第12話 知ったことではありません

 義母は休日に弟そっちのけで僕と二人で出かけたがったり、平日もやたらと僕の側から離れようとはしませんでした。

 友達の家に遊びに行くと門限が近づいた頃、必ず義母からそろそろ帰って来いと電話が入り、帰りに図書館で勉強して帰ると連絡すれば、夕方義母が直接迎えに来た事もあります。


 一方で弟には冷淡で、弟がテストで良い点を取ったのだと言っても、義母は興味無さそうに

「あらそう」

 というだけでした。

 僕がすごいじゃないかと褒めても、弟はとても気落ちした様子でした。


 当時小学校に上がったばかりで、まだ母親に甘えたい頃だったはずの弟は、

「僕が兄ちゃんみたいになんでもちゃんとできないからダメなんだ」

 と言い出すようになりました。


 正直、この頃僕はもう義母の事が嫌になっていましたが、それでも弟にとってはたった一人の母親ですし、その母親に愛されたいと思う気持ちも、痛い位にわかります。

 僕はその頃から、なんとか義母が弟にも目を向けるようにならないだろうかと考えるようになりました。


 ある日、それまで一度たりとも門限を破った事の無い弟が、門限を一時間過ぎても帰って来ないという事がありました。

 そろそろ弟にも防犯の為に携帯を持たせた方が良いという話を僕が父に相談していた矢先の事です。

 僕は近所を探し周ったり、人攫いにでも遭ったのではないかと警察に相談する事も考えましたが、義母は

「心配しなくてもその内帰ってくるわよ」

 と、全く危機感の無い様子でした。


 それどころか、辺りがすっかり暗くなると、もう暗いからと言って再び弟を探しに行こうとする僕を止めようとさえしてきます。

 僕より八歳も年下の弟がその暗い中で一人迷子になっているかもしれないのに、どうしてそんな事が言えるのかと、僕は心底義母を軽蔑しました。


 それから僕は義母を振り切って、弟を探しに出かけました。

 あちこち弟の行きそうな所を周り、公園のトンネル型の遊具の中に隠れていた弟を見つけた時、

「僕の事、心配した?」

 と、弟はそわそわした様子で聞いてきました。


 当たり前だろうと僕が弟に言えば、

「お母さんも?」

 と、弟は尋ねてきます。

 僕が言葉に詰まると、弟は全てを悟ったようで、静かに泣き出しました。


 ただ弟を抱きしめて背中を撫でてやる事しか僕にはできません。

 しばらくそうして弟が落ち着いた頃、義母が公園にやってきました。

「一真くん!」


 義母は僕達の元に走ってくると、何かあったのかと心配した、もう暗いから早く帰ろうと言ってきました。

 流石に義母もここまで遅くなると心配したのだろうと思い、良かったじゃないかと僕が隣の弟を見ます。


「あら裕也くん、いたの」

 しかしその直後、義母の一言で僕達兄弟の希望はあっさりと打ち砕かれました。


 いい加減に頭にきて、そんな言い方はないだろうと僕が抗議すれば、

「ごめんなさい、そういうつもりじゃないのよ、ただ裕也くんは小さくて遠目からだとわからなかったのよ。二人共心配したんだから」

 と、取り繕うような答えが返ってきました。


 義母は僕しか見ていない。

 薄々気づいていた事ではありましたが、その時僕はそれを痛感しました。

 そして僕が側にいる限り、きっとそれは変わらないでしょう。


 この家から離れなければならない。

 僕は強く思いました。


 その日からというもの、僕は弟にこうすると義母は喜ぶ、逆にこれだけはやってはいけないというような、義母の機嫌の取り方を教え始めました。

 それで義母の関心が弟に行ってくれれば僕も安心ですし、義母も流石に実の息子に手を出そうとは考えないでしょう。


 父には高校は今通っている学校の付属高校ではなく、寮のある県外の高校に行きたいと相談しました。

「わかってるよ。母さんから離れたいんだろ。あんまり何でも干渉されたら嫌になるだろう」

 もっとレベルの高い学校で勉強したいだとか、もっともらしい理由を付けましたが、父は僕の話を聞くと静かに笑って頷きました。


「母さんのせいで彼女と別れる事になったらしいじゃないか。そう思うのも仕方ない」

 更に父はそう続けます。

 少し理由は違いましたが、きっとその方が父も納得しそうなので、そういう事にしておきます。


 そうして僕は、県外の進学校を受験して、合格したら実家を離れてその学校に通わせてもらえるという約束を父から取り付けました。


 父の説得のために前もって学力模試を受けて希望校のA判定を貰っていたのですが、あっさり承諾されてしまい、結局模試結果の紙の出番はありませんでした。


 それからは水面下で受験の準備を進め、無事高校に受かってからも、義母の邪魔が入らないよう、ギリギリまで高校進学の事は隠す日々です。

 荷造りしている所を見られると厄介ですが、義母は普段から頻繁に僕の部屋へやってきます。


 その事を父に相談したら、なら衣類や生活用品等の細々したものは向こうについてから買えばいいと、進学祝にまとまった額の祝い金をもらえました。

 おかげで寮に荷物を送る必要もなくなりました。

 弟には前もって話しましたが、絶対に義母には話さないようにと口止めをします。


 義母には出発する直前に高校進学について話をしました。

 案の定、なんでそんな大事な事黙っていたんだとか、今からでも思いなおせないのかというよう事を言っていましたが、知ったことではありません。


「だって、そんな事言ったら母さまは反対するでしょう?」

「当たり前じゃない! 高校にだってエスカレーター式で上がれるのになんでそんな……」

「だからだよ。それじゃあ母さま、裕也のことよろしくね」


 玄関先で義母がまだ何か言っていましたが、父が用意してくれた車にボストンバッグを持って乗り込み、僕は駅へと向かいます。

 窓を流れる景色がだんだん家から遠ざかっていくのを感じながら、僕はやっと解放されたような心地がしました。

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