第31話 テリトリー
「盗聴……?」
「うん、最近普及してきたこのスマートフォン。彼女も僕のと同じ機種なんだけど、これって便利だよね」
耳を疑う僕を尻目に、千秋は自身の携帯を取り出して言います。
「バックグラウンドで自動的に居場所を送信するアプリや、ハンズフリーでの会話みたいに周囲の音を拾ってくれるアプリを入れておけば、バッテリーや端末回収の手間もなく常に逐一、位置探知や盗聴ができるんだ」
そんなに大らかにストーカー行為を告白されると、どう反応したらいいのかわかりません。
「……いや、でも待って、スマートフォンにそんな機能があったとして、どうしてそれを千秋が操作できるっていうんだ」
別に、そんな事が言いたかった訳ではないのですが、彼の言う話が実はただの与太話であることを祈って僕は疑問を投げかけます。
「ああ、霧華ちゃんは機械とかにも
しかし、千秋はなんでもないように笑って僕の望みを打ち砕いてきました。
……いつかの僕と霧華の会話が直接盗聴器で聞かれていたという話も真実味を帯びてきます。
というか、あの話を聞かれているという事は、その直前の音声も……そこまで考えて僕は静かに首を横に振って頭を無理矢理切り替えました。
「……つまり、君は藤沢霧華という人間をどうしたいの?」
僕は背筋に冷たいものを感じながらも、恐る恐る尋ねます。
今までの話で、彼がいたく藤原霧華を気に入っているのはわかるのですが、彼の日頃の言動からして、別段彼女と付き合いたい訳ではない様に思えるのです。
「え? どうもしないよ? 僕は彼女のファンなんだ。ありのままの彼女を愛しているし、その彼女を観察する事が何より楽しいし、幸せなんだ」
うっとりした様子で言う千秋がその時、僕には宇宙人のように感じられました。
いっそ霧華にこの事を伝えてみようかとも考えましたが、彼女は彼女で何か企んでいるようなので、やっぱり黙っている事にしました。
僕が黙っている間も、酒が入っているからか、千秋は楽しそうに藤沢霧華という人物がいかに魅力的かについて語ります。
正直、彼の持ち出す霧華のエピソードは大部分が僕を引かせるだけでした。
それでも、こんなにも一途にずっと一人の人を愛せる千秋に僕は感心し、同時に少し羨ましく思いました。
「最近の霧華ちゃんを観察してて気づいたんだけど、一真に遊び歩いている事を暴露したりしたのは、単なる気まぐれでない、確かな彼女の意志を感じるんだよ。地元では結構色々な人に手を出してるけど、大学では実際に手を出したのは一真だけだし」
一通り語り終わってスッキリしたらしい千秋は、思い出したように言いました。
「彼女の意志って?」
「それがよくわからないんだよ。彼女が奔放なのは元からだけど、でも、最近の行動は相手を無作為に選んでるんじゃなくて、何か別の目的があるような気がするんだ」
僕が尋ねれば、千秋の声は急に低くなりました。
「偶然じゃない?」
「僕は霧華ちゃんがわざわざ一真を選んで肉体関係を持ち、自分の行動を告白したのには何かしらの理由がありそうな気がしたんだ。実は今日話しかけたのもそれが気になったからで、その後、何か無い?」
首を傾げながら言えば、千秋はなぜかわくわくした様子で目を輝かせながら僕に詰め寄ってきます。
「彼女から手紙か何かで相談事を受けたとか……それとも、最近はあんまり霧華ちゃんと接触しないのは、実は僕の知らない所で頼まれごとをしてるからとか……」
「全く無いね」
僕が否定すれば、千秋はあからさまにがっかりしたようでした。
まるで近所のゴシップに目を輝かせる野次馬のようです。
……その後何も起こらなければ、この話はこれで終わりだったし、千秋が僕の親友になる事も無かったのですが、残念ながら事件は起こりました。
三ヵ月後、千秋からどうしても話したい事があると連絡が入り、再び僕の部屋で千秋と二人の飲み会が開催されました。
別に酒は必要ないのではないかという気もしましたが、千秋が手土産におすすめの大吟醸を持ってきたので、仕方がありません。
事件と言っていい程の事なのかはわかりませんが、ある時、霧華に五股をかけられたと憤慨して彼女の悪評を立てようとする男子生徒が現れました。
