第10話 約束

「前にも言ったじゃないか。僕は母さまとはしないよ」

 僕は悲鳴をあげたい衝動を抑え、平静を装い、薄暗い中でぼんやり見える義母の目を見て答えました。


「だけど、やっぱり遊びで女の子と付き合うのは良くないと思うのよ」

「じゃあ本気ならいいの?」

「そうよ。だけどね、一真くんにはまだそんなの早いし必要ないわ」


 寧々にあんな事をしておいて、一体どの口が言うのでしょう。

 しかし、その事で僕が怒りをあらわにした所で、悪戯に義母の機嫌を損ねるだけで、僕の話なんて聞いてもくれないでしょう。

 なので僕はもっと確実に、義母の胸に刺さるような『僕が怒る正当な理由』へ彼女を誘導する事にしました。


「普通の親子はそんな事しないよ」

「そうね。でも、私と一真くんは血の繋がらない、本当の親子じゃないから大丈夫よ」


 かかった。

 そう思いつつも、僕はしばらく口をつぐみ、十分溜めた所で静かに言いました。


「……ずっと、僕の母親でいてくれるって言ったくせに」

「えっ……?」

「僕は母さまの事、本当の母親だと思ってたのに、母さまはそうじゃないんだ」

「違うわ、そうじゃないのよ?」


 急に義母は焦ったように僕をなだめようとしてきます。

 暗闇に目が慣れてきて、義母の狼狽した様子がよく見えます。

 僕からこんなにはっきり見えると言う事は、義母も同じでしょう。


「だったらなんでそんな事言うの? 表面上は母親を演じてても、本当は僕の事自分の子供じゃないからって思ってたんだ……」

 できるだけ悲しそうな表情と声で、僕は言います。


「そんな事ないわ、私は一真くんの事ちゃんと……」

 僕の身体に覆いかぶさった義母の手を引いて一旦身体を引き寄せた後、僕は転がすように義母を押しのけて、ベッドから落としました。


「嘘だ! 普段から思ってないとそんな事口から出るはず無いもの……出てってよ。もううんざりだ……」

「ごめんなさい一真くん、そんなつもりで言ったんじゃないの」

 身体を起こし、ベッドから見下ろしながら義母に言えば、彼女は床の上に座りながら僕に言い募ってきます。


「いいから出てってよ。僕は本当の子供じゃないんだから、もう無理して僕にかまわなくていいよ」

「待って、嫌な気持ちにさせてしまったのなら謝るから、もう二度とこんな事も言わないから、お母さんの事嫌いにならないで!」


 これ見よがしに布団を被って背を向ければ、義母が布団の上から僕の身体をゆすりながら言ってます。

 もう一押しだな、なんて思いながら僕は寝返りをうって義母の顔を見つめました。

「でも、僕は本当の子供じゃないんでしょう?」


「それでも、一真くんは私の子供だから……お願いだからこれからもあなたのお母さんでいさせて……私を信じて……!」

 泣きながら縋るように言う義母を見て、僕は再び身体を起こしました。

「……じゃあ、今から言う約束を守れるなら信じてあげるよ」


 そうして僕は義母を許す二つの条件を出しました。

 一つ、二度と僕に肉体関係を迫らない。

 二つ、金輪際、僕が誰と付き合おうと、交際相手や交友関係に一切口出ししない。


「一つ目はともかく、それは……」

 せっかくなので肉体関係を迫らない以外にも僕の希望を盛り込んでみたのですが、義母は躊躇ためらいます。

 まだ冷静な部分が残っていたようです。


「だって本当の母親でもないのに、口を出されたくない。なんで一度失くした信用がすぐ戻ってくると思ってるの?」

 なので、僕は心底軽蔑するかのように義母に言いました。

 悪いのは義母で、僕はそれに傷つけられたのだと、主張します。


「……わかったわ。約束する」

 それでも渋るようなら父に頼んで別居する、とでも言おうかと考えていると、義母は苦々しげに僕の条件を飲みました。


「うん、ありがとう。母さまが約束を守ってくれたら、僕も良い子でいるよ。これからもよろしくね」

 僕は義母の手を握って、微笑みながら言いました。

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