第7章
第41話 橋村琴美
気が付くと、僕は見覚えのない天井をベッドからぼんやりと見上げていました。
ここは一体どこだろう。
身体を起こして辺りを見回せば、そこは病院の一室のようでした。
違和感を覚えて腕を見れば、肘裏の血管に点滴が刺されています。
個室の僕以外は誰もいない部屋で訳もわからず呆然としていると、不意にドアが開いて見知った人間が入ってきました。
「ああ、目が覚めたんだね。僕が誰だかわかる?」
彼はいつもののん気な調子で尋ねてきます。
「千秋……? 僕はどうして……」
「災難だったよね、無理心中なんてさ。もう三日位意識不明だったらしいよ?」
雑談でもするかのように軽い調子で話しながら千秋はベッドの横に椅子を持ってきて座ります。
「ああ、そうか、僕は…………琴美は!?」
「もう回復して退院してるよ。僕に連絡してきたのも彼女だしね……今はどうなってるのかは知らないよ」
そう言いながら千秋は肩をすくめました。
胸の奥が急に冷たく、重くなります。
だんだんと意識のはっきりしてきた僕は、やっと三日前に僕の身に起こった事を思い出しました。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう……。
いいえ、そんな事はわかっているのです。
こうなってしまったのは全て、僕のせいなのですから。
窓に視線を移せば、外は清々しい晴天で、千秋に頼んで窓を開けてもらえば、春らしい暖かい風が僕の肌を撫でます。
しかし、その柔らかな空気に触れても、僕の胸はかきむしられるような焦燥感と、凍えるような罪悪感に支配されたままでした。
「今度親戚が集まって新年会をやるんだけどさ、一真も来ない?」
「えっ、もう二月になるけど……というか、親戚の集まりに他人の僕が行ってもいいものなの?」
それは明日から二月になるという日、僕が百舌谷家に夕食を食べに来ていた時の事でした。
当時の僕は、大学を辞めて愛人の真似事のような事をして生計を立てていましたが、そんな生活を続けていると、いやがおうにでもわかってくる事があります。
相手は僕という個人というより、都合よく自分をかまってくれていい気分にしてくれる人間が欲しいのであって、それは別に自分でなくてもいいのだという事です。
相手の反応をよく観察して、相手の欲しがっている反応や答えをして、何時でもどこでも延々相手に付き合ってやる事は、僕にとっては物心ついた頃からしてきた事だったので今更苦ではありません。
しかし、ふとした瞬間にどうしようもない虚しさに襲われます。
自分の人間関係が純粋に自分の利害に直結するものばかりになってしまう事に、漠然とした不安のようなものを感じていました。
「平気だよ、親族だけの新年会はもう済ませてるんだけど、それとは別に、うちの親戚は何かにつけて集まりたがるお祭り好きな人が多くて、毎年知り合いや近所の人を招いて有志だけの新年会をやってるんだ」
と、千秋は朗らかに笑います。
僕はその言葉に甘えてみる事にしました。
二月の初めに行われたその新年会は、千秋の実家の最寄駅近くにあるホテルで行われました。
ビュッフェ形式の立食パーティーで、僕の想像していた以上に参加者は多く、少し驚いてしまいました。
会場を見渡せば、名刺交換をしているスーツの大人や、私服の学生と思われる人達、小さい子供など、色んな人がいます。
会場に着けば、僕は千秋達に連れられて、しばらく千秋の両親やその親戚、千秋達と親交のある人達へ順番に挨拶していきました。
自己紹介をすると、大抵は職業を聞かれるものですが、ちょうどその頃、個人での株取引で金を稼ぐデイトレーラーが有名になってきた頃だったので、僕はそう答えていました。
相手の勤めている会社の経営状態や勢いのある会社は母に習って僕もよくチェックしていましたし、この職業を名乗る時にボロが出ないよう、実際に少額の取引をしたりもしていたので、デイトレードについて何か聞かれても特に困る事はありません。
ただ、デイトレードをやって五千万程稼ぎ、大学卒業後の起業資金にすると宣言し、途中までは実際に儲けて豪遊していたものの、最終的に大損して多額の借金を親に肩代わりしてもらった知り合いを知っているので、あまり大金をつっこむ気にはなれませんが。
「篠崎君ってさ、秋ちゃんと何繋がりのお友達なの?」
挨拶周りから解放されて一息ついていると、先程、千秋に紹介された一人の女性が僕に話しかけてきました。
千秋と霧華が子供の頃からこの新年会でよく顔を合わせて遊んでもらっていたという、三つ年上のお姉さんだと紹介された人です。
「大学のお友達とは聞いたけど、秋ちゃんが霧華ちゃん以外の人を連れてくるなんて珍しくて」
派手さは無いものの、人懐っこい雰囲気の彼女は、邪気の無い笑顔で僕に話しかけてきます。
これが、後に僕と無理心中を図る事になる、
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