第6章

第36話 僕の大学生活

 霧華の結婚は、学内の一部の生徒に多大なダメージを与えました。

 そして、失恋の痛みというのはやはり辛いもので、そんな時に優しくされてしまうと、今まで意識していなかった相手にも好意を抱くようになる、というのは往々にしてある事だと思います。


 サークルで知り合った同級生に、加藤かとうおさむという、女にしか興味が無かったはずの男友達がいるのですが、どうやら僕は彼にうっかり新たな扉を開けさせてしまったようです。


 治は明らかに以前よりもべたべたとくっついてくるようになりましたし、やたら二人で出かけたがるようになり、先日は遂に告白までされてしまいました。

 ですが、僕としては、お金が絡まないならプライベートでまで男と付き合う気はありません。


 何がいけなかったのでしょうか。

 僕はこうなってしまった経緯を思い返します。


「金が無いので自炊してる」

 と、自称していた治ですが、一度ノートを写させてもらうために彼の家に行って夕食として出て来たのは、ご飯にワサビとのりと醤油をかけた、男の料理とさえ言えないようなお粗末なものでした。


 流石にそれだけだとわびしいので、ありあわせの材料で適当にお吸い物と軽い炒め物系のおかずを作ると、随分と感心されました。

 その後、治の懇願により、僕は度々彼に安くて簡単にできる料理を教えたり、実際に作ってやりに行ったりするようになりしました。


 彼も霧華に思いを寄せていて僕も恋愛相談を受けたりもしていましたが、正直同時期に複数人から同じ内容の話を聞かされていたので、適当に相槌を打って話を聞いているフリをしながらスルーしていたのは内緒です。


 霧華の結婚発表に当然の如く落ち込んだ彼は、自宅での自棄酒やけざけと愚痴の聞き役に僕を呼びました。

 一応、霧華と千秋がくっつく後押しをしたのは僕なので、多少罪悪感はあり、手土産に別の霧華に思いを寄せる男が大好きだった、霧華に雰囲気の似ているセクシー女優が出演しているAVを購入して持っていきました。


 ネタというか、完全に笑い飛ばしてもらうためのつっこみ待ちの品だったのですが、酒も大分回ってきた所で僕がそのプレゼントを取り出すと、治は無言で受け取り、部屋にあったノートパソコンで再生し始めました。


 再生が始まってしばらくすると、突然嗚咽が聞こえて、驚いてそちらを向けば治は膝を抱えて泣いてます。

 その時、僕は相当酔いも回っていた事もあり、彼を二つの意味で慰めてやろうと思いました。

 本番まではせず、彼の自慰を手伝っただけなのですが、せっかくなので自分がされて気持ち良い事を色々としてあげました。


 その後、酔いが冷めて平静を取り戻した僕は、色々と居たたまれなくなります。

 横でのびている治を他所に、大まかな後片付けをした後、二日酔いのドリンク剤を買ってきて彼の部屋の冷蔵庫に入れた後、その事を告げる置き手紙だけ残して彼の部屋を去りました。


