第14話 また明日

 佐藤玲亜をラブホテルで見かけた日、僕はその後ずっと彼女の事が気になって考えていました。

 彼女は本当に佐藤玲亜なのか?

 一緒にいた男は恋人なのか?

 そんな事がずっと頭の中をグルグルと回っていました。


「ねえ佐藤さん、昨日隣町にいなかった?」

 一人悶々と考えていても仕方が無いので、翌日、僕は休み時間に尋ねてみました。


「……いいえ? 昨日は学校から帰ってずっと家に居たけれど」

「そう。ところでさ、佐藤さんのうなじって色っぽいよね。首の後ろのほくろとか特に」

「…………」

「今日の放課後空いてる? 良かったらちょっと付き合ってくれいなかな」

「……わかったわ」


 彼女は渋々という様子で、ため息交じりでしたが、放課後少し話せる事になりました。

 放課後、僕達は学校から少し離れた公園で話す事になりました。


 公園のベンチに腰掛けて、辺りに誰もいない事を確認した後、彼女は口を開きました。

「私は昨日ずっと家にいたし、篠崎くんとも会っていない。私達は昨日の夜、会わなかったし、お互い何も見なかった。そういう事にしましょうよ」


 隣に座る僕を見ようともせず、どこかめんど臭そうに彼女が言います。

 つまり、昨日僕がホテル街ですれ違った少女が、今僕の目の前にいる佐藤玲亜本人であると彼女自身が認めたという事になります。


 昨日の猫なで声でニコニコと男と寄り添い歩く彼女と、今僕の目の前で気だるそうにしている彼女が同一人物だと思うと、なぜだか妙にドキドキしました。


 彼女を観察すれば、肌は透き通るように美しく、顔の造りも取り立てて華がある訳ではありませんが、大きな欠点は見当たらず、整っているように思えます。


 化粧はしていないようでしたが、それでも髪を下して眼鏡を取れば、昨夜の面影は感じられるかも知れません。


「……じゃあ、見なかった事にする代わりに一つだけ僕の頼みを聞いてもらっていいかな?」

「……何よ」

「眼鏡とって髪を下した佐藤さんを見てみたいな」

「嫌だけど?」


 もう一度あの時の彼女を見てみたくて頼んでみれば、あっさりとそれは却下されました。


「ダメかぁ、昨日の佐藤さん、すごく可愛いと思うんだけどな」

「知ってるわ。だけどお互いに見なかった事にするのは提案であってお願いじゃないし、私は別に篠崎くんが西沢くんのお母さんと不倫してるのを誰かに話したって良いのだけれど」


 彼女を褒めて、ねだるように言ってみれば、あっさりと僕の言葉は肯定されました。

 それどころか、恭子さんの事も知っていたようです。


「あー……、佐藤さん知ってたんだ……」

「西沢くんとは同じ中学で、クラスも一緒だったのよ。西沢君のお母さん、美人だから授業参観でも随分目立ってたわ」

「なるほどね」


 僕は彼女の言葉に平静を装って相槌を打ちながら、内心ではかなり動揺していました。

 もしかしたら、その動揺は隠したつもりで、その実隠しきれて居なかったかもしれません。


「……それで話を戻すのだけれど、篠崎くんは昨日の私がまた見たいの?」

 しかし彼女は僕と恭子さんの事をそれ以上追及するでもなく、再び先程の話を持ち出しました。


「うん。見たい」

「じゃあ、篠崎くんが一つ約束してくれるなら、そうしてあげてもいいわ」

 僕が素直に頷けば、彼女は僕の方を振り返ってにやりと笑いました。


「……約束?」

「もし昨日の事で私に興味を持ったのだとしても、学校で話しかけてきたりしないで欲しいの。約束してくれるなら、明後日の放課後、あの格好で会ってあげる」

 少し身構えながら尋ねてみれば、彼女はベンチから立ち上がり、振り返ってニッコリと笑いました。


「できそう?」

 なぜ、明日ではなく明後日なのか。

 その約束にどんな意味があるのかはわかりませんでしたが、それでも彼女がまた昨夜の格好をして会ってくれると言うので、二つ返事で了承しました。


「ありがとう。それじゃあね、篠崎くん。また明日」

「う、うん、また明日……」

 屈託の無い笑顔で小さく手を振って、彼女はそのまま帰って行ってしまいました。

 公園に残された僕は、あんな笑い方もできるのか、なんてぼんやりと考えます。


 昨日の事が無ければ、先程の笑顔にも、もっと明るい期待を持てたのかもしれませんが、少なくともアレが無ければ僕達はこうして話す事も無かったでしょう。


 そこまで考えて、僕は小さく頭を振りました。

 元々ただの好奇心から僕は今日彼女に声をかけたはずです。

 それ以上の意味なんて無いし、既に付き合っている相手がいるというのなら、期待するだけ無駄というものです。


 その日、僕はなんとも言えないモヤモヤした気分で家路に着きました。

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