第32話 増殖

「それにしても、霧華ちゃんは何がしたいんだろう……」

 ここ一ヶ月の霧華の行動記録をまとめた資料を睨みながら、千秋は腕を組みます。


 机の上には彼がこっそり撮影した写真や、霧華の一日の行動をGPSの記録や、盗聴した内容を元にまとめたレポートが一か月分に、彼の個人的な藤沢霧華に関する考察をまとめたノートが三か月分並べられています。


 よくもまあこれだけ情報を集めたものだと僕は素直に感心しました。

 千秋曰く、行動記録を付け始めたのは最近だけれど、考査ノートは小学生の頃からつけていて、写真は中学の頃から、撮っていたそうです。


 家にはまだ写真や行動記録や考査ノートがあるそうですが、一旦彼のストーカー行為には目をつむり、資料から得られる情報を元に、彼女の目的を推理する事にしました。


 一通り資料に目を通してわかった事ですが、霧華が自分を入れて五股をかけていると騒いでいた男、理工学部二年、松江まつえつかさは、随分と霧華に入れあげていたようです。

 サークル内でも騒がしいタイプで、よく霧華にちょっかいをかけたり、彼女に近づく男をけん制していました。


 やっと念願叶って狙っていた清楚な美人を落とせたと思ったら、実は思ってたのと違ったどころの騒ぎではなくて逆上した、という所なのでしょう。


 彼はサークルを追放された後も霧華のストーカーと化して彼女を狙っているようですが、霧華は実家暮らしの上に毎日誰かしらの友人に家の前まで送ってもらっているので、手を出すに出せない状態なのだそうです。


「今までは霧華ちゃんにだけ気づかれないよう気をつければ良かったのに、最近は人数が増えたせいで家まで見送るのも一苦労だ」

 と、千秋はぼやいていましたが、それについて僕はもう何も言うまいと思いました。


「単純にさ、皆に心配されてちやほやされたいだけじゃないの? 対外的には現実と妄想の区別も付かないような危ない男に目を付けられた事になってるんだし」

 僕がそう述べると、千秋は静かに首を横に振ります。


「それだけなら、もう目的は達成されてるんだから、松江以外の関係のあった五人とももう会う必要は無いだろう? むしろそれが発覚した時のリスクが上がるだけだ。なのに、彼女はまだ関係を続けているんだ」

 言いながら千秋は一昨日撮ったという、霧華がとある男性とラブホテルから出て来た時の写真を見せてくれました。

 仲が良さそうな雰囲気の二人を見ると、すぐに別れるという気配はなさそうです。


 僕は関係を続けるのはただ単に遊びたいだけじゃないかとも考えましたが、すぐに首を傾げました。

「もしまだ遊びたいだけなら、その事を誰かに暴露してトラブルになるような事をする意味がわからない」


「そうなんだよ。それに、霧華ちゃんは周りから松江の事を警察に相談するように言われても、あまり大事おおごとにしたくないって言ってるんだ。松江を自由にさせたら、五人との関係を客観的に示す写真だって撮られるかもしれないのに」

 千秋は僕の言葉に頷くと、更に彼女の不可解な言動を教えてくれました。


「……むしろ、それが目的とか?」

「そうだとしか思えないけど、そんな事させて、結局霧華ちゃんはどうしたいのかさっぱり見えてこないんだ」

 結局その日は大した仮説も立てられずに終わりました。


 そうしているうちに、僕らが考えた事は現実となります。

 松江はわざわざ霧華が関係を持っていた人物達に接触し、一人一人に彼女の浮気現場を押さえた証拠写真を見せて回りました。


 彼が接触した四人の内、僕とも関係のあった二人は元々遊びだったので、特に逆上する事も無く、ただ面倒事に巻き込まれるのは嫌だからと霧華との関係を終わらせました。

 多分僕でもそうすると思います。


 しかし、残りの二人の男性は結構本気だったようで、一人は霧華に詰め寄って修羅場になった後に、じゃあもう会うのをやめようとあっさり霧華に言われた事に逆上しストーカーになりました。


 もう一人は、なぜか松江に対して憤慨し、傷害事件で警察に連行され、後に不起訴処分となりました。

 なんでも、彼女の浮気よりも、自分の惚れた女を貶める事しか考えていない松江に腹を立てたようですが、結局彼も別れを切り出した霧華にお前の事は俺が何があっても守ると言いだし、その後ストーカーと成り果てました。


 非常に男気溢れる言動ではありますが、正直彼は悲劇のヒロインを助けるヒーローのような状況に酔っているだけかと思われます。


 霧華に本気だった模様の男性達は二人共社会人でしたが、両方四十前後の独身であまりモテそうなタイプではありませんでした。

 長らく彼女がいなかった状態で突然、霧華のような美人で表面上は心優しい女性と付き合える事になったので、すっかり夢中になってしまったのでしょう。


 結果、彼女の家の周辺には、三人のストーカーが徘徊するようになりました。

 霧華の両親もこの事は全くの晴天の霹靂へきれきだったようで、随分と動揺していたようです。


 霧華は都内の知り合いの家に一時的に身を寄せる事になりました。

 しかし、更にその後身を寄せた先の家のと肉体関係を結び、それを彼女の弟と一緒にいた女の子に見咎められたりしたそうです。


「今、霧華ちゃんが身を寄せてる小林さんの家の弟君、高校生なんだけど、霧華ちゃんの事好きだったみたいで、かなりショック受けてたよ」

 盗聴した事を、まるで見てきたかのように千秋は話します。

 とりあえず、その少年に関しては色々といたたまれませんが、強く生きて欲しいものだと思いました。

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