第30話 彼女の魅力

 千秋と仲良くなったのは、テニスサークルで顔を合わせた後、たまたま人の少ない授業で姿を見かけて話しかけたのが始まりという、何の面白みも無いきっかけでした。

 話すようになった当初も、大人しくて人が良さそうという以外には特に彼についての印象は残りませんでした。


 あの日、唐突に藤沢霧華の事で彼に話しかけられるまでは。


「てっきり男友達何人かに話して悪巧みをするとか、それをネタに彼女を強請ってあれこれさせようとするのかと思ったけど、一真って意外に口が堅いというか、誠実なんだね。見直したよ」

 千秋は小首を傾げながら柔らかい笑みを浮かべて話します。


「誠実な人間はあんな事しないと思うけれど……なんで知ってるの?」

 僕は平静を装いながら、なぜ彼女との出来事が彼に筒抜けになっているのかと戦慄しました。


「今日この後は暇かい? もし良かったらでいいんだけど、これからどっちかの家で飲まないか?」

 僕の返事には答えず、気の抜けた笑顔で千秋は提案してきました。

 この時程彼の笑顔が恐ろしく感じた事はありません。


「……僕の家に来なよ、大学からも結構近いし、すぐ近所にコンビニあるから」

 彼の提案を場所を移して二人で話そうという事なのだろうと受け取った僕は、その言葉に頷きつつ、僕の部屋で飲まないかと提案しました。


 単純に千秋のテリトリーで酒を飲んで前後不覚に陥ってしまう事が恐ろしく、せめて自分の領域の中で事を進めたいという、わずかばかりの抵抗でした。


 以前、千秋の実家は電車で三十分圏内にあるので実家暮らしをしていると言っていましたし、実家でニシキヘビとイグアナを飼っているとも聞いています。

 そのペット達を使って何かされる、と言う事は無いでしょうが、単純にその時は恐怖心が勝ちました。


 その後、僕らは道中で適当な酒とつまみを購入し、僕の部屋で飲み始めました。

 僕の家に向かうまでの間、千秋はいたっていつも通りの様子で、その気の抜けた雰囲気に、余計に彼が今何を考えているのか全くわからず、僕は困惑しました。


「霧華ちゃんとは小学校の頃からの付き合いなんだ」

 飲み始めてしばらくすると、ポツリ、ポツリ、と彼は話し出しました。

 なんでも、小学生時代の彼女は、周りから浮いていたそうです。


 子供の頃は内気な子だったのかと思えばそうではなく、むしろ元気に周りに絡んでいくタイプだったようです。

 ただし、彼女は致命的に空気が読めず、度々周囲を凍りつかせていたようです。

 

「昔は思った事をそのまま言っちゃう子でね。例えば、新しい髪留めを買ってもらってご機嫌な子に対して、髪留めは可愛いけど似合ってないとか、運動会のリレーでは足の遅い子が当日休んで、速い子達が二回走れば勝てるとか直接本人に言ったり」

 そりゃ周りから嫌われるだろう。

 というのが、僕の感想でした。


「で、そんな事を繰り返してると当然クラスでは浮いてしまって、一部のグループからは睨まれたりするんだけれど、彼女は何でそんな事されるのか理解できないから、その現場を携帯のムービーやカメラにこっそり収めて、どうして皆はそんな事するのだろうと両親に相談したんだ」

 その時点でどうなるかはなんとなく察しが付きましたが、千秋は淡々と話を続けます。


「ご両親は大激怒してね、学校を訴えるとまで言い出したんだよ。その事を受けて特別授業を組まれたり、いじめた生徒の親が霧華ちゃんやその両親に子供の前で床に頭をこすり付ける事になったり、土下座の理由を理解できなかった霧華ちゃんが土下座する親の子供に、君の親はなぜこんな事をしているのかと尋ねて泣かせたりしたよ」