 以降、僕は妙に気まずくて治と距離を置こうとしたのですが、どういう訳か治はそれが気に入らないようで、前以上にやたらと僕に絡んでくるようになりました。

 それから何度か治の家に呼ばれる事もありましたが、治の僕を見る目が明らかに前と違うものになっていたので、応じませんでした。


「お前、最近なんか俺の事避けてるだろ」

 ある日、治にそう言われた僕は、

「そんなつもりはなかったけれど、もしそう感じてしまったならゴメン」

 とだけ答えて、対応をそれまで通りに戻しました。


 これ以上邪険にすると、ストーカーになりそうだったのが正直な理由です。

 それから治は随分と僕と一緒に過ごしたがるようになり、やたらと僕にボディタッチをしてくるようになりました。


 治からは以前酔った時に僕に慰められたのが忘れられず、またやって欲しいと頼まれましたが、お金が入る訳でもないので断りました。

 しかしそれでも治は引き下がらず、なんだったら金も出すからと言い出します。


 学費は奨学金で生活費もほとんどアルバイトで稼いでいて金銭的な余裕なんてほとんど無いはずなのに、何を言っているんだろうと僕は思いました。


 有り余る金を持っている人間が余暇を楽しむためにそのお金で遊んでくれると言うのなら、僕は遠慮なく彼、彼女達からお金をむしり取る事ができます。


 その程度で相手が身を持ち崩す事はないだろうという安心感と、これだけお金を貰ったのだから、と大抵の事は許せる気分になるからです。

 だからこそ、金銭的に苦しい治とは付き合う気にはなれませんでした。


「最近、何をしててもお前の事ばかり頭に浮かぶんだ……俺、お前の事……」

「それは一時の気の迷いだ」

 思いつめたように語る治の言葉をさえぎり、僕は言いました。

 今、ここで治自身に宣言させてしまうと、色々と戻れなくなりそうな気がしてしまったのです。


「治は今、ただの性欲による興奮を恋と勘違いしてしまっているだけだ。僕は君と今後そういう関係になるつもりは無い……僕は今まで通り治と友達でいたいけれど、それが難しいようなら、離れよう」


 彼の目を見て言い聞かせるように言えば、治は、

「離れるのは、嫌だ」

 とだけ返してきました。


 以降は相変わらずベタベタしてきますが、今まで通りの関係に戻りました。

 そして、ようやっと治が落ち着いたのと時を同じくして、同じゼミの立花たちばな香織かおりという女の子に僕は告白されました。


 彼女には前にも何度か告白された事がありましたが、彼女がいる事にして断ったのです。

 しかし、それでも彼女は僕の世話を焼こうとしたり、一人、二人の友人を交えて僕を遊びに誘ってきます。


 当時の僕は、先に遊びだと言って納得してくれた女の子にしか手を出しませんでした。


 恐かったのです。


 子供ができるだとか、責任だとか、もちろんそういう部分もありますが、それ以上に僕は、本命の恋人を作ってその相手にのめり込んでしまう事や、何らかの理由でその相手と離れる事になった時の事を思うと、どうしようもなく恐ろしかったのです。


 僕は本気で人を好きになると、自分の世界の全てがその人を中心に回りだしてしまいます。

 それは、とても幸せな時間ですし、全てが輝いて見えて、他には何も要らないとさえ思えてしまいます。


 でも、だからこそ、ある日突然それが失われた時、自分の世界を占める割合が大きい程にその幸せは自分の中に大きな穴を開けていく。

 その痛みを知ってしまったから、僕は自分の世界をまた誰かで埋めてしまう事が恐ろしくて仕方が無いのです。


 結局、僕は加藤治と立花香織を引き合わせました。

 告白された時期が近く、二人共結構グイグイ来るタイプで困っていたのですが、二人とも好きなアーティストが結構被っていました。

 試しに二人に貸されたCDを聞いてみたら、情熱的な恋愛ソングが多く、妙に納得してしまいました。


 もしかしたらと思った僕は、早速他にも何人かの共通の知り合いを呼んで、合コンのような形で二人をカラオケに誘います。

 二人の間に入って、お互いの興味を持ちそうな話を引き出せば思った以上に話が合うようで、途中からは僕抜きでも盛り上がっていました。


 クリスマスが一ヶ月後に近づいて、独り者がソワソワし始める時期だったので、二人共それなりに意識し始めたようでした。

 少しして、二人から付き合い始めたと聞いた時は、素直に僕も喜びました。


 それが、僕の大学生活最後となる三年生の春から冬休みに入るまでの大まかな出来事です。

 他には、SNSを使って出会う事を覚えて、愛人業が軌道に乗ったり、霧華と千秋と三人で温泉旅行に行ったり、キャリアウーマンからプロポーズされたりしていましたが、話すと長くなってしまうので、それはまあいいでしょう。


 とにかく、僕の大学生活はとても充実していて楽しかったですし、その後役に立つ経験をしたり、コネを作る事もできたので、途中で辞める事になってしまいましたが、それでも得たものは大きかったと思います。

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