第27話 不良
「いやまあ、普通に旦那との子供なんだけどね? 一真くんとは避妊してたし。だけど、ずっと二人目の子供は欲しくって、そのうちできたらなとは思ってたの。これから色々大変になるし、もうこうやって会うのはやめましょう」
まるで世間話をするように、喜ばしい話をするように恭子さんは明るく言いました。
それは暁が部活で遅くなる日の西沢家でのことです。
僕は突然の事で混乱しましたが、あんまりにも恭子さんが嬉しそうに穏やかに話すので、
「そうなんだ、おめでとう」
と、言いました。
「ええ、ありがとう」
恭子さんは幸せそうに微笑みます。
その後の事は気が動転してよく憶えていませんが、気が付いたら自分の部屋のベッドに寝転がりながら呆然としていました。
僕はしばらくして落ち着いてくると、状況を整理しようと身体を起こしました。
恭子さんに子供ができたからと別れを告げられた。
言ってしまえば、これが全てなのですが、果たして本当にそれは旦那さんとの子供なのでしょうか。
避妊していたとはいえ、僕だってやる事はやっていたし、コンドームも必ずしも完全に避妊できる訳ではないと聞きます。
子供が欲しくて旦那さんとも普通にしていたのなら、そっちの方が可能性は高そうですが、それでも僕が父親である可能性もゼロじゃありません。
そこまで考えて、僕の頭に浮かんだのは弟の顔でした。
もし、夏休みのアレで義母に子供ができていたらどうしよう。
そう考えると僕は気が気じゃありませんでした。
血の繋がりはありませんが、相手は母親である事に変わりなく、もし彼女が産むといえば、新たに弟か妹ができる事になります。
ゾッとしました。
もしそんな事になったら、僕はその子とどう接したらいいのか。
義母はきっと表向きは父との子供という事にして、その子を育てようとするでしょう。
裕也なら、新しく下の兄弟ができるというだけで大いに喜んで進んで面倒を見たがりそうです。
簡単に想像できるだけに、僕はそれが恐ろしく、やっと自分のしでかした事の重大さに気づいたのです。
恭子さんの事も義母の事も、今更できることなんて何もないのに、その日はずっと落ち着かず、眠れませんでした。
家に自分一人でいる事が急に心細くなって、なんとなく溝口さんにメールをしてみました。
すぐに返事が返ってきて、何かあったのかと心配されました。
時刻は夜中の二時を回っています。
僕はただ眠れないだけだと答え、自分でメールをしたくせに溝口さんはこんな時間まで起きていて大丈夫なのかと尋ねました。
明日は休診日なので大丈夫だという返事と共に、だけど、君は学校があるだろう? と痛い所を突かれてしまいました。
『明日は学校さぼるかも』
僕がそう返事をすると、少しして電話がかかってきました。
溝口さんです。
流石に怒られるかと思い、恐る恐る電話に出ると、溝口さんは怒るでもなく心配するでもなく、こう言ってきました。
「どうせ明日さぼるなら、僕とどこか出かけない? もちろん、一真くんが嫌じゃなければだけど」
その声が随分と優しかったので、僕はなんだか自分が情けなくなって、涙腺が緩みます。
「いいの……?」
「もちろん」
尋ねてみれば、すぐに力強い返事が返ってきて、僕はその事に妙に安心しました。
翌日、僕は初めて学校をズル休みしました。
結局寝たのは空が白み始めた頃で、それから三時間程寝ると、どうにも目が冴えてしまって、約束の時間は十二時だというのに、結局、僕は普段学校に行くのと同じ時間に起きてしまいました。
しかし、特にやる事も無いので、僕はだらだらと朝食を食べたり、着ていく服を選んだりしましたが、それもすぐ終わってしまい、テレビを見て時間を潰します。
本当はもう学校に行って授業を受けているはずなのに。
画面の左上に表示される時間を見ながら、僕はなんともいえない背徳感を感じて、自分がとんでもない不良のように思えました。
三人の人妻に手を出し、うち一人は自分の母親という事を考慮すると、不良なんて可愛いレベルの道の踏み外し方ではないのですが。
溝口さんは約束の時間通りに僕の住んでるアパートの前まで車で迎えに来てくれました。
どこに行くのかは聞いていませんでしたが、僕は気晴らしに出かけられるならどこでも良かったので、特に何も聞きませんでした。
車内では溝口さんが普段通りに話しかけてきましたが、昨日何があったのかとは決して聞いてきません。
僕は朝から、その事を聞かれたらなんと答えてごまかそう、と考えていたので、気が抜けると共に少し安心しました。
連れて行かれたのは県内にある温泉街でした。
お昼を食べた後は温泉に連れて行かれて、その後は店でマッサージも受けさせてもらいました。
景色が綺麗なカフェで一息つくと、なんだかとても気が緩みます。
「溝口さんはどうしてこんなに僕に良くしてくれるの?」
それは思わず口からぽろりとこぼれた、ずっと抱いていた疑問でした。
「なんとなく、一真くんの事は放っておけないんだ。弟みたいな感じで……いや、もうこの歳だと息子かな」
「溝口さんは、結婚とかしないの?」
歯科医院を経営しているのなら、収入は結構ありそうなものだし、顔も身なりも悪くないので、その気になれば相手なんてすぐ見つかりそうなのに。
それが僕の素直な感想でした。
「僕、男の人が好きだから、結婚とかは無理かな」
「え……」
しかし予想外の答えに、僕は言葉を失ってしまいます。
「ああ、心配しなくても一真くんの事はそういう目で見てないから心配しなくていいよ」
「そう、なんだ……」
すぐに溝口さんは笑いながら僕は恋愛対象ではないと否定しましたが、僕はなぜだかそう言われて、妙にがっかりしてしまいました。
「あの、じゃあ溝口さんは、男の人と付き合ったり……するんだよね」
ただ、自分の全く知らない世界という事もあり、僕はつい気になって好奇心から彼の話をもっと聞きたいと思ってしまいました。
「うん、初めは女の子と付き合ったりもしてたんだけど、一度男とそういう関係になったらすっかりはまってしまってね」
「そんなにすごいの……?」
朗らかに笑いながら、あっけらかんと彼が言うものですから、逆に僕はそんなに良いものなのかと気になってしまいます。
「試してみるかい?」
「えっ」
「冗談だよ」
悪戯が成功した子供のように笑う溝口さんに、僕はムッとしました。
「じゃあ、溝口さんは、僕がそういうのにちょっと興味あるって言ったら、どうする?」
それは、さっきからかわれた事に対するちょっとした意趣返しでもありましたが、恭子さんとの関係が切れてしまった事もあり、きっとこの時僕は無意識に次の甘えられる対象を探していたのだと思います。
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