第38話 杞憂
まず、僕は千秋に電話をかけました。
しばらくしたら家が丸ごと引き払われる事になると思うので、鍵と持ち出して欲しい貴重品のリストを送るから、それが届いたら一時的にそれらを預かってもらえないかという相談です。
千秋はあっさりと承諾してくれ、僕はその日のうちに自分の家の鍵と持ち出して欲しい貴重品のリストを速達で彼の家に送りました。
一緒に、父から貰った車も持ち出してもらえるように頼みます。
車の駐車代等、かかった費用は後で請求してくれと言えば、実家の駐車スペースが余っているのでそこに置くから必要ないと言われました。
とにかく、僕がこれからする事を考えれば、私財の確保は必須です。
僕はこの時程、金に困っておらず、安心して私財を一時的に預ける事のできる千秋という友人の存在をありがたく思った事はありません。
それから僕は、父と義母の、それぞれの近況を探りました。
父は、最近結構気に入っていた女性から、そろそろ自分の店の経営も軌道に乗ってきたし、本格的に婚活をしたいからと別れを告げられたそうです。
ちなみに、彼女はヘアーサロンを経営しているそうなのですが、その開店資金は父が出していたようです。
「この前、歯科衛生士の彼女とも別れたばかりだし、皆若いんだからもっと遊べばいいのに……」
父は拗ねたように言いますが、彼女達の年齢を聞いてみると、ヘアーサロンの女性が32歳で、歯科衛生士の女性が28歳だそうです。
「やっぱり皆アラサーに入ると結婚とか意識しだすからなぁ」
ため息混じりに父が言います。
父は、僕の出自のせいか、昔からこの手の話も平気で僕にしてきました。
義母との仲が悪くなったとしても、その関係を維持する理由の一つに、最初から既婚者である、と言う事で相手に簡単に結婚を迫らせないようにするという側面もあるそうです。
子供ができても認知して養育費も出すけど、離婚はしない。とする事で、方々に子供を作ってしまっても結婚せずに遊びまわれるという訳です。
僕の母はそんな父をむしろ利用していたようですが、果たして父と付き合う女性の全員がそうだったかはわかりません。
「それに、既婚者は余裕があるからモテる」
父は得意げに言いました。
適当に相槌を打ちながら、そんな彼が義母の浮気を知ったらどうなるだろう、と僕は考えました。
「ねえ、相手ってどんな人なの?」
僕は両親の寝室のベッドに寝転がり、義母の携帯をいじりながら尋ねます。
義母に少し拗ねた様子で相手の男の事を尋ね、携帯を見せて欲しいと言ったら、義母は案外簡単に携帯を僕に渡してくれました。
相手の男は、僕と同い年の地元大学に通う学生のようでした。
彼とは出会い系サイトで知り合ったようで、やりとりしていたメールを遡っていくと、彼の自撮り写真を見つけます。
髪型と写真の撮り方かも知れませんが、どこか僕に似ているような気もします。
「彼ね、ちょっと一真くんに似てるでしょ? 身長も一真くんと同じ位なのよ。声はあまり似ていなかったけれど……」
「ふーん……それで、僕がいない間中ずっとこいつと仲良くしてたんだ」
「彼といる時、ずっと一真くんのこと思ってたのよ? いま一緒にいるのが一真くんだったらって」
甘えるように言ってくる義母を他所に、データフォルダを開いてみました。
義母と彼がデートした時の写真がたくさん出てきましたが、途中で彼の髪型や服の好みが変わってから、明らかに枚数が減っていました。
「だって、今の髪型、全然一真くんに似てないんだもの」
前の髪型よりは、今の方が彼には似合っているように僕は思えますが、義母にとって重要なのはそこではないようです。
こっそりとデータフォルダから何枚か、言い逃れできなそうな写真を僕の携帯に送ります。
僕は今、わざわざ自分が破滅するために義母の不倫の証拠集めをしている。
そう思うと、ゾクゾクしました。
下準備は一週間程かかり、父が今日は飲んで帰るので、帰りは遅くなる、もしかしたら帰らないかも、という話をした日、僕は計画を実行する事にします。
僕は、父が飲みだしたであろうタイミングを見計らい、先日義母の携帯から拝借した画像を添付して送りました。
後は弟に、普段僕がどうやって義母を誘い、どんな事をしているか見せてやると言って、両親の部屋のクローゼットの中に弟を入らせ、物音を立てずに、扉の隙間から見ているように言います。
後は、義母を部屋に連れ込んで、事に及ぶだけです。
心配だったのは、父がメールに気づかず、普通に朝帰りしてきてしまう事と、千秋のように、義母の不貞を知っても平然と許してしまわないかという事でしたが、それは杞憂に終わりました。
その夜、僕は案外父のような人間程、自分のものを取られると激怒するらしいという事を知りました。
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