第35話 平和的解決

 千秋が霧華に告白するにあたり、僕は三つ程、千秋に指示を出しました。

 一つ目は、好きな女性がいる事をほのめかす事。直接本人に恋愛相談のような形で話してもいい。

 二つ目は、いくら彼女に聞かれても、好きな相手が誰なのかは話さない事。

 三つ目は、自分がいかにその想い人の事が好きで、彼女との事を真剣に考えているかを話す事。


「彼女の場合、湾曲的な表現は伝わらないだろうから、直接好きだと言わなきゃいけない。だけど、今の状態でいきなり告白しても成功率はあまり高く無さそうだから、告白するまでにどうやって興味を引くかが大事だよ」

 僕が理由を説明すれば、千秋はなる程、と頷きました。


 その翌日の夜、霧華から電話が来ました。

「あ、もしもし一真? 一真って最近秋ちゃんと仲良かったよね。秋ちゃんが好きな子って誰かわかる?」

 早速千秋から実は好きな女の人がいるのだと言われたらしい霧華は、思った通り、千秋の想い人に興味を持ったようでした。


「好きな女の子がいるとは聞いているけれど、それが誰かまでは聞いてないなあ」

 と、僕は答えました。


「じゃあ、もしわかったら教えて?」

「千秋に口止めされなかったらね」

 そう言って電話を切った僕は、まずは霧華の興味を惹けた事にほくそ笑みました。


 更に翌日の日曜日、僕が遅めの朝食を食べていると、興奮した様子の千秋が訪ねて来ました。

 何事かと聞いてみると、どうやら思った以上に霧華が千秋の言う想い人に興味を示したらしく、どうしていいのかわからないようでした。


「確かに予定通りなんだけどさ、その、僕の言った、僕自身の事に霧華ちゃんがこうも興味を示してくれるなんて思わなくて、こんなの初めてで、全然落ち着かなくて……」

 随分とソワソワした様子で話す千秋に、僕は首を傾げました。


「……今まで彼女に自分の事を話したりする事はなかったの?」

「だって、霧華ちゃんが僕に興味を持ってくれるなんて思った事なくて、いつも彼女の興味ありそうな話題しか振らなかったから。あまり自分の事を話しすぎてもウザがられると思うし……」


 どうも今まで千秋は霧華に自分の事をあまり話した事は無かったようです。

 確かにそれなら霧華も付き合いは長いのに千秋の人物像を掴みきれず、何考えているのかわからないと思うはずです。

 僕は霧華と千秋をくっ付けるのであれば、霧華の興味を惹くのは必須と考えていたので、これは嬉しい誤算でした。


 霧華の興味を十分に惹き付けたら、後は千秋が霧華にいかに自分がその想い人を思っているのかを話しつつ、何回かに分けてその想い人のヒントを霧華に出すだけです。

 途中で霧華がその千秋が好きな相手が気づいたらそれで良し、気づかなくても機を見計らって告白すれば、普通に告白するよりは成功率も上がるでしょう。


 千秋への興味のせいで他への関心が薄れたのか、霧華の私生活も落ち着いてきて、あまり不特定多数の相手にちょっかいをかけたり、肉体関係を持つような事は減っていきました。

 二人の関係も以前より進展しているように見えて、作戦は順調に進んでいるように思えました。


 やがて空気もすっかり冷たくなり、季節が冬へと移り変わった頃、千秋はそろそろ霧華に告白したいと僕に相談してきました。

 僕も、もうそろそろ良いだろうと思い、千秋にゴーサインを出しました。


 告白する前の打ち合わせで、僕は千秋に小学校の頃から続けてきたストーカー行為の事は、間違っても話さないようにと念を押します。

 あと、付き合える事になっても、舞い上がってその場でプロポーズなんて重いので絶対しないようにと注意しました。

 告白する場所も、あまり人通りの多くない、景色の綺麗な場所が良い等と付け加えます。


 ところが、その全てはことごとく破られてしまいました。

 実は千秋は極度のあがり症である事を、僕はこの時初めて知りました。


 小学生の頃から十年以上片思いを続けてきたらしい相手に、最近急に興味を持たれて急接近し、いよいよ告白しようという人間が、緊張しないはずがないのです。


 そして極度の緊張は、逆に変に人を思い切りよくさせてしまうようで、千秋は僕と打ち合わせをした直後、思い立ったが吉日とばかりに、その足で小林家に向かいました。


 土曜日の昼頃にです。

 家族団らんの休日の昼食を邪魔する事になるとは思わなかったのでしょうか。

 いえ、きっとそう考えるだけの余裕もなかったのでしょう。


 後に千秋に聞いた話によると、千秋が訪ねた時、小林家の人々は案の定、昼食を食べている所だったようです。

 運よく霧華が玄関先に出て来たので、千秋は咄嗟にその場でいきなりプロポーズをしてしまいました。


「ずっと前から好きでした! 僕と結婚してください!」

 玄関先で元気にそう叫んだものですから、霧華についているストーカーの話を聞いていた小林家の人々は、何事かと玄関を覗きに来たらしいです。


 千秋もやっとその事に思い当たり、慌てて自分は霧華についているストーカーではないと、今まで観察していたストーカー達の行動一つ一つを早口でまくしたて、自分はそんな事はしていないと宣言しました。

