第2章 

第6話 僕の家族

 思えば父は、僕に自分と同じ価値観を求めていたように思えます。

 沢山の綺麗な女性達にモテて、多くの相手と関係を持つ事がステータスと考える人でした。


 家にいて多くの時間一緒にいるのは義母でしたが、僕や弟や義母の生活するお金を出しているのは父です。

 弟が生まれてからは両親の仲は冷え切ってしまったようですが、それで完全に僕らを見放されても困るので、僕は父が帰ってくる度にご機嫌を取りました。


 といっても、父の自慢話をすごいすごいと誉めそやして父の事を尊敬しているような素振りを見せていれば気を良くしてくれたので、義母より機嫌を取るのは簡単でした。


 父は僕の事を気に入っていて、よく二人で出かけます。

 すると今度は義母の機嫌が悪くなるのですが、父に言って何かしら義母へのお土産を買ってもらって渡したり、自分はただ両親の事が好きなのだとしおらしく振舞っていれば、特に文句は言われませんでした。


 また、父は僕が女の子と仲良くしていると嬉しいようで、学校のイベントでの写真で女の子と写っているのを見ると、嬉々としてその子とはどんな関係なのかと聞いてきます。


 特に可愛い子と仲が良いとポイントが高いようで、各クラスの集合写真を見て、僕のクラスだとこの子が一番、学年全体だとこの子が一番可愛いと順番を付けていました。


 高校生位まではスポーツができる奴がモテるのだと父が言うので、僕は普段から走りこみや簡単な筋トレ等をして、体育ではそこそこの成績を修めました。


 しかし別段スポーツに興味があった訳でもないので、特に運動系の部活には所属したことはありません。

 たまに付き合いで数合わせの助っ人に呼ばれる位です。


 義母は勉強の成績が良くなければと言うので、勉強にも真面目に取り組みました。

「兄ちゃんは何でもできるよなぁ」

 と、弟はよく言っていましたが、それは違います。


 僕はただ、両親に気に入られないと最悪路頭に迷いかねないという強迫観念のせいで、とにかく周囲の人間に気に入られるような人間になろうと必死に努力していただけです。


 日々のトレーニングも勉強も周囲のご機嫌取りも、全てが嫌になって投げ出したくなる事も多々ありましたがその都度、実母に「もういらない」と言われた時の記憶が蘇るので、怖くて投げ出す事ができませんでした。


 努力の甲斐あって、父と義母には随分気に入られましたし、学校でも友人は多い方で、中学に上がってしばらくすると、僕は同じクラスの女子から告白されて彼女ができました。


 中等部からうちの学校に入ってきた子で、名前は柏田かしわだ寧々ねねといいます。

 あまり話した事はありませんでしたが、可愛いかったのでなんとなく付き合い始めたのが正直な理由です。


 しかし付き合ってみると、寧々は少し大人しくて内気な所があるけれど、とてもいい子で、僕はすぐに彼女の事が好きになりました。


 ただ、その事は父には話しても絶対に義母には話しませんでした。

 なぜなら、その頃から義母が前以上に僕にべったりになってしまって、あれこれと干渉してくるようになったからです。


 義母は学校での事や父と出かけた時の事をやたらと知りたがりました。

 日用品は服や靴、文房具等何から何まで全て義母の用意した物を使わないと不機嫌になりますし、僕が自分で買った物が見つかると、必ず一度はそれはどうしたのかと尋ねられました。


 自分で選びたいからと言うと、義母と一緒に出かけて買いに行く事になります。

 義母が雑誌を買ってきて、どんな服が好みなのかと尋ねられる事も日常茶飯事でした。


 中学に入って義母の身長を追い越した辺りから、義母はやたらと僕と一緒に出かけたがりました。

「もう僕の方が背が高いんだから、僕がこっちを歩くよ」

 と、子供の頃を思い出して義母と歩く時に車道側を歩き始めた日、義母は随分と嬉しそうでした。


 荷物を持ったり、食事に行った時は扉を開けて先に入れたり、椅子を引いたりと、女性をエスコートするのはとても効率のいいアプローチの仕方だと父は言います。


 なので練習がてら、義母のご機嫌を取るために色々と実戦していたのですが、今思えばそれが良くなかったのかもしれません。

 あの頃から義母の僕を見る目は少しずつ変わっていったのでしょう。


 弟が小学校に上がって一人で風呂に入ると言い出すと、義母は寂しいからと僕と一緒に風呂に入りたいだとか、父の帰ってこない日は一緒に寝たいだとか言い出すようになりました。


 中学生にもなって母親と風呂に入ったりなんて恥ずかしいからと断りましたが、薄々感じていた義母の言動の真意には気づかないフリをしました。


 何度か父にも相談して、もう少し子離れするようにと言ってもらった事もありますが、あまり効果は見られませんでした。


 そもそも、子離れできないというのなら、なぜ自分が腹を痛めて生んだ弟には僕のように干渉しないのかという疑問も喉元まで出掛かっていました。

 けれど、それを口に出してしまうと何かが崩れてしまうような気がして、僕はその言葉を飲み込みました。


 だから、中学二年生のある日、家に帰るなりいきなり義母に

「柏田寧々さんとは別れなさい」

 と言われた時、僕は心底ぞっとしたのです。

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