しかし、二股や三股程度だったら信じられたかもしれませんが、流石に五股ともなると、嘘臭過ぎたのか、誰も彼の話を信じようとはしません。
そもそも霧華は彼と付き合っているとは誰にも言っていないようでした。
清楚で可愛いサークルのアイドルが変な妄言を吐く男に粘着されて困っているとしかみなされず、彼女の周りは常に友人達で固められ、騒ぎ立てた男はサークルを出入り禁止にされたそうです。
「いや~、よく調べたなとは思ったけど、本当は六股なんだよね~これが」
上機嫌に酒をあおりながら千秋が話します。
僕は彼の話にゾッとしました。
サークルを出入り禁止にされた男というのは、以前から霧華に言い寄っていた男なのですが、彼の末路がいつだったか僕が想像した通りになりすぎています。
いつまで待っても僕が期待したように動かないから、痺れを切らした彼女が別の男に同じ事をしたのでしょう。
僕も彼程に霧華にのめり込んでいれば、同じように憤慨したかもしれません。
だとしても、その後の彼の行動はあまりにお粗末ですが。
「……ねえ、千秋がもし少し前の僕や、今回出入り禁止にされた彼の立場だったら、どうする?」
「そしたら僕も直近の霧華ちゃんの行動記録を見せて、彼女の反応を見たいな」
「流石に訴えられるよ?」
何気なく千秋に尋ねてみれば、当然のような顔してとんでもない返事を返してきます。
僕は、もう刑事責任について忠告するしか出来ませんでした。
「でも、霧華ちゃんにならそれもアリかな……だって、わざわざそこまでするって、相当怖いか気持ち悪いか、とにかく僕の行動がそれだけ霧華ちゃんの心をかき乱してるって事でしょう?」
「……」
どこか恍惚とした表情でそんな事を言い出すものだから、僕はかける言葉も見つからず、静かに酒に口を付けました。
「あ、そうそう、それでその男がさ、どうも霧華ちゃんの事をストーカーし始めたみたいなんだよ。多分、遊びまわってる写真とか撮りたいんじゃないか? 僕としては、邪魔で仕方が無いけど」
「自分の事を棚に上げてよく言うよね」
もはや、千秋のストーカー発言にも慣れてきてしまいました。
バレた時には知らなかったフリをすればいいし、バレなければ、千秋の今まで通りの日常が続くだけです。
僕には関係ありません。
「これも全部、霧華ちゃんの計画通りっていう可能性もあるんだけど、霧華ちゃん、何がしたいんだろ?」
「待って、ちょっとこの写真見せてもらっていい?」
千秋は机の上に置いたスマホをタップしながら、頭を悩ませていたようですが、僕は何気なく視線を落としたそのスマホの画面を見た途端、一気に血の気が引きました。
少し前に出会い系サイトで僕が知り合った、会社経営の三十代の男の人です。
元々どっちもいけるとは聞いていましたが、まさかと思い確認すれば、間違いなくあの人です。
千秋に他の付き合っている相手の写真はあるかと尋ねると、僕が見たのを合わせて六人分全てありました。
驚く事に、大手企業に勤める三十代の女性が更に被りました。
当時僕が継続的に関係を持っていたのはそこに溝口さんを加えた三人だったので、ここまで被ってくると、最初彼女にカミングアウトされたのは僕だった事もあり、妙な薄気味悪さを感じました。
「……千秋、彼女が何の目的で何をするつもりなのか、気になるんだよね。調べるつもり?」
「もちろん。ただ、僕はただ情報を収集するだけだから、調べるというよりは、結果を見て後で納得するような形になりそうだけど」
「僕もそれに協力するよ。もしかしたら、彼女の目的を突き止めて先回りできるかもしれないし」
「へえ、それは楽しそうだね」
千秋は特に理由を聞くでもなく、ニヤリと笑って頷きました。
僕は、自分のテリトリーが彼女に侵されている気がしてなりません。
少なくとも、彼女の目的がなんなのかを突き止めなければ、放置しても問題は無いのか、すぐに対処するべきなのかも判断できません。
降りかかる火の粉は、かかる前に
そうして僕はその日からしばらく、千秋と探偵ごっこのような事をする事になりました。
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