第2話 僕ならできる

 本当の父親だと名乗る男が突然現れた翌年の春、色々な手続きや準備が終わると、僕は大きな一軒家に連れて行かれました。


 家の周りが壁と柵で覆われていて、その奥に大きな建物があったので、僕ははじめ今度の住まいは、前住んでいた所よりも綺麗なアパートだな、と思ってしまった程です。


 父の話によると、本妻との間に十年以上子供ができないので、彼女との子供は諦めて、外で作った子供である僕を養子として迎え入れる事にしたそうです。


 僕が生まれた時にDNA検査をしているので自分の子供である事は間違いないし、籍は入れてないが認知もしてずっと養育費も払っていたのだからどうとか、父はそんな事を言い訳がましく言っていました。


 当時、意味はよくわかりませんでしたが、なぜそんな事を今でも憶えているのかと言えば、父はその後も何かにつけて僕にその話をしたからです。


 昔はなぜそんな事を何度も繰り返し言うのだろうと不思議に思っていましたが、きっと、自分こそがお前の父親であり、僕が生まれた時から最低限の義務は果たしてきたのだと、僕に主張していたのだと思います。


 屋敷に着くと、一人の女の人が出迎えてくれました。

 父はその人を、僕の新しい母親だと紹介しました。


 ほっそりしているというよりはやつれた様子で、肌も白いと言うよりはむしろ青白く、身なりは整えてはいますが、どこか疲れたような人、というのが僕の義母に対する第一印象です。


 その日は義母と軽い挨拶を交わした後、僕の部屋に荷物を運び込んで家の中を案内された後、三人で外食に行きました。


 何の料理かは忘れてしまいましたが、ナイフとフォークの扱いを褒められた記憶があるので、連れて行かれたのは洋食の店だったと思います。


 母は食事のマナーや普段の立ち居振舞いを厳しく僕に仕込みました。

 一緒に出かけた時の子供の振舞いで、彼女の評価も変わるからです。


 僕も彼女の求める姿を演じなければ文字通り捨てられてしまうと思っていたので、それはもう必死に練習しました。


 ……まあ、捨てられたんですけどね。


 だからこそ僕は、新しい両親に気に入られようと、行儀良くニコニコしながら食事をしつつ、料理を褒めたり叱られない程度にはしゃいでみたりしました。

 良い子を演じるのに必死だったので、食事の味や、何を食べたのかは記憶にありません。


 それから、今後二人の機嫌を取るためにも情報が必要なので、僕は二人に色々と質問しました。

 母に習って、反応は少し大げさに、いかにもあなた達に興味があります。とアピールしながら尋ねれば、二人は笑顔で僕の質問に答えてくれました。


 反応は概ね好評で、父はやはりお前は俺の子だと気を良くし、義母は初め、どこか不機嫌そうでしたが、話していく内に多少態度が軟化したように思えます。


 翌日、朝食の席に父の姿はありませんでした。

 義母の話によると、普段から父は仕事で家を留守がちだそうで、ほとんど家に帰らないようです。


 つまり、僕はこれから義母と基本二人で生活する事になる訳です。

 しかし、彼女は僕をあまり歓迎している様子ではありません。


 彼女に気に入られなければ、僕はまた捨てられる事になる。

 僕はなぜだかその時、そんな確信めいた予感を強く感じました。

 きっと、まだ実の母に捨てられた事を引きずっていたのでしょう。


 その日から僕は、何とかして義母に気に入られようと手を尽くしました。

 小学校が始まるまではまだ日があったので、春休み中、ずっと家にいられる内に何とか義母との関係を良好な物にしたいと僕は考えます。


 まず僕は、義母の事を観察する事にしました。

 普段一日をどうやって過ごしているのかを知りたかったのと、これ見よがしに昨日やって来た子供が後ろをついてきたら、もしかしたら話しかけてくれるかもしれない。という期待もありました。


