外法2 スイーツ忍法帖
人助け研究所の本部がある田舎町の駄菓子屋。その裏手で日々寿司皿を回し続ける回転寿司屋「美味い鯉」。今日もまた、店内の一角で、悪の暗黒結社「はた迷惑追求所」の幹部たちが集結し、世の人々を奈落の底に貶めるべく、作戦会議をしていた。
「今日、娘の誕生日なんで帰っていいっすか?」
茶をチビチビと啜りながら、居心地悪そうに眉を曲げる通行人Aもとい首領。ここに来てからというもの、ずっとこの調子なのだ。
「オイゴラァ!陰陽師野郎の姿が見えねえぞゴラァ!」
イナダを2貫一度に口に放り込み、オイゴラァは貧乏ゆすりを始める。彼の言うように、いつものメンバーが顔を揃える中で、晴れ明けの姿だけが見当たらなかった。
「オイゴラァ!まさかあのインチキ術師、怖気づいて逃げたんじゃねえだろうなぁ?ゴラァ!」
「そんなわけ あるはずないよ 落ち着きな。」
流れてきたプリンの皿に手を伸ばしながら17姫がオイゴラァを宥める。今にも立ち上がって暴れそうになっていたオイゴラァは、鼻息を大きく噴出すると、流れてきた軍艦巻きを取り、皿を傾けて口の中に流し込んだ。
「首領、晴れ明けから連絡はなかったのかい?」
白衣に付いた醤油のシミをお手拭で一生懸命擦りながら、ミスターワイズマンコォォォゥは、首領を横目で見る。首領は返答もせずに、腕時計と明後日の方を交互に見やりながら、一層に帰りたそうである。
「晴れ明けさんでしたら、任務に出るとかで、今日は来られないみたいですよ?」
一同の視線(首領は除く)が近付いてきた少女に向く。組織のイメージキャラクターにして、回転寿司屋の看板娘である、プリティー千佳だ。
「イメージキャラクターでもないし、頭にプリティーを付けるのやめてください!」
「しかしても 千佳嬢何故に それを知る?」
「今朝、朝一でお店にいらして、お父さんに言伝していったそうですよ。他のメンバーに話すと、前回失敗した自分は選んでもらえないからって。あと今回名誉挽回して、極上の悪事報告を持ってくる、とも言っていたそうです。ね?お父さん。」
寿司の流れるレーンに囲まれたスペースで、他の板前と共に寿司を握っていたこの店の店長で、千佳の父親でもある、
「オイゴラァ!俺達まるで信頼されてねえぞゴラァ!」
「そりゃあ信頼したくないだろう。我々の誰もが皆悪であり、信頼すれば痛い目見るのなんて分かりきっていること。そんなことも分からんのか、この鼻息加湿器は…ぶつぶつぶつ。」
晴れ明けの独断任務決行に、一同(首領をry)不満を露わにするものの、せっかく集まったのだからと、別の任務を考え始めた。
「娘のプレゼントとか買いに行きたいんで、帰ってもいいっすか?」
いいっすよ。
「駄目っすよ 首領がいなきゃ 進まない。」
そうっすね。
所変わってここは、肩叩き県南西よりもちょっと東ぐらいの場所で繁盛する有名スイーツ店。手作りケーキや菓子パン、饅頭といった和スイーツも扱っている、甘味に満ちた地元人気店である。売られている商品は、夕時には全て完売するほどであるが、中でも群を抜いて人気なのが、この店の看板商品であるスペシャルショコラである。濃厚なチョコレートの甘さと、季節によって入れるものが変わる果物の風味が絶妙なバランスで均衡を保ち、世のスイーツ愛好家たちの舌を唸らせているのだ。このスペシャルショコラ欲しさに、店には開店前から客が並び、開店して10分も経たない内に売切れてしまう。客足の絶えないそんな人気店であるが、今日は何やら様子がおかしいようだ。
店に並ぶ人影数多なのはいつものことなのだが、並ぶ客の姿をよく見て欲しい。黒い頭巾に口元を隠し、全身を忍び装束で着飾った忍者が一人、二人、三人…。店の外の列だけではない。ウインドウから店内を覗いてみると…何だこれは。満員電車の如く、黒い忍び集団がぎゅうぎゅうに蠢いているではないか。何かを買うわけでもなく、かといって外に出るわけでもなく、食事スペースさえも占拠し、店には客が一切入れない状態である。店の中では困った店員さんたちがあたふたすることしかできないでいる。忍者の一団に圧倒されてか、常連客たちも中に入ることができず、店の側に来ては踵を返して去っていく。このままでは一日にして大赤字が出てしまう。店としては大打撃に他ならない。そんな忍者騒動に悲鳴を上げる店員達の心を見透かしたように、街路樹に隠れて笑みをこぼす陰陽師姿の男。はた迷惑追求所幹部、晴れ明けである。今回の一件は、彼が糸を引いているのだ。
