第4話 誰にも気づかれないように
義母の妊娠がわかったのは、僕が引き取られた年の冬でした。
夕食で、クリスマスのプレゼントは何が良いかと聞かれた時に、実はプレゼントとは別に良い知らせがあるのだと言われたのでよく憶えています。
夏の終わり頃から義母はずっと体調を崩していたのですが、その時僕は始めてつわりという単語を知りました。
心配をかけてしまったけれど、安定期に入るまでは言い出せなかったと申し訳無さそうに義母は言います。
性別はもうわかっていて、僕に弟ができるそうです。
父もやっとこの話が僕にできるとホクホクとした顔で言います。
「……いつ生まれるの?」
「来年の春頃には生まれる予定よ」
「そうなんだ、楽しみだなあ!」
その場の雰囲気に合わせて僕ははしゃいで見せましたが、同時に一抹の不安を感じました。
両親の間に子供ができなかったから僕はもらわれて来たのに、二人の間に子供ができたなら、僕はもう要らないのではないか、そんな考えが浮かんだのです。
「一真くんも、もうすぐお兄ちゃんになるのよ。仲良くしてあげてね」
慈愛に満ち溢れた顔で義母は言いました。
その時僕は、もし弟が生まれても、僕の居場所は変わらずあるのではないか、そう思ってしまったのです。
それから弟が生まれるまでは和やかな日々が続きました。
義母と一緒にベビー用品を買いに行ったり、弟が生まれたらやりたい事を互いに話したりもしました。
学校で兄弟のいるクラスメートの話を聞いたり、外で兄弟と思われる同年代の子を見かける度、弟が生まれてからの生活に期待を膨らませるようになりました。
「生まれてきたらたくさん遊ぼうねっ」
「あら、今動いたわ」
「えっ? わかんなかった、もう一回、もう一回!」
「ふふふっ、そんな頻繁には動かないわよ」
僕は毎日のように大きくなった義母の腹を撫でながらまだ見ぬ弟に話しかけたり、義母に弟にはいつ会えるのかと尋ねました。
毎日聞いているので答えはわかりきっていましたが、ただただ楽しみだったのです。
義母もいつも穏やかに笑いながら僕に付き合ってくれていました。
やがて出産も近づくと義母は病院に入院する事になりました。
それからしばらく僕は家で一人の日も多くなりましたが、掃除や炊事洗濯等は全て家政婦さんがやってくれていたので、特に不便はありません。
ただ、一人で食事をしていると、母が男と出かけて一人で待っていた時の事を思い出してしまい、少し寂しさを感じました。
しばらくして、父から義母が無事に弟を出産したと聞き、二人で様子を見に行きました。
ガラス越しにはじめて見た弟は、しわくちゃでまるで人間とは別の生き物のようでしたが、父から僕も生まれた時はこんな感じだったと聞いて、そういうものなのかと思い直します。
義母に会いに行けば、随分と疲れきった様子でしたが、晴れやかな笑顔で僕達を迎えてくれました。
それが、僕ら家族が和やかに過ごした最後の団欒でした。
出産から六日後に義母は弟と退院し、弟は
子育ては全て自分でやりたいという義母の強い意向で、ベビーシッターは雇わない事になり、両親の部屋にはベビーベッドが設置されます。
すると翌日には義母が父に何か怒鳴りながら文句を言っており、その日からまた父はほとんど家に帰ってこなくなりました。
基本的に父は自分の都合が悪くなるといつも適当な理由をつけて義母の話を適当に流して逃げて、ほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔で戻ってくるのだと義母は言っていました。
きっと、そうして家に帰らない間に他所で作った愛人の一人が僕の母だったのでしょう。
退院してから義母は全てを弟中心に考えて行動するようになりました。
常に弟に付きっきりの状態で、昼も夜も弟が泣く度に起きるので日に日に目の下の隈が酷くなっていきます。
他人に触らせるのが嫌なら、実家の親に連絡を取ってみてはどうかと家政婦さんが提案したりもしましたが、義母は実家との関係が険悪らしく
義母はその頃から随分と神経質になり、僕や家政婦さんが何かしら手伝おうとしてもすぐにこれではダメだと怒鳴っては全て自分でやり直すようになりました。
その頃、僕は初めて義母から殴られました。
理由は僕が外から帰った時、そのままの服で弟に触れようとしたからです。
当時僕が通っていた小学校は高校まで一貫教育の私立で、その時僕は学校の制服を着ていました。
もちろん手は洗いましたし、服も別段汚れていた訳ではなかったのですが、日中外で過ごして花粉やほこりがついた服で弟に近づくなと言われました。
義母が退院した直後は同じ事をしても何も言われず、その日初めて注意された事も付け加えておきます。
別に、深い理由がなくても殴られる事は母といたときもあったので、その事自体には何も思いません。
ただ、弟が生まれるまでは大層僕を猫可愛がりしていたのに、こういったふとした瞬間に手をあげられる程、僕の優先順位が義母の中で下がっている事の方が僕には恐くて仕方がありませんでした。
このまま義母の中で僕の優先順位が下がったままで、代わりに弟を可愛がり続けるのなら、僕はまた捨てられるのではないか。
そんな不安が僕の中に広がりました。
だって、義母にとって僕は所詮、他所の女が産み落とした赤の他人ですが、弟は自分が腹を痛めて産んだ自分の子供です。
優先順位が僕より上になるのは当然です。
もし捨てられないにしたって、僕には義母以外に
弟が生後三ヶ月にさしかかった頃、僕はある決心をしました。
『誰にも気づかれないように、弟を殺してしまおう』と。
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