第16話 お互い様

「思ったより少ないんだね」

「なぁに、篠崎くんって私のことそんな風に思っていたの?」

 僕が答えれば、彼女は不満そうな顔をします。


 多分、僕の反応を見て少しからかってやろうとしたのだと思います。

 だけど、僕は昨日見た事もあるので、その言葉に驚きもしなかったし、否定する気にもなれませんでした。


「もっといても驚かないな。だって、今の君はすごく魅力的だもの。きっととてもモテるんだろうなって」

 そこまで僕が言うと、彼女の雰囲気が少し柔らかくなったような気がしました。


「でも、うちの学校は校則ゆるいのに、どうして普段から今みたいな格好をしないの?」

 僕は正直な疑問を彼女にぶつけます。


 僕達の通っていた高校には、標準服はあるものの制服はなく、髪の色や化粧についても特に制限はありません。

 なので、私服で登校している生徒も居ましたが、僕を含む多くの生徒は面倒だからと標準服を着て登校しています。


 彼女もいつも標準服を着て登校していました。

 だから僕が彼女の私服を見たのはその日が三回目だったのですが、その全てが学校の彼女と別人のように垢抜けて可愛らしかったのを憶えています。

 きっと彼女がその姿のまま登校してくれば、多くの生徒の視線が彼女へ釘付けになった事でしょう。


「だって、学校の男の子にモテてもしょうがないじゃない」

 しかし彼女はめんどくさそうに答えます。

 それは照れているだとか、強がりなどではなく、心の底から嫌そうな様子でした。


「なぜ?」

「だって同年代の男の子ってお金持ってないじゃない?」

 肩をすくめながら、彼女はやれやれといった様子で答えました。


 つまり、彼女が男達と付き合うのはお金のためで、彼女に十分なお金を貢げない同世代の男はお呼びでないのでしょう。

 学校で目立たないような格好をしていたのも、男避けのためのようです。


 しかし、そうなるといくつかの疑問が新たに生まれます。

「じゃあ、お金があったら年齢は関係ないの?」

「そうね、だからいい年しててもお金を持ってない人にも用はないかな」


 首を傾げる僕に、彼女はニッコリと笑って答えます。

「だって、私と付き合うためにお金を払うということは、私にはそれだけの価値があるとその人が感じたって事でしょう? 純粋に嬉しいわ。だけど、私が満足できるだけの金額を出せない人には一緒にいる価値を感じないの」


 ここまで援助交際を前向きに捉えつつ堂々と肯定されると、もはやその事について何も意見する気になれませんでした。


 彼女にとっての男の価値は、自分に金を落としてくれるか、また、落とすだけの金を持っているのかという点にあるようです。


「じゃあさ、今日はどうしてお金がない僕とわざわざ逢ってくれたの?」

「いわゆる、リスクマネジメントかしら? だって貴方、私のこの姿にご執心のようだし、私の事を嗅ぎ回られるのも面倒だわ」


 僕が少しむっとすると彼女は更に続けます。

「だから、私に変な幻想を抱く前に本当の事を教えてあげようと思って」

 クスリと笑いながらそう言った彼女に、僕はそれまで感じた事のないような感情を抱きました。


 憎らしいような、愛らしいような、それでいて追い詰めたいような、自分でもどうしたいのかわからないようなドロリとした重い感情が僕の中に生まれました。


「つまり、僕に今後色々ちょっかいを出されると困るから、早めに釘を刺しておこうって事?」

「ええ。篠崎くんも後ろめたい理由があるようだし、お互い深入りしない方がいいと思うの」


 確認するように僕が尋ねれば、彼女は微笑みながらうなずきます。

 その提案に異論はなかったのですが、そのまま彼女の提案を受け入れて、今まで通り何事もなかったかのように過ごすというのも、面白くありません。


「そうだね。その辺はお互い人の事は言える立場じゃないしね……まあそれは置いておくとして、僕はもっと佐藤さんと仲良くなりたいな」

 なので、僕はもう少し彼女につっかかってみる事にしました。


「さっきの話聞いてなかったの? 私は篠崎くんに惚れられても困るのだけど」

「そうじゃなくて、友達になりたいんだ。今まで知らなかったけど、佐藤さんって結構面白いから」

「……嫌だって言ったら、どうなるのかしら?」

 たちまち彼女は眉間に皺を寄せて訝しげな顔をします。


「どうもしないよ。でも、やっぱり気になるから学校で仲良くなるために色々頑張ってみようかな」

 今までの彼女の言動からして、学校で僕に頻繁に話しかけられたりするのは嫌そうだったので、その辺を強調しつつ僕は彼女にそう宣言します。


 直後、あからさまに彼女の顔がしかめられました。

「……随分と嫌そうな顔するね」

「篠崎くんって、結構性格悪かったのね。知らなかったわ」

 彼女はツンと拗ねた様子で顔を背けながら僕に言います。


「それはお互い様だよね」

「それもそうね……じゃあ連絡先の交換でもしましょうか」

 思わず僕が呟けば、彼女はため息をつきながら振り返り、鞄から携帯電話を取り出しました。


 機嫌を損ねた割に一向に席を立つ様子がないのでもしかしたらとは思っていましたが、どうやら彼女も拗ねたように振舞っていただけで、実際はそこまで不機嫌になっている訳ではないようです。


「これからよろしくね」

「何か妙なマネしたら、貴方の不倫を暴露するわ」

 携帯の連絡先を交換しながら僕が言えば、彼女はとても爽やかな笑顔で言い放ちます。


「物騒だなぁ……じゃあ僕は君の援助交際を暴露するよ。死なばもろともだね」

「貴方と心中なんてゴメンだわ」

「僕もまだ死にたくないな」

 負けじと僕が言い返せば、彼女もそれに乗っかってきます。


 その日、僕は佐藤玲亜と友達になりました。


 僕はきっとこの時、既に彼女へ恋をしていたのだと思います。

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