 思った以上に追い討ちがえげつない。と思った直後、だけど、それだけじゃ終わらなかったんだ。と、千秋は熱のこもった様子で首を横に振りました。

 話はまだ続くようです。


「彼女は、別に謝って欲しい訳じゃない。どうしてあんな事をしたのか知りたいのだと、彼女をいじめた生徒とその親に尋ねた。周囲は彼女がそうとう怒り心頭なのだと思った。でも彼女はただ知りたかっただけだったんだ」

 まるで憧れのヒーローの話をする子供のように千秋が目を輝かせます。


「正式な謝罪がされた後も彼女は自分をのけ者にしようとした生徒達にどうしてかと尋ね続けた。生徒達は大人から相当絞られたので、下手な事は言えなかったし、無視した。それでも彼女は尋ねた」

 相手の生徒達の心情を考えると、いたたまれません。


「彼女が先生に例の生徒達から話しかけても無視されると言ったら、先生は生徒達を霧華ちゃんが仲直りしたがってるのにどうして無視するのかと叱った。その内何人かの生徒が不登校になったけれど、霧華ちゃんは不登校になった生徒達の家にお見舞いと称しては通い詰めたんだ」


 もはや、やめてあげてくれ、といじめた生徒側の肩を持ちたくなるような気分になります。

 特に子供の頃なんて家と学校が世界の全てで、家を支配する親と、学校でも生徒より上位に位置する教師、周りの大人から寄ってたかって否定されれば、引き篭もりたくもなるでしょう。


「でも霧華ちゃんはなんで相手が嫌がるのか理解できないみたいで、僕はある日、そういう所が嫌がられるんじゃない? ってうっかり言っちゃったんだ。すぐに自分の失敗に気づいて、今度は悪口を言われたと先生に報告されると震え上がったんだけど、彼女は、そういう所ってどんな所? って不思議そうに尋ねてきたんだ」


 もっともな言葉だとは思いますが、それまで誰もその事を彼女に言えなかった事が、当時の状況の異常さを物語っているような気がします。

 小学生なんて、騒がしくて当たり前の時期でしょうに。


「僕が根気強く霧華ちゃんに何度も説明すると、彼女は納得したようで、とっても嬉しそうに僕にありがとうって言ったんだ。それ以降、彼女は自分をいじめた生徒を追い回したりはしなくなったんだよ」

 彼は満足げな様子で買ってきた缶ビールに口をつけます。


「あの、結局僕は何を聞かせられているのかな……?」

 思わず僕は彼に尋ねました。

 結局彼は今の話で、僕に何を伝えたかったのでしょう。


「端的に霧華ちゃんの魅力を伝えようと思って」

「……今のエピソードに彼女の魅力を感じる所あったかな?」

 千秋は照れ臭そうに笑います。

 僕は首を傾げます。


「むしろ、彼女の魅力が凝縮されてたよ。僕も始めは霧華ちゃんは自分をいじめた相手を追い詰めるためにやっているのかと思っていたけど、違うんだ。彼女は純粋な知的好奇心で尋ねていただけだったんだよ!」

「結果、思いっきり追い詰めてたみたいだけどね」


 僕は窓から夕闇に染まる空を見上げました。

 彼は再び火が点いたように語りだします。


「それから彼女は自分がどうしたら相手はどんな反応をするかに興味を持ち出して、色んな本を読んだり、周りに尋ねたりして、少しずつ周りと上手くやれるようになっていったんだ。昔から可愛かったしね。それに学年で遠足に言った時……」


「……君がいかに彼女を好きなのかはわかったよ。それで、どうして君はあの日僕が彼女に言われた事を知っていたんだい? もしかして、君と彼女はグルなのかい?」


 目を輝かせながら話す彼の声を遮って、僕はずっと気になっていた事を尋ねました。

 今、尋ねないとまたしばらく千秋は霧華の魅力について語りだしそうです。


 恐らく、千秋は霧華と共謀して、何かしらの目的があったのに、僕が思うように動かないので文句を言いにきたのだろうと、その時の僕はそう考えました。


「いや、違うよ。ただ盗聴してたら聞こえただけさ」

 しかし、僕の推理を彼は笑顔で否定しました。

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