第34話 脈アリ
「……霧華は今、彼氏っているんだっけ?」
適当な用事を作って霧華を彼女が身を寄せている家の最寄り駅近くの喫茶店に呼び出し、早々にその用を済ませた僕は、彼女に世間話を装って話しかけます。
「いないよ~、あ、でもこの前、今お世話になってる家の男の子からプロポーズされたよ。まだ十五歳だから、丁重にお断りしたけどね。条例に引っかかっちゃうし」
以前自分の姉と霧華の事後に出くわした少年は、それよりも以前に霧華に告白していたらしいという事は千秋から聞いていたので、多分その事でしょう。
「ふーん、じゃあ、高校卒業した後にその子がまた告白してきたら付き合うの?」
「どうだろ、稲葉くんモテるからな~、今だって三人の女の子に取り合いされてるし、卒業する頃にはそのうちの誰かとくっ付いてるよ」
ないない、と笑いながら霧華は答えますが、最初から付き合うつもりは無さそうです。
「親同士が仲良くて、小さい頃から知ってるから、弟みたいなんだよね」
と、彼女は言いますが、その少年の姉と寝た事のある彼女が言うと、別の意味に聞こえてしまいます。
「……あんな事があった後だと、もううんざりしてるかもしれないけど、彼氏は作らないの?」
「う~ん、この人! って人がいたら付き合いたいかな」
「例えばどんな?」
今回霧華を呼び出した一番の目的は、千秋のために彼女のタイプの相手を聞きだすことが目的です。
「訳わかんない人……かな」
「訳わかんない人?」
しかし、予想外の答えに僕は困惑してしまいました。
「そう。訳わかんな過ぎて、気になる人、かな」
「………………千秋とか?」
思わず、僕は千秋の名前を出してしまいました。
彼程に訳のわからない人間もそうそういないでしょう。
「秋ちゃんかぁ……まあ、確かに昔から何考えてるかわからないけど……でも、多分、秋ちゃんは私の事そういう風には見てないよ。私って仲良くなった男の子には大抵告白されるんだけど、秋ちゃんは十年来の付き合いなのに一度もしてこないし」
霧華はどこか寂しそうに笑いました。
「じゃあ、千秋に告白されたら付き合う?」
「秋ちゃんが今更私に告白とかありえないよ。まあ、もし千秋に好きな人ができたっていうなら、相手がどんな人かは気になるかな~」
これは、気になるけど脈ナシと諦めているのか、単純に兄弟のような感覚なので最初から恋愛対象として見ていないのか。
どちらにしろ、完全な圏外という訳でも無さそうですが、そもそも全く好意が伝わっていないので、告白する前に何かしらアプローチをする必要がありそうです。
その日は外もすっかり暗くなっていましたし、一旦地元を離れても必ずしも安全とは限らないからと理由を付け、霧華を小林家まで送り届ける事にしました。
帰り道、派手な格好をした女子高生が男子高校生に絡まれているのを発見しましたが、どうやら霧華の知り合いのようでした。
「あれ~? かすみちゃんじゃない。もう暗いんだから気をつけないと」
霧華が女子高生に声をかけると、男子高校生は決まり悪そうに走り去りました。
その後、近所の公園で事情を聞く事には、少女の中学時代の知り合いが、突然会いに来て絡んでいたようです。
少女と別れた後、
「今の女の子がかすみちゃんっていって、稲葉くんを取り合ってる女の子の一人なんだよ」
と、霧華は楽しそうに話しました。
僕はまさか五年後にその少女と意外な形で再会する事になるとはこの時つゆ程も思いませんでしたが、それはまた別の話です。
帰り道、僕と霧華は妙に千秋の事で話が弾んでしまい、家の近くまで送るつもりが、気が付くと小林家の玄関の前まで付いていってしまいました。
別れの挨拶をして霧華がドアを開けると、なぜか玄関には高校生位の少女に押し倒された同じく高校生位の少年がいました。
「稲葉くんも雨莉ちゃんも、流石に玄関でするのは感心しないな。せめて部屋でやろう」
霧華が明るい調子で注意するように話しかけると、稲葉と呼ばれた少年は顔を真っ赤にしてこれは違うのだと言い出し、雨莉と呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべながら、
「それもそうですね。失礼しました」
と稲葉少年を家の奥へ引っ張って行きました。
「稲葉くんの周りっていつも賑やかで楽しいの」
霧華は心底楽しそうに言います。
訳わからな過ぎて、気になってしまう人間がタイプなのだと彼女は言っていましたが、そういう意味では実は稲葉少年は結構いい線をいっているかもしれません。
小林家を後にして駅に向かっていると、千秋から電話がかかってきました。
「僕、霧華ちゃんに告白しようと思うんだけど、どうしたらいいと思う!? とりあえず、小学校からの考査ノート見せたらいいかな?」
「心が決まったようで何よりだけど、ノートを見せたらわずかな成功の可能性がゼロになるから少し落ち着こうか」
その日、僕は千秋を家に呼んで、作戦会議をする事になりました。
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