第28話 ボーダーライン

 日帰りで一緒に温泉に行ってから、僕と溝口さんの関係は少しずつ変化していきました。

 彼は、僕に色々な世界を教えてくれました。

 高校生では立ち寄らないような場所に連れて行ってもらったり、他にも様々な体験をさせてもらいました。


 溝口さんには彼の五つ下のパートナーがいます。

 一応僕との関係はそのパートナーには内緒なようでしたが、僕はその事についてはなんとも思いませんでした。


 彼の事は好きでしたし、一緒にいると楽しくて、彼との性行為は当時の僕を魅了しましたが、彼の事を恋愛対象として好きかと問われると、そうでもなかったような気がします。


 しかし、その頃からなんとなく女性と付き合うのは億劫になっていきました。

 恋愛対象は女性のはずなのですが、恭子さんとの事があって以降、女性と交際する事にある種の後ろめたさを感じるようになったからだと思います。


 高校では何度か女子生徒に告白された事もありましたが、いつもその後ろめたさが邪魔して断っていました。

 実家へは長期休みの度に帰っていましたが、僕は義母を抱く事が恐くなりましたが、極端に僕が義母に触れたがらなくなるとまた暴走しかねません。


 なので、僕は避妊について細心の注意を払いながら、なんとか義母の要求をかわす方法を考えるようになりました。

 溝口さんとの関係で得た体験をヒントに、色々と試してみると、義母も案外気に入ったようで一応はそれも落ち着きました。


 ただ、この事が弟にバレたらと思うと、気が気ではありません。

 父にバレてもただでは済まないでしょうが、それ以上に僕は義母との関係を弟に知られる事の方が恐ろしく感じました。


 夏以降、弟と義母の関係は改善されたらしく、実家に帰る度に弟はこの前は義母と何所に行っただとか何をしただとか、嬉しそうに話すようになりました。


 義母はだんだんと、僕の前で弟を猫可愛いがりするようになりました。

 どうやら僕にヤキモチを焼かせたいようです。

 なので、僕は適当に義母と二人の時に拗ねたフリをしつつ、彼女にその手が有効であると教え込みました。

 結果、弟の笑顔は増え、義母の機嫌もよくなりました。


 進路は父と同じ大学の商学部を選びました。

 その方が父にウケがいいからです。


 父は当たり前のように僕を卒業後は自分の会社に入れる気のようでしたので、父の機嫌を取っておくに越した事はありません。


 別段やりたい事があった訳でもなかったので、ある程度将来が決まっているという状態は、僕にとってはむしろ好ましいものでした。


 三年生になって受験シーズンになってからは勉強で忙しくなり、溝口さんと会う頻度も減っていましたが、彼は自分が休みの日にたまに僕の家にやって来て、差し入れを持ってきてくれたりしました。


 溝口さんは大抵のわがままは聞いてくれましたし、僕が何をしても笑って許してくれます。

 なまじ肉体関係があったために当時の僕は自分が彼に抱いている感情がなんなのかわかりませんでしたが、今は面倒見の良い親戚のおじさんに懐いているようなものだったのだと思っています。


 彼に対して性行為以外でドキドキした事はありませんが、それでも、自分という存在を全て受け入れてくれる相手がいるという事に当時の僕はとても安心感を得ていました。


 僕に対して彼が色々と至れり尽くせりで良くしてくれるのも彼の金銭的余裕がそうしている事もだんだんと解ってきました。

 いつか玲亜の言った『世帯収入が500万円の家と2000万円を超える家の100万円の価値は同じではない』という話に、僕は妙な実感を伴って納得すると共に、彼女を懐かしく思いました。


 もう彼女を思い出して涙が出る事はありませんでしたが、代わりにふとした瞬間に彼女を思い出した時、いなくなった彼女を近くに感じられて、切ないような、嬉しいような気分になります。


 そして、金銭的余裕が精神的余裕に繋がり、精神的余裕のある人間は他者に対しても懐が深いのではないかと僕は考えるようになりました。


 きっとその頃からでしょう、僕の付き合う相手に対するボーダーラインが著しく下がったのは。


 実母や義母、父や溝口さんを見てきたからか、あまり相手に幻想を抱く事も無かったように思います。


 同時にこの頃から、身を持ち崩す程、誰かに入れ込んだりのめり込む様に好きになる事もなくなった気がします。

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