第19話 サプライズ
「夕食はごはんに一汁三菜で、メインは中華風がいいわ」
僕が問題なく自転車に乗れるようになると、彼女は財布から一万円札を取り出して僕に渡しながら言いました。
一人暮らしを始めてもあまり本格的な料理をした事はなかった僕ですが、料理ができなくてもそれなりにごまかす方法は知っていました。
味噌汁はだし入りの味噌と乾燥された味噌汁の具を買えば、沸騰させたお湯に具を入れて味噌を溶くだけで出来上がります。
サラダは適当な野菜を切ってドレッシングをかけるだけです。
お惣菜も決められた具材を炒めたり煮たりした後にパウチされた具やタレを絡めるだけで、案外簡単にそれっぽいおかずが作れる商品も多くあります。
もっとダイレクトにスーパーでは出来合いのお惣菜も売っているので、それを買ってもいいのですが、実態は少し手をかけたインスタントでも、絵的にちゃんと料理しているような姿を見せる事が重要です。
材料を買って帰ると、僕はまず米を炊飯器にセットして早炊きのスイッチを入れてから料理に取り掛かりました。
野菜を切ってサラダの準備をしていると、彼女が様子を見に来ました。
じっくり観察されるとあまり料理に慣れていないことや、インスタントに頼っている事がばれてしまいます。
「あんまり見られてると落ち着いて作業できないから、佐藤さんはリビングでテレビでも見て待っててよ」
適当な理由を付けてキッチンから出て行くように言えば、彼女は案外あっさりとリビングへと向かいました。
ご飯が炊き上がる頃、僕は何とか二人分の夕食を完成させました。
レタスとプチトマトのサラダに味噌汁、麻婆春雨にスーパーで買ってきた漬物をいくらか皿に盛って出します。
実家にいた時は料理も専門の家政婦さんがやってくれていて、味噌汁とご飯、主菜の他に五、六個の小鉢が付いてきたりしましたが、今の僕にそれを作る事はまず無理です。
なので、彼女の言う一汁三菜をできる限り再現しつつ、手早く作ってしまう事にしました。
配膳は彼女にも手伝ってもらいましたが、反応は上々で、家で炊いたご飯を食べるのは久しぶりだと笑います。
「篠崎くんって本当に料理できたのね、とっても美味しいわ。家でも自分で作ったりしてるの?」
感心したように彼女が言います。
「一人暮らしだから、基本自炊かな」
本当は出来合いのお惣菜やインスタント食品がほとんどだったのですが、その時の僕はなんとなく見栄を張ってしまいました。
「一人でも自炊するなんて、篠崎くんって実は結構マメなのね」
「佐藤さんは結構ものぐさだよね……」
「二人の時は玲亜でいいわ。来週は洋食でお願いね。お昼はオムライスがいいわ」
上機嫌に彼女が笑います。
来週のリクエストも貰えたので、料理を作るという名目でこれからは堂々と彼女の家に通えそうです。
ただ、あんまりにも彼女が僕の作った料理を美味しそうに食べるので、僕はなんだか後ろめたくなります。
次はもう少しちゃんとしたものを作ろうと思い、家に帰ると、携帯でオムライスや他の洋食のレシピを探したりしました。
その日から僕は、毎週日曜日は彼女の家へ通うようになりました。
昼頃に家に行って買い物をし、その材料で昼食と夕食を作ります。
学校では相変わらず挨拶程度しかしませんでしたが、日曜日になると、彼女はまるで別人のように気安く話しかけてきます。
異性に媚びるというよりは気心の知れた友人のような感じでしたが、僕はその距離感を心地良く感じました。
恭子さんとの関係は相変わらず続いていて、デートの際に隣町で仕事中の彼女を見かけることもたまにありましたが、目が合ったとしてもお互いその事は何も言わないのが暗黙の了解になっていました。
梅雨の時期に差し掛かり、日曜日に雨が重なると、自転車が使えないと大変だろうと荷物持ちとして彼女がスーパーについてきてくれるようになりました。
だらだらと取り留めの無い話をしながらスーパーへ向かう道のりは一人で自転車で向かう時よりも短く感じられて、僕は毎週日曜日は雨が降ればいいのにと思うようになりました。
七月の始めになっても僕は彼女と手も繋いだ事もなかったのですが、早く関係を進展させようとは思えず、むしろこの関係がもうしばらく続けばいいとさえ考えていたように思います。
彼女は僕がどんなろくでなしであろうと、それを知って否定する事はありませんでしたし、僕もまた、彼女のあまりまっとうとは言えない部分に親近感を感じていました。
その頃には義母から連絡が来る回数はかなり減っていましたが、それでも就寝前に毎晩電話がかかってきました。
一度電話に出ると一時間近く話す事になりますし、無視してもメールが増えたり、次に電話に出た時に余計に話が長くなります。
僕は流石に辟易して、義母からの電話やメールを全て無視するようになりました。
義母からの連絡を除けば、僕の高校生活はとても充実したものでした。
一学期も終わりに近づいた頃、僕が学校から帰ると部屋に義母がいました。
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