 直後、霧華になぜそれを知っているのか、と聞かれ、千秋は咄嗟に心配だったから、というかなり怪しい理由しか用意できませんでした。


 知人達の目の前で、いきなり怪しさ全開のプロポーズをされたなら、たとえ気心の知れた相手でも、流石に目を逸らすか苦笑いがこぼれそうなものですが、霧華は違いました。

「…………秋ちゃんが言ってた好きな人って、私?」

 周囲の空気など気にする様子も無く、真っ直ぐな瞳で霧華は見つめてきたそうです。


 千秋が大きく何度も頷くと、霧華は小首を傾げて尋ねました。

「私のストーカーさん達の事を調べたって事は、それ以外にも知った事、あるんじゃない?」


 彼は霧華にその真っ直ぐな瞳で見つめられると、ついなんでも教えてあげたくなるようで、洗いざらい彼女が六股かけていた事や、松江の前には僕に声をかけてサークルで彼女の裏の顔を暴露させようとしていた事等を話しました。


 霧華は不思議そうな顔をします。

「それ、全部知った上で私にプロポーズしに来たの?」

 千秋は再び大きく頷きました。


「なんで……?」

「だって、それでも霧華ちゃんが好きだから……!」

「訳わかんない……だから、いいよ?」


 千秋の手を取ると、霧華はそう言って優しく微笑んだそうです。

 彼が今まで見た彼女の中で一番美しい笑顔だったとか。


 ……さて、なぜ聞いた話なのにそんなに事細かに言葉や情景を言い切れるのかと言えば、とても簡単です。

 千秋がプロポーズを成功させた後、是非僕にお礼が言いたいと、霧華と二人で僕の部屋にやって来て、プロポーズ時に録音していた音声を流し、それに合わせて事細かに実況してくれたからです。


「まさかずっと片思いだった霧華ちゃんと結婚できるなんて、夢みたいだよ」

「私も、秋ちゃんは私の事全くそういう目で見てないと思ってたから、諦めてたんだけど、嬉しい。秋ちゃんのとこなら結婚しても安泰だしね~」


 なぜか二人ともいきなり交際をすっ飛ばして結婚の話をしてきます。

 交際はしないのか、と尋ねると、昔から今までで大体恋人でやるような事は既にやりつくしているし、お互いの事も家族ぐるみで深く知っているので、今更交際して相性を確かめる必要は無いと霧華に言われました。


「だって、恋人って、要するに夫婦になるお試し版で、お互いの相性をみるものでしょ?」

「……うん、そうだね」

 霧華は当たり前のような顔をしてしれっと言い放ち、その独特な捉え方に色々言いたい事はありましたが、それでも千秋とは上手くいってしまった様なので、ぐっと飲み込みます。


 その後は、心配していたよりは平和でした。

 霧華と千秋は、都内の千秋の両親が所有していたマンションの一室に二人で住む事になり、霧華は地元を離れる事になりました。


 縦に二部屋、九階の角部屋と十階の角部屋を借りて、十階は千秋の趣味である爬虫類飼育用の部屋にするそうです。

 この時初めて僕は、千秋が大地主の息子で、彼の家の所有している不動産の運用だけで一生生活には困らないという事を知りました。


 千秋は、自分の事を平凡だと思っているようですが、彼の言う平凡とはなんなのでしょう。

 霧華の一件でそれなりに距離の縮まった僕と千秋は、それからもなんとなく一緒に遊びに行ったり、霧華も入れて三人で食事をしたりするようになりました。

 

 松江は別件で傷害事件を起こして無期停学となり、その事もあってか、噂は全て松江のデタラメな言いがかりという事になりました。

 三年生に進級し、僕も都内の同じ校舎になる頃には、霧華と千秋は既に籍を入れており、式の日取りやどんな式にするのかを楽しそうに話したりもしていました。


 ちなみに、多くの霧華を狙っていた男達は、皆かなりショックを受けたようで、無気力になったり、サークルや学校に姿を見せなくなる人までいました。


 この年の冬、僕は父と弟に義母との関係がバレて、修羅場を迎える事になります。

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