第24話 飴と鞭

「りんご飴だ! あ、あっちにはたこ焼きがある! チョコバナナだ! わたあめも!」

「裕也、一度に持つと大変だから、順番に食べようか」

「わかった!」


 はしゃいで店まで突進しそうな勢いで走り出そうとする弟の手を引きながら注意すれば、弾けるような笑顔と元気の良い返事が返ってきました。

 裕也は随分と楽しそうですが、祭りで辺りが人で溢れかえっているので、ちょっとでも目を離すとはぐれてしまいそうです。


「それじゃあ母さま、僕と裕也はわたあめを並んで買うから、りんご飴とたこ焼きとチョコバナナお願い。あ、りんご飴は小さいやつにしてね。買い終わったらあそこの飲食スペースで合流しよう」


 僕は一緒に来ていた義母に指示を出します。

「え、ええ、わかったわ……」

 義母が引きつった笑顔で頷きます。


「えー、僕大きいのがいい」

 すると僕の横で弟が不満そうな声を上げました。


「去年大きいのを食べたら他に何も食べられなくなって、泣きそうになってたのは誰だったかな?」

「うっ……今年は大丈夫だよ」

「本当に?」

「…………やっぱり小さいのでいい」

「うん、良い子だね。という訳だから母さま、りんご飴は小さいので」


 弟の説得も終わり、彼の頭を撫でながら義母に向き直れば、

「じゃあ、買ってくるわね……」

 と母は目の前のりんご飴の出店の列に並び始めました。


 僕と弟は少し先にあるわたあめの出店に向かいます。

 行列に並んでいると、弟が繋いでいた手をぎゅっと握り返して僕の手を引っ張りました。


「明日には兄ちゃん帰っちゃうんだよな……」

 俯きながら拗ねたように言う弟に、自然と僕の口元は緩みます。

「そのつもりだったけど、やっぱりもう少しこっちにいることにしたよ」


 弟の頬をつつきながら言えば、驚いたように彼は顔を上げました。

「ほんとうに!?」

「うん、本当だよ」

 無邪気に笑う弟の顔を見て、僕は自分が酷く薄汚れた存在のように思えます。


 僕は友人達との約束も全てキャンセルして、夏休みの間はずっと実家にいる事にしました。

 当時の僕は義母への復讐なんて考えていたものの、実際の所はそんなものどうでもよかったのです。

 ただ、彼女のいないあの町で一人でいると、気がおかしくなりそうで、戻らない口実を自分に向けて無理矢理に作っていただけなのです。


 僕が義母を抱いたあの日から、僕と義母の力関係は一転しました。

 義母はより僕に依存するようになり、僕は義母に対して表面上は多少取り繕うものの、多くの事を我慢しなくなりました。


 嫌われたくない、見捨てられたくないと、まだ少しでも思っているうちは我慢できていた事も、全てがどうでもよくなり嫌おうが捨てようが好きにすればいいと思うようになってからでは当然態度も違ってきます。


 そして不思議な事に、前者の頃よりも、後者の頃の方が義母は僕に気を使うようになったのです。


 僕は弟を義母の前でこれ見よがしに可愛がり、義母にも弟を丁重に扱うように言いました。

 少しでも弟にそっけない態度をとるようなら、僕も義母に冷たく当たり、義母が弟に敬意を払って接するようになれば、ご褒美に色々とかまってやりました。


 一週間もしないうちに義母は表面上は子供達を平等に大切にする『良い母親』になりました。

 その頃に気づいた事ですが、どうやら義母は面と向かって文句を言ったり悪態をつかれるよりも、無視されたりする事の方が堪えるようでした。

 きっと父の日頃の対応によるものでしょう。


 義母と寝るようになると、義母の機嫌を取るのは、以前よりもはるかに簡単になりました。

 当時の事を思い出すと、自分でも頭を抱えたくなる程やりたい放題やっていましたし、その事が後に様々な弊害を引き起こす事になります。


 しかし、あの頃の僕はその事に薄々気づいていながらも、目を逸らし続けました。


 夏休み、僕は義母と幾度となく体を重ねましたが、そのほとんどはあまり憶えていません。

 ただ、弟の無垢な笑顔が自己嫌悪と共にずっと僕の中に焼きついています。

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