第47話 最後に
琴美が僕の『二番目』になってから、僕は琴美の家には行かなくなりました。
代わりに琴美が度々僕の家を訪ねてくるようになりましたが、彼女と鉢合わせになると厄介だと理由を付けて、僕の家に来る時は事前連絡を必ずさせるようになりました。
そして大体三回に二回位は彼女が来るからという理由で断ります。
たまに本当に別の女の子を連れ込んだりもしますが、基本的にはだいたい嘘です。
琴美は頻繁に会いたがるので、僕は会う回数やメールに返信する頻度を徐々に下げていきました。
また、あんまり頻繁に連絡が来ても困るからと、連絡も平日の昼だけにするように言いました。
会社勤めの琴美は、週に五日、昼休みの一時間しか僕に連絡を入れられなくなるので、必然的に彼女からの連絡頻度は下がります。
その代わり、琴美の昼休みの間は一時間丸々電話で話す事になってしまいました。
メールで返事をすぐに返さなくなった弊害ともいえます。
「ねえ一真、一真は今私が知ってる限りで私含めて四人の女の子と会ってるけど、本命の子と真剣にお付き合いするんじゃなかったの?」
琴美が僕の『二番目』になってしばらく経った頃、僕の部屋にやって来た琴美が僕に夕食を作って、それを二人で食べている時の事でした。
琴美は貼り付けたような笑みを浮かべながら僕に尋ねてきます。
「ああ、話してみたら、皆二番目でいいからって言うんだ」
もちろんそんな事実はありませんが、この状況においてはこれが一番もっともらしい理由でしょう。
「……私は何番目なの?」
笑顔を崩さすに琴美は尋ねてきます。
「二番目だよ。本命以外の子は皆ね」
つまり、二番目といっても、他に同じような競合相手がおり、その優劣も僕の中では本命とその他位の区別しかないという事です。
琴美は僕の言葉を聞いてしばらく黙った後、僕の隣で膝を抱えてポツリと呟きました。
「一真、別れよっか」
その声は震えていて、今にも消え入りそうな程か細いものでした。
「うん、そうしようか」
僕はただ琴美の言葉に頷きます。
「……最後に一つだけ、私のお願い聞いてもらってもいい?」
自分の膝に顔を埋めたまま、琴美が僕に言ってきました。
「お願いの内容によるけど、何?」
「日帰りなんだけど、一度一真と行ってみたかった所があって、車も旅費も私が出すから、最後に一緒に行ってくれない?」
「日帰りで車って、どこ行くの?」
「……箱根」
僕が尋ねれば、琴美は顔を上げてぼそりと言いました。
少し気になってはいましたが、別に泣いてはいなかったようです。
「ああ、そういえば前に行きたいって言ってたね」
「うん、今度の土曜日とか、空いてる?」
「日帰りで温泉かあ、いいね……行こうか」
「ありがとう」
僕が頷けば、琴美は泣きそうな顔で笑いながら僕にお礼を言ってきました。
「今日の運転は私に任せて!」
旅行当日、琴美が家の前まで、水色の可愛らしいフォルムの軽自動車で僕を迎えに来ました。
「よろしく。でも、疲れたら運転はいつでも代わるから言ってね」
「一真はいつも優しいね……」
僕が言えば、琴美は切なそうな顔で言います。
単に事故が怖いだけなのですが、それは黙っておきましょう。
「それにしても、今日は来てくれてありがとう」
「まあ、最後だしね」
「うん、最後だもんね!」
僕の言葉に、琴美はどこか晴れやかな、元気な笑顔を向けて答えます。
随分と久しぶりに見た彼女の顔に、僕は少し驚いてしまいましたが、元々彼女はこんな風に笑う人でした。
もう僕と別れると自分で決めて、色々と踏ん切りがついたのかもしれません。
それから僕達は、以前のように気安い会話を交えながら車で目的地へと向かいました。
やがて車が高速に乗り、しばらく走った頃です。
琴美はそれまでの雑談が一区切りついた所で、急に真剣な声で言いました。
「私ね、本当に一真の事が好き。優しい所とか、かっこいい所とか、雰囲気とか、物腰とか、ちょっとした仕草とか、全部好き……きっと、これから先、一真以上に誰かを好きになる事なんてないと思う」
「そんな事ないよ。人生は長いんだから、きっと僕よりもいい人だっているよ」
突然の告白にも動揺せずに返せたのは、先程までの様子から、琴美はすっかり僕の事は吹っ切れているのだと思っていたからです。
「そうかもしれない。でも、私はね、一真にずっと私の一番でいて欲しいの」
少し不安になって、チラリと彼女の方を見れば、ちゃんと前を見て、運転に集中できているようでした。
「だけど、僕の一番は琴美じゃないよ」
「うん、だけど、一真が最後に一緒にいてくれるなら、私はそれで幸せ」
車がカーブに差し掛かった頃、琴美は急に僕の方を向いて満面の笑みを浮かべました。
「えっ……?」
直後、車は高速道路脇のスペースに乗り上げ、僕の視界が反転します。
突然の事で何が起こったかわからず、景色がゆっくりと動き出しました。
目の前に迫ってくるブロックの壁に、咄嗟に頭を腕で庇った直後、身体中にものすごい衝撃と激痛が走りました。
朦朧とした意識の中、エアバッグに押しつぶされながらシートベルトをはずし、逆さまになった座席から、割れた窓を通って這い出した後、僕の意識は途切れました。
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