「ホホホ…。人助け研究所と戦うには、些か早急すぎたでおじゃる故、しばし、連中の動向を伺いながら、細々と地味な悪事で人々を苦しめるでおじゃる。ひとまず失態を晒したマロの幹部としての威信を取り戻すべく、この任務で有名スイーツ店を潰して、堂々と会議の場に戻ってみせるでおじゃる!」
晴れ明けは、双眼鏡片手にトランシーバーを使い、店を襲撃する忍者に指示を出す。
「こちら晴れ明け。1/4蔵、応答するのじゃ。」
「こちら1/4蔵。どうぞ。」
店の外で一人地面に正座をする忍者がトランシーバーを手に、通信に応じた。1/4蔵と呼ばれた忍者はその場に立ち上がり、電波の良さそうな場所へと移動する。
「1/4蔵、駐車場にて店の渋滞が解消されるのを待つ車待ちの連中がちらほら現れた。目障り故、駐車場も満車にするでおじゃる。どうぞ。」
「了解。」
1/4蔵は、すぐに店の裏手の駐車場に向かう。車50台はおけるであろう広い駐車場。晴れ明けの言う通り、3台の車が止まっており、中ではスイーツを買いに来たであろう客が、本を読んだりスマホをいじったり携帯ゲームをしたり…各々の時間潰し方法で店が空くのを待っていた。
「時間はもっと有効に使えよ、現代人!忍法、分身変化の術!!」
1/4蔵が掛け声と共に自らの掌を舐めて、カンチョーの形に手を組み、先端で天を突くと、駐車場一面に白煙が立ち込め、煙が晴れる頃には、全ての駐車スペースに黒一色の車が現れた。説明しよう。分身変化の術で、1/4蔵は分身を車に変化させた状態で出現させ、駐車スペースに立たせているのだ。
「店に出した分身も含めて、総数は1050人。さすがは、服部半蔵殿を題材にした映画DVDから生まれただけのことはある。本人の私物や縁のものなどではない分、能力は劣るが、それでも天下に名を馳せる大忍者のコピー。彼奴の力があれば、有名店の一つや二つ、軽く灰燼に帰せるのじゃ!ホホホホホ!」
双眼鏡で、駐車場の待ち組が突然の事態に怯える様を眺め、高らかに笑い声を上げる晴れ明け。このままでは忍者集団の圧に屈して、人々の笑顔の源泉たる甘いスイーツが食べられなくなってしまう。そして、そんなお客さんの笑顔を見ることができなくなったパティシエたちは、スイーツ道を退くかもしれない。客も店員も三丁目の次郎さんも…世界のスイーツを愛する者達の心を影が蝕もうとした、その時だった。
「そこまでだ!!」
「むっ、何奴!?」
スイーツ店の屋根の上、そのまた上の宙空で目にも留まらぬ速さで足踏みする筋肉質な男。勢いよくジャンプし、晴れ明けの前に華麗に着地すると、右手で拳を作り、晴れ明けの方に突き出した。
「きっ、貴様は…!!」
「町を優しく包む甘い香りに身を潜め、花を囲って集いし蝶達の蜜集めを邪魔する悪い虫は、天も私も決して許さない!」
男は腰のラジカセで爆発音を鳴らし、美しい肉体美から放たれる凄まじきポーズを見せ付けた。
「私は、キャプテンチップ!ケーキは、モンブランにおしるこをかけてパンに挟んで食べるのが趣味なストレンジミーラー!キャプテン、チップだっ!!」
「またしても貴様か…。本当であれば、遭遇したくなかったでおじゃるが…仕方ない!1/4蔵!」
トランシーバーに向かって晴れ明けが叫ぶと、異変に気付いた1/4蔵が走ってきた。晴れ明けの前に立ち、クナイを構えてキャプテンチップに相対する。
「やれ、1/4蔵!そなたの力で、あの忌々しき男を排除するのじゃ!」
「御意!」
間合いを取りながら、1/4蔵は相手の出方を伺いつつ、掌を舐めてカンチョーハンドを作った。キャプテンチップもまた、拳を構えながら、様子を見ている。緊迫した空気の中、先に動いたのは1/4蔵だった。
「先手必勝!忍法、