 わかったのは、義母は一日、特に何をするでもなくぼんやりと庭を眺めたり、テレビや雑誌を興味なさげに眺めては途中で止めてまた長時間ぼんやりしている事です。

 家事は全て家政婦を雇ってやってもらっているようでした。


 義母は僕や家政婦の人が話しかければ意識を取り戻したようにちゃんと答えてくれますが、しばらくするとまた一人でボーっとしています。


 食事もあまりとらず、昼から夕方までは寝室で横になって寝ていました。

 一応、身なりも整えていましたが、昨日ほどちゃんと着飾ってはいません。

 着替えて髪をとかしただけのようでした。


 義母は病気か何か患っているのかと家政婦の人に尋ねれば、

「きっと奥様は疲れているんですよ」だとか、「坊ちゃんのせいではないですよ」

 というような事を話してくれましたが、それは逆に僕が原因だと言っているようなものでした。


 子供だった僕が考えられたのは、ずっと子供ができなくて、父が他所で作った子供の僕を連れてきたのが嫌だったのだろう、位のものです。


 それがどれ程義母を追い詰めていたのかは、今の僕でもわかりませんし、当時の僕には皆目検討もつきませんでした。

 他にも理由はあったのでしょうが、そんな事まではわかるはずもありません。


 ただ、義母の様子は僕が気に入らないというよりは、全く眼中に入っていないような様子で、わざと無視しているというよりは、本当に気づいていないように感じられました。

 もしかしたら前日に機嫌が悪そうに見えたのも、ただ無気力だっただけかもしれません。


 そこで僕は、過去に母が連れてきた僕に興味を持たず、邪魔そうにしていた男達について思い出してみました。

 義母の例とはかなり違うようにも思えましたが、他に参考になりそうな例もありません。


 まず、このようなタイプの人間には、子供らしく無邪気に擦り寄る作戦の効果は薄く、下手をすると相手の機嫌を損ねてしまいます。


 この手の相手に気に入られるには、騒がしくつきまとうのではなく、そっと気を利かせるのが効果的だったように思えます。


 後はわかりやすく相手に憧れているような事をアピールすると、大抵気を良くして気に入ってもらえます。

 要するに舎弟ですね。


 そうなると、後は相手の事を持ち上げながらできる範囲で気を利かせていると、自発的に色々買ってくれたり奢ってくれたりするようになります。

 大げさに喜んで見せると、更に色々買ってくれたりと、気に入られた後の金払いは結構良かったように思えます。


 まずは相手が喜びそうな事をやって気を引いてみようと思いましたが、僕には義母が何を求めているのかわかりませんでした。


 なので翌日、僕は義母がまた窓辺でぼんやりと庭を眺めている時に、わざと母の視界に入る場所で庭に咲いている雑草っぽい花をいくつか摘むと、義母の所まで走って行き、笑顔でそれを差し出してみました。

 期待に満ちた瞳で見つめる事も忘れません。


「えっ、あ、ありがとう……」

 義母は少し戸惑ったような様子を見せましたが、花は受け取ってくれました。

「えへへ、昨日も庭を見てたから、この花が好きなのかと思って」

 僕は義母の隣に座って、できるだけ無邪気に言います。


「そういう訳でも……いえ、そうね。種類を問わず、花を見るのは、好きね」

「そっか、じゃあ、これから毎日花を持ってきたら母さまは嬉しい?」

「いえ、毎日は……お花がかわいそうかしら。でも、どうしてそんな事を?」

「だって僕がここに来た時からずっと元気ないから、そうしたら元気になってくれるかなって……」


 少し落ち込んだように言えば、義母の手が僕の方に伸びてきました。

 しかしそのまま僕の頭を撫でるかと思われたその手は、僕に触れる直前に躊躇ったように止まり、少しして引っ込められました。


「……心配、してくれてたの?」

 戸惑ったように彼女は言いました。

「それもあるけど、僕、もっと母さまとお話してみたいなって」


 僕が答えれば、義母は困った顔をして

「そう……」

 と呟き、僕の頭を撫でました。


「母さま、一緒に外を散歩しよう? 僕、まだこの辺の事全然わからないから、案内しくれたら嬉しいな」

 義母の反応に手ごたえを感じた僕は、彼女に外出をねだってみました。


「……そうね、一人で出かけて迷子になったら困るものね」

 僕の言葉に答えるというよりは、まるで自分に言い聞かせるように義母は言い、準備をするからと一旦自室へと戻っていきました。


 義母を待っている間、僕は考えました。

 さっきの彼女の立ち居振舞いに既視感があったからです。


 母が連れてくる男の中には、自分に自信が持てないのか、消極的で受身なタイプの人もいたのですが、義母の様子は、どこと言う訳ではないのですが、彼等とかぶるように思えます。


 さて、母はそんな彼等をどうやって手懐けていたかと僕は記憶を手繰り寄せました。

 この外出で、多少なりとも義母との距離を縮められれば、僕の篠崎家での生活に光が見えてきます。

 玄関にある姿見を覗き込み、僕は笑顔を作ってみました。


 大丈夫、僕ならできる。

 自分に言い聞かせながら、僕は母の連れてきた男達の顔を思い出しました。

 義母にも彼等と同じように僕の事を気に入ってもらわねばなりません。

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