六月

姉妹

 ここのところ、周囲で繰り広げられてた恋愛沙汰が、なんだかんだで結局上手くいって。

 そうなると、瀬戸と倉岡と、飲みのタイミングが合わない時がそこそこ出てきた。

 瀬戸はまだ『オトモダチ』のままらしいけど、だからこそマメに行動してるし、倉岡はデートはもちろん、歌ちゃんの帰りが遅い時に迎えに行ったりしてるみたいだし。

 藤林と水島は相変わらず独り者だけど、あいつらとは勤務先が物理的に離れているから、そうそうすぐに話がつくわけでもない。そんなわけで、栗原に連絡してみたものの、

 「ちぇー、あいつも仕事かよー。全滅って珍しーい」

 基本が客商売だから、土日にシフトが入るのはまあ分かってるけど、夜に会議に出席、という、どうにも狙ったようなタイミングだったらしい。

 つまんねえな、と思いつつ、俺はごろんとソファに寝転がると、仰向けのまま思い切り伸びをした。それから、手にしていたスマホを脇に放り出すと、目を閉じる。

 そうしていても分かるくらい、リビングにある大きな出窓からは、派手にまばゆい光が差してきていて、無駄に天気がいい感じだ。レースのカーテンぐらいじゃ意味ねえし。

 とはいえ、今更出かけるのもだるいし、二度寝すっかなー、とだらだらしていると、

 「お兄、邪魔。なにベストポジション占拠してんのよ」

 その台詞と同時に、腹にぎゅっ、というひねりの入った衝撃が加わって、俺はさすがに飛び起きた。

 「いってえ!紫、お前なー、かかとでぐりぐりすんなっつっただろーが!」

 「その程度で痛いとか笑えるー。割れるくらい鍛えてないのが悪いんじゃん」

 さっそくソファを占拠して、ショーパンから伸びたやたらと長い足(妹のくせにマジでこのバランスはむかつく)を高々と組んでいる紫は、俺の言葉を鼻先であしらってみせた。

 とはいえ、妹が常に頭が高いのはいつものことだから、腹以外大したダメージはない。

 めんどいけど部屋で寝るかー、と思いつつ、立ったままでかいあくびをしていると、

 「あ、お兄、今日は車ないからね。薫が乗って行ったから」

 「いや、出かけようと思ってなかったし。なに、あいつデートかなんか?」

 薫は、もうひとりの妹で、姉妹で言うと姉の方になる。確か、結構長持ちしてる彼氏がいるとは聞いてたので、てっきりそれかと思ったんだけど、紫はあっさりと首を振って、

 「ブブー。別れ話」

 「えー、なにそれ超寝耳に水ー。原因は?」

 「あっちの浮気。心配しなくていいよ、ボコる用意はしてあるらしいから」

 「……むしろ、相手の方が心配っていうかー」

 別に、薫が格闘技マスターだとか段持ちだとか、そういうわけではない。けど、なんていうか、キレると猫から豹あたりに一瞬でクラスチェンジするから、若干不安だけど。

 ちなみに紫は親父似で、淡々と理詰めで退路を断って行くタイプだから、こっちも怖い。

 「んで、お前は?どっか行かねえの?」

 「別にいいじゃん、なんでも。お兄こそどっか行けばー?独り身満喫してないで」

 ベリーショートの黒髪をいじりながら、俺が放り出しておいた雑誌(雑貨系)を、気のなさそうにぺらぺらとめくっている。おんなじショートでも、歌ちゃんとは随分と印象が違うよなー、とか思いながら、俺は放っておいたスマホを取り上げた。

 ついでに、嫌そうに紫が眉を寄せるのもほっといて、ソファにもいっかい腰を下ろすと、

 「シフォンケーキ?」

 「それもいいけど、込みのバイキングの方がいいんじゃない」

 「そりゃそうだなー。お前は?」

 「行くに決まってんじゃん」

 「親父は?」

 「まだ寝てる、夜勤明けだし。お母さんは世話するだろうし、アウトだって」

 「了解ー。じゃあ、ここらへんのでいっか」

 適当に条件に合う店を探して、ほら、と検索結果を紫に見せると、ん、と軽く頷く。

 多分、オチは分かってる。前にもおんなじようなことはあったし。

 薫は、俺が言うのも微妙だけど、綺麗系のくせにぶっちゃけ男運が悪い。

 けど、ケリのつけ方だけは心得ていて、後腐れないようにさっぱり振ってくる。それで、般若顔のまま、ひたすら甘いものをむさぼり食って、帰ってきて愚痴りまくって。

 それで、だらだら泣きながら、化粧だだ崩れのみっともない顔のまま、寝て。

 「……お兄さあ、マジで真面目な知り合いとかいないの?」

 「んー?勧めていいのかどうかクラスならいなくもないけどー」

 わざと軽い調子で返すと、紫は小さく息を吐いて、音を立てて雑誌を閉じて。

 それから、割と真剣な表情で、俺を睨み付けてくると、

 「別に顔とかはどうでもいいから。年収そこそこで浮気しない保証があったらいいし」

 「お前、何気に一番難しい条件提示してくるしー。しそうにない筆頭と次点はもう売れちゃったしー」

 「何それマジで!?もー、お兄の役立たず!」

 「しょうがねえじゃーん。優良物件はさっさと片付くもんだし」

 「そんなの分かってるけど。お兄がここでごろごろしてるんだもんね」

 「うっわークリティカルヒットー。ま、でも、考えとくよ」

 たぶん、同期の売れ残り二人は食いつくだろうけど、あいつらに『お義兄さん』とか、心底呼ばれたくないし。うっかりハマる可能性もないとは言えないけど。

 とりあえず社内の人脈活用かなー、とか考えつつも、次の目的を地味に検索していると、横から紫が覗き込んできた。

 「何それ。お兄の趣味とは思えないファンシーさじゃん」

 「んー、知り合いのブログー」

 俺がブクマから開いたのは、謡介さんのおはぎブログだった。とはいえ、今は犬が目的じゃなくて、最近になって結構増えてる相互リンク先だ。

 犬メインがもちろん多いんだけど、猫、ウサギ、フェレット、小鳥、果ては猛禽類から爬虫類まで、普通に飼えるもんなんだ、と驚くようなものまである。どういう縁なんだか。

 それはともかく、ずらりと並んだサイト名の中から、やっと心当たりを見つけ出すと、すぐにリンクを踏んだ。

 「……猫カフェ?」

 「そー。なんか種類無駄に多いらしいよー」

 俺が紫に見せたのは、『しろいねことくろいねこ』という名前の猫カフェだった。

 店名の由来通りに、白い長毛と黒い短毛が看板猫らしく、その二匹が、デフォルメ系の女子受けしそうなイラストで描かれている。和猫から洋猫から東西入り混じり、らしい。

 なんか、倉岡の弟と、その彼女(推定)が行ったとかなんとか、この間、歌ちゃんから聞いたので、それで覚えてたんだけど、

 「あいつ、猫好きだろ。気が向いたら連れてってやろうかという兄のこの優しい気遣い!あ、遠慮なく褒めてくれていいよー」

 「バーカ。今更だし」

 そう言いながら立ち上がった紫は、上げた足の先で軽く俺の背中を蹴ると、

 「顔作ってくるし、お兄も準備しといてよ。そんなに時間かかんないはずだから」

 「はいはい、りょうかーい」

 適当に流しながら、この店カード使えたっけかなー、とか細かいことを確認していると、なんでだか、ソファの後ろに立つ気配があって。

 「……ありがと、お兄」

 蚊の鳴くような声で、ぼそりとそんな言葉が、耳に届いて。

 そのすぐあとに、ばたばたと忙しなく駆け去る足音なんかが聞こえて、ため息をつく。


 ぶっちゃけ、俺にデレられてもしょうがねえんですけど。

 結構可愛い系のくせに、肝心の好きな男にはなんも言わねえし、マジで。


 薫の心配してる場合かよ、とか思いつつ、そろそろ色んな意味で引っ掻き回してやる頃かなー、などと思ったりしながら、俺は珍しく、もう一度深々と息を吐いた。



 それから、前言通り、ケーキバイキングと猫カフェコースをさっくりこなして。

 運転を交代した帰り道で、ふっとバックミラーを覗いてみると、ロングとベリショーが寄っかかって寝てて、ポーズまで完全にシンメトリーになってて、笑うしかなかった。

 ……ほんと、マジめんどくさい双子。妹のくせに。

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