1/4蔵の指先から渦状の炎がほとばしる。炎の渦は、キャプテンチップを飲み込もうと彼の頭上に位置取ると、そのまま急降下してきた。次々に襲い掛かる炎を転がりながら交わすキャプテンチップ。攻撃が全て交わされ、1/4蔵は次の攻撃に切り替えた。
「見かけによらず素早いやつめ。しからば!忍法、
1/4蔵の口から紫の煙が、キャプテンチップ目掛けて放出される。毒々しい深い紫の煙は、瞬く間にキャプテンチップを飲み込み、すっかり中が見えなくなってしまった。
「更に忍法、分身の術!」
1/4蔵から十人の分身が飛び出す。クナイを構え、煙を囲んで円陣を組むと、一斉に煙の中に飛び込んでいった。程なくして、断末魔ともとれるような雄叫びが上がる。
「ホホホ!さすがの彼奴とて、視界を奪われ、一方的に嬲られては手が出ぬか。よくやったぞ1/4蔵!さぁ、醜い死体を片付けて、任務の続きを…。」
「いや、まだだ…!」
「ホ?」
術を解除したわけでもないのに、次第に紫煙が晴れていく。明瞭になった視界の中に、一人の男が立っていた。我らがキャプテンチップだ。
「ばっ、馬鹿な!?分身に切り刻まれて死の雄叫びを上げたはず!だのに何故!?」
「簡単な事だ!独特の香りを持った紫の煙の中では、視覚も嗅覚も奪われた!だが、攻撃してくる実体は必ずそこにある!私の周囲1m以内に気をつけていれば、攻撃を放つ、僅か0.201秒の空白を突いて反撃が可能だ!そう、私にはセンサー感という、第6752番目の感覚が備わっているのだ!ヒーロー補正で!」
「おのれ…。1/4蔵!やれ!やってしまえ!!」
「御意!!…え?」
1/4蔵が、晴れ明けの言葉を受けて次の忍法を展開しようとすると、キャプテンチップが眼前まで間合いを詰め、1/4蔵をきつく抱きしめていた。
「時代劇はここまでだ!」
「ぐっ…離せ…!」
1/4蔵を抱きしめたまま、キャプテンチップはその場で高速回転を始める。回転は次第に速度を増し、天空に届くほどの竜巻を起こした。その竜巻に引き寄せられるように、店内外に密集していた1/4蔵の分身たちだけが、何故か竜巻に飲み込まれていった。全ての分身が竜巻の餌食になったところで、回転は速度を緩め、竜巻は静かに消え去った。ようやくキャプテンチップの腕から解放された1/4蔵は、目を回して気を失っていた。キャプテンチップは、優しく彼を地に寝かせ、晴れ明けの方に向き直る。
「必殺、チップ・メリーゴーランド。ジェットコースタースキーには好評な技だ!さぁ、残るはお前だけだぞ大納言!」
「おのれ、一度ならず二度までも…。かくなる上は!!」
このまま逃げ帰っても益々自分の立場が悪くなるだけだと、追い詰められた大納言…ではなく、晴れ明けは、懐から呪文の書かれた札が貼ってある水鉄砲を取り出し、銃口をキャプテンチップに向けた。
「そんなおもちゃで何をするつもりだ?」
「ホホホ、ただのおもちゃとて、マロの術を施せば、それ即ち凶器!」
晴れ明けが短い詠唱を済ませると、札が光りだし、中の水が沸騰し始めた。
「現代32行術、空気+水+光=
言いながら引き金を引くと、本物の拳銃のように、凝縮された水の弾を瞬時に放出し、キャプテンチップの胸に被弾した。
「がっはぁぁぁ!!!」
被弾した胸部と口元を押さえて膝をつくキャプテンチップ。押さえている口元からは、赤い液体が滴り落ちていた。
「ホホホ!鉛玉のような威力であろう?ヒーローともあろうものが油断とは、愚かでおじゃる!!」
愉悦に浸りながら、膝をついたままのキャプテンチップの眉間に銃口を向ける晴れ明け。引き金にゆっくりと指をかけていき…。
「っふうううううううーーーーーー!!!驚いたぞ!」
「!?」
引き金を引く直前、キャプテンチップは口元を拭い立ち上がった。不思議なことに、被弾したはずの胸には銃痕が一切残っていない。
「なっ、なななっ…!?」
「驚いたぞ大納言!まさかいきなり、胃内容物逆流のツボを突いてくるとはな。右乳首から体の中央に向かって2.281cmの所、よく知っていたな!その類稀なる神エイムのおかげで、ここに来る前に飲んできた10010%トマトジュースが挨拶しに出てきてしまったぞ!ははははは!!!」
胃の辺りをバンバン叩きながら、キャプテンチップは大声で笑う。そんな彼の言葉など耳に入らぬ様子で、晴れ明けは、ただただ弾が貫通しなかった彼の体を見つめていた。
「ありえない…に、人間ではない…あり、ありえな…。」
「む!?よく分からないが、今だ!ミガ・コーネェ!!」
キャプテンチップが掛け声と共に腹部に手をかざすと、先端がデッキブラシ状の剣とも棒とも言いがたい不思議な武器が彼の手に収まった。
「とぁっ!!」
武器を手に跳躍し、デッキブラシの先端を晴れ明けの胸に突き刺し、それと同時に近距離で着地して両手を柄に添えて力を込める。
「うぐ…!!こ、これは…!!?」
「光の道に帰って来い!大納言!!」
晴れ明けの胸部に光が満ちたのを確認すると、キャプテンチップはブラシを抜き、晴れ明けに背を向けて、決めポーズをとった。すぐに晴れ明けの胸部から黒い靄が出てきて、爆散。晴れ明けはその場に伏したが、不思議なことに胸に風穴の一つも開いていなかった。説明しよう。キャプテンチップのジャスティスハートにより生成された正義と更生の剣ミガ・コーネェは、人間の精神に突き刺し、正義の光を呼び起こすことができる、精神聖剣なのだ。そんな心を救う聖剣ミガ・コーネェとキャプテンチップの驚異的身体能力、そして何より彼の不屈のジャスティスハート。これら3つによって生み出された究極必殺技、クリアリスト・ブラッシュは、どれほど黒く濁りきった心でも、たちまちに真っ白洗浄してしまう正義の一撃なのだ。
「大納言、そして1/4蔵…君たちの正しき世界はここからだ!私も微力ながら手を貸す!君たちの心からの笑顔を楽しみにしているぞ!」
倒れた晴れ明け、1/4蔵を担ぎ、店を去るキャプテンチップ。平和を守り、悪を挫く彼だが、心の内では、敵対する悪にさえ、清らかな笑顔を見せて欲しいのだ。
いつか、世界に悪がいなくなり、正義と平和を愛する楽園が生まれるその日まで、
頑張れ、キャプテンチップ 負けるな、キャプテンチップ
「オイゴラァ!今日も一人足りねーぞ!」
「またかよ…いい加減にしてくれよ全く…ぶつぶつぶつ。」
「仕方ない 一足先に 始めよう。」
回転寿司屋の一角、そこに集まった幹部は3人。晴れ明けは、独断任務以来、一切姿を見せていない。新宿だか渋谷だか、どこかの都会で陰陽師姿の占い師に会ったという話を店の客から聞いた千佳は、それが晴れ明けではないかと、幹部たちに話すが、自分勝手に行方をくらませたものに用はないと、晴れ明けを見限り、幹部の任を解くことが、会議で決まっていた。そんなわけで、彼らの関心は、晴れ明けのその後よりも新たな幹部の擁立と、ある人物のことについてに向いていた。そう、彼らが待っているもう一人。
「二日連続で欠席。いい加減、首領さんを選び直したらどうですか?あの方、嫌がってたみたいですし。」
そう、通行人Aのことである。17姫が引っ張ってこないと、自分の意思では会議に参加しないのだ。
「そうは言っても、人助け研究所の存在もあるし、入念な首領選考をしている時間はないからね。」
「何よりも 彼は悪魔の カリスマだ 私の目には 狂いなぞなし。」
「オイゴラァ!その通りだ!むかつくが、あいつ以外に首領はねえよゴラァ!」
「いや、悪人には見えないんですが…。」
回転寿司が回り続けるように、彼らはた迷惑追求所の活動も、止まることなく回り続ける。次はどんな卑劣な作戦を立てて我々に牙を剥くのか。彼らの野望は計り知れぬ底の深さなのだ。
☆次回予告☆
幹部の一角が崩れても、非情に徹して次の任務に余念のない、はた迷惑追求所。彼らが次に計画したのは、日本萎縮作戦。周囲を威圧で竦ませる精神攻撃で、日本中の人間をストレス漬けにしようというおぞましい計画なのだ。果たして、彼らの野望を打ち砕く術は存在するのか。
次回、救え!人助け研究所 外法3 威圧、萎縮、ストレッサー を待てっ!!
☆ーーーー☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます