが、話を進めるとしよう。ぴち…ピ・ティーコのもとにやってきた千佳は、所長と冴子を席に促し、座らせた。ピ・ティーコの反対側に座った二人は、普通に考えて奇抜な格好のピ・ティーコに警戒しつつも、彼女に名刺を差し出した。
「…人助け研究所という慈善組織の責任者をしている、通称所長です。」
「…同じく、アルティメット救世ティスト天女、冴子ちゃんだ!」
「あっ、御丁寧にどうもゾンババヌポ…。えっと。」
ピ・ティーコもまたお尻のポケットを探り、くしゃくしゃに丸められた名刺を広げて二人に差し出した。
「はた迷惑追求所という慈悪組織の首領をやっちゃってますゾンババヌポ。ピ・ティーコゾンババヌポ。」
「宜しく。」
「しくよろ。」
「よろれいひーゾンババヌポ。」
三人は固い握手を交わし、自己紹介が終了。名刺を懐にしまい、所長は身を乗り出してピ・ティーコにこれまでの経緯を説明。それを踏まえて仮拠点としてここを使わせてもらうことになったと報告した。ピ・ティーコはしばし考え、ゆっくりと首を縦に振った。
「事情は分かったゾンババヌポ。我らと相反する宿敵勢力とはいえ、このまま野ざらしで息絶えさせては面白くもなんともないゾンババヌポ。仮拠点として存分に利用するがいいゾンババヌポ!」
「本当か!?ありがとう!!ゾン・ババゾノさん!!」
「違う!ピ・ティーコゾンババヌポ!!」
「一応言っとくけど、店の所有者はうちのお父さんだからね。」
千佳の補足を耳に流しつつ、冴子の熱い抱擁を受け入れて同じように抱き返すピ・ティーコ。なんとか活動拠点を確保できた所長はホッと胸を撫で下ろし、サーモンの皿を取って頬張った。と、ピ・ティーコは冴子との抱擁を解き、付け足すように言葉を発する。
「た・だ・し、その奪還作戦、はた迷惑追求所にも手伝わせろゾンババヌポ!」
「むっ、拠点貸し出しだけでなく奪還作戦にも助力してくれるのか?」
「勘違いするなゾンババヌポ!べっ、別に正義の組織が心配で手を貸すんじゃないんだからねゾンババヌポ!」
「では何故?」
ピ・ティーコはアサリ汁をひとすすりすると、むせて咳き込んだ。千佳に背中をさすってもらい、落ち着いたところで声色を低くして怪談話をするように話し始めた。
「実は近頃、その『フェチの会』なる変態集団に邪魔をされ、悪事が思うように進んでいないゾンババヌポ。」
「変態集団?フェチの会というのはどんな組織なんだい?」
ピ・ティーコは水を喉に流し、周囲を見渡してから、声の大きさを下げた。
「私見では、文字通り、己の欲望を満たす変態的なフェチズムをなりふり構わず横行して、愉悦に浸るというおぞましき意思を持った連中が集う一団ゾンババヌポ。」
「となると、そこには正義の心も悪の誓いも存在しない…。」
「エゴイズムだけが奴らを動かす原動力というわけだね。」
千佳が静かに見守る中、三人は黙ったまま互いの顔を見回す。カッパ巻きの皿が三人の座るテーブルを通過したのを合図に三人は立ち上がり、所長の手を最底として冴子、ピ・ティーコが手を重ねた。三人は一斉に千佳に熱い視線を送る。困惑した千佳は、流れを察して諦めたようにピ・ティーコの手の上に自分の手を置いた。
「今ここに光と闇の休戦協定・共同戦線を宣誓する!!」
「目指すは第三の敵、フェチの会打倒ゾンババヌポ!!」
「我ら、正義と悪の連合軍で以って、必ずや奴らの殲滅と囚われの姫君マスター&人研本部の奪還を果たす!!」
再び三人の目が千佳に集中する。もはや何を言えばいいのかよく分からない千佳に、優しいナレーターさんがカンペを用意してあげたのだ。
「今こそ手を取り立ち上がろう!!光と闇の新時代が、今ここに幕を開けるのだ!!」
カンペを無視して実はノリノリだった千佳嬢に他の三人も大いに沸きあがる。正義と悪、傍観者という、互いの立場を超え、戦士たちの心が一つになった瞬間である。
新たな脅威として現れた謎のエゴティックな組織「フェチの会」。これに立ち向かう連合勢力は、果たして強大な自己愛の塊に抗うことができるのだろうか。君が今、歴史の生き証人となる。
☆今日のぷーたん☆
「…ずぞぞぞぞ。」
ぷーたんは白亜紀の化石から体細胞分裂で蘇った厚かましいブドウの先祖様。
今日は日課のエナメル線サンバで心も体もO-RE!大腸も健康そのもの。
明日はどんな顔を見せてくれるかな? ぷーたん、またね!
☆ーーーーーー☆
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