宴の後
瀬戸と主任と、何故だか課長と部長まで含む、同じシマの有志でしこたま飲み食いした後、適当に解散して。
三々五々、駅へと向かってゆるゆると歩いていると、同じように固まって移動している、どこかで見た覚えのある団体を発見すると、俺は足を速めてその中に突っ込んでいった。
「おーい、上村さーん」
「……なんだい、あんたかい」
宴会仕様なのか、白のタートルニットにグレンチェックのパンツスーツ、という珍しい格好の上村さんが、眉間に皺を刻みながらも振り向いてきた。なんかヒールまで高いし。
隣で話していたらしい庶務の課長に挨拶をしながら、俺はするりとその間に割り込むと、
「いやー、今日はすっげー楽しかったですよー」
「こっちまで話は届いてるよ。あんた、なんだい、牽制のつもりかい?」
「えー、そんな人聞きの悪いー」
いきなりそう言われるのも、まあ予想の範囲内なんだけど。きっぱりわざとだし。
俺から言う気がないのを察したのか、片眉を器用に上げた上村さんは、声を低めると、
「ま、目論見通りかどうかは知らないがね、総務の子は諦めたらしいよ」
「え、マジっすか?」
思わず、前を歩く団体の中から『総務の子』を探してみると、あっさり見つかった。
でも、特に落ち込んだ様子でもなく、同僚と並んで何やら喋りながら歩いている。
まだほんのりレベルみたいだったから、ま、そんなもんだろうなー。
倉岡が振られたことは、なんとなく雰囲気で察してたみたいだけど、さすがに歌ちゃんみたいな子が傍にいるとは思わないだろうし。まだ付き合ってすらないけど、あれで。
「でもこれでー、瀬戸っちをけしかけても問題ないだろうし、一石二鳥的な?」
さらっと目論見をバラしてみると、上村さんは足を止めて、俺をまじまじと見つめて、心底呆れたように言ってきた。
「あんた、馬鹿かい。人のことより自分のことをちっとは考えな」
「だってー、別に俺の好みじゃありませんしー」
いやマジで。大人しすぎる子って俺あんまり好みじゃないし。
だからって、どんな子がいいの?って聞かれるのが一番めんどくさいんだけど。
へらっと返した俺を、上村さんは一瞥すると、軽く息をついて歩き出した。
「今更しょうがないがね、これ以上歌ちゃんの名前をほいほい出すんじゃないよ。まだ若いお嬢ちゃんなんだから、迷惑がかかるかもしれないだろう」
「一応、そのへんはぬかりないつもりなんですけどねー。俺、口堅いから」
まさか、その正体がすぐそこの高校生だとは思わないだろうし。たぶん。
さっきだって、こういう話好きな主任の攻勢をかわしまくって、飲ませまくって誤魔化したし。明日は八割方二日酔いだわ、あれは。
俺はなんとなく伸びをすると、空を仰いで、溜まった酒気を放つように息を吐いた。
白い息が、黒なのか深い藍なのか、未だに分からない色に溶けて消えていくのをぼーっと見ながら、ふっと漏らす。
「なんで、皆あんな風に、誰かのことを好きになるんですかねー」
何かに引かれるみたいに、ああ、この人だ、とか、思う自分が正直、想像もできない。
我ながらひん曲がってんなーとは思うけど、直す気も実のところそんなになくて。
割と素朴な疑問をどう取ったのか、上村さんは、心なしか穏やかな声で言ってきた。
「他は知らないが、あたしは理屈じゃなかったね」
意外な台詞に顔を向けると、俺の方は見ないまま歩みを進める。と、
「あんなもの、説明できるもんじゃないさ。どこに惚れたか、なんて、どれだけ挙げたところで、あの人でなけりゃ一緒になんてならなかっただろうよ」
「……そういうもんかなー」
ないものねだりだってことは、分かってんだけど。
こういう、きっぱり言えるような相手がいるっていうことを、やっぱ若干羨んでみたりして。
そうこうしている間に、駅前ロータリーの見慣れた灯りが近付いてきて。
さらに三次会に繰り出す組と、そろそろ帰るギリ電車組と、もうめんどいからタクシー乗り合い組に団体が別れていくのを潮に、俺はさっさと来た電車に飛び乗った。
倉岡の奴、とっくにメール終わったよなー、とか思いながらスマホを取り出したけど、今日は止めておくことにした。色々からかうのは、明日でも全然いいし。
あ、そういや、合格祝いの手配もしなきゃ。でも、その前に。
俺はふっと思い立った勢いのまま、ハイスピードでメールを打った。
To:深山遥介
Title:お世話になってまーす。
歌ちゃんの合格、おめでとうございましたー。
ところで、そっちなんか動きありました?
上村さんとお祝い持っていこうかと思ってるん
ですけど、状況によっては邪魔しちゃいけない
なーって。
いつでもいいんで、連絡ください。
それじゃ、お疲れ様でーす。
日付が変わる前だし、たぶん起きてんじゃねえかな、と思いながら、外の景色をなんとなく見ていると、予想より早く返信が返ってきた。
From:深山謡介
Re:まだ分からないんだ。
一応、なんか連絡はしたと思うんだけど、
お風呂入って、部屋に戻ったっきり、妹、
全然出てきてないから。
おはぎと一緒にいるのは確かなんだけど。
まあ、明日それとなく聞いてみるよ。
結果によると、父さん号泣かなー。
わざわざ、気遣い有難う。
また分かり次第連絡します。それじゃ。
「ちぇー、まだ不発かー」
小声で呟きながらも、まさかなんにもないってことはないでしょー、とか思うわけで。
つまんねえな、と思いながら顔を上げると、向かいの窓から見える、やけに綺麗な細い月に、すっと目を引かれる。
ああいうもんだったら、素直に綺麗だな、とか思えるのになー。
人と無機物を一緒にすんな、と、昔言われたことをなんでか思い出しつつ、俺は座席に深くもたれてしまうと、目を閉じた。
明日は、ちょっかい出しまくった結果が出ますようにー、とか思いながら。
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