恋の山

 お参りを終えて、合流して、参道にある抹茶メインの店で、皆でお茶して。

 帰りにちょっと飲みに行こうか、っていう流れになったので、歌ちゃんは遠慮したのか、まだ明るいうちに先に帰って。

 駅前で、適当に安そうな居酒屋に入ると、空いてるカウンターに俺、倉岡、謡介さんの順で並んで座る。と、お通しと一杯目が来たところで、謡介さんが声を上げた。

 「あ、歌からメール来た。駅に無事に着きました、ってさー」

 「そりゃ良かった……あれ、俺にまで?」

 「まとめて送ってきたみたいだな」

 俺も倉岡も、それぞれにスマホを手に、メールを開いてみる。と、

 「……なにこれ」

 添付されていた画像を見て、俺は一瞬フリーズした。

 そこに並んでいたのは、正月仕様のおはぎと、少しだけ年を食ったような謡介さん。

 ……ではなく、どうやら親父さんらしかった。それにしても、マジで似すぎっていうか。

 思わず首を回して倉岡を見ると、俺と似たり寄ったりな反応で。

 「……歌の言ってた通りだったな」

 「っていうかさあ、これ謡介さんの写真加工したんじゃねえの?」

 髪型が少し違うけど、正直間違い探しレベルだし、結構白いものが混じっているのと、目の周りや額に刻まれた皺がなければ、同じ人間だと言われてもおかしくないほどで。

 ちなみに、自宅から駅までわざわざ迎えに来てくれたらしい。さすが一人娘。

 ちょっと引き気味な俺ら二人の反応に、謡介さんは気にした様子もなく笑って、

 「だいたいの人にそう言われるよ。声も似てるから、特に電話だと、祖母以外の親戚はたいてい間違えるし」

 「身長も、ほとんど同じじゃないですか?」

 「うん、縮んでなければ、父さんは187で俺が189だから、大差ないね」

 倉岡の問いにそう応じると、お通しのポテサラを口に運んで、幸せそうに咀嚼する。

 確かに、この人が食うと、なんでも美味そうに見えるんだよなあ。実際美味いけど。

 親父さんショックが一通り収束すると、枝豆やら唐揚げやらを適当に頼んで、しばらく待ちの状態になる。それぞれにビールを空けつつ、次どうすっかなとメニューを見る。と、

 「佐伯」

 真面目な声で呼ばれたのに顔を向けると、倉岡が軽く頭を下げるようにして、

 「……悪い、なんか嫌な態度取って。謡介さんも、気を遣わせて、すいません」

 神妙な顔でそんなことを言ってくるのに、俺は思いっきり眉を寄せると、

 「ばーか。謝るくらいなら、くだんないことで拗ねるなっての」

 「……悪かったよ」

 「俺はいいけどさ、歌ちゃんのフォローした?」

 「ああ。理由話して、謝った」

 はっきりと応じてきた倉岡に、ま、そうだろうな、と内心で頷く。

 それにしても、合流してから歌ちゃんが終始恥ずかしそうにしてたのが、なーんか気になるんだけど。謡介さんがいなきゃ即突っ込んでるところなのに、とか考えてると、

 「まあでも、彼女に軽くちょっかい出されるのにも妬く、ってのは分かる気がするんだよねー。俺も若い頃あんなんだったから」

 「え、ここでマジカミングアウト!?」

 いつものにこやかマッチョ兄さんのまま、さらりと言ってきた謡介さんは肩をすくめてみせると、頭を掻いて、

 「若気の至り、で誤魔化せるんならそうしたいくらい必死だったからねー。必死過ぎて思いっきり引かれちゃって、まだ小学生だった歌になぐさめられてたもん」

 「えー、何年前ですか、それ」

 「もう七年前かなー。結局その後、二年して別れちゃった」

 いわゆる性格の不一致ってやつかなー、と、何か思い返すようにそう言うと、

 「やっぱ、仕事も彼女も何もかも、ってことになってくると、難しいんだよね。こんな若造が、って振り返ってみるとそう思うし、メンタル面の影響を思い知らされたりさ」

 「そんでちょっと余裕出来てくると、さっさと周り片付いちゃって、相手がいないってことになるんですよねー、お前は別としてー」

 「そっちだっていないわけじゃなかっただろうが。多分、最後が半年前だろ」

 「たぶんじゃないよ!それで合ってるよ!」

 「そうなんだ。むしろいない歴一年未満って全然大丈夫だと思うよー」

 謡介さんに言われて、俺は我ながら珍しく、一瞬考え込んでしまった。佐伯さんって、ノリと直感で生きてますよね、ってこないだ瀬戸にも言われたのに。

 「……時々、俺マジで彼女が欲しいのかなー、って思うんですよ」

 年食って一人で寂しいのは地味にイヤだけど、それを埋めるのは、別に彼女でなくても一向に困らない気がする。まあ、大往生(予定)の後処理だけは必要なんだけど。

 「そんで、だいたいこっちから仕掛けて釣るんだけど、釣っちゃうともう満足っていう典型だから、それ丸出しにしちゃって振られるんですよねー」

 「そこまで分析出来てんなら、しばらく受け身になっとけばいいんじゃねえのか?」

 「それで都合よく俺好みの子って来ないもん。言っとくけどな、お前すっげー運いいんだぞ、マジで」

 俺がからかうように言うと、倉岡は目を見開いた後、酒のせいばかりじゃないように、少し赤くなって。

 照れ隠しのように顔を俯けると、ぽつりと言った。

 「……そうかもな」

 「うっわなにその反応!ここでマジ返しとか超却下!」

 「いやー、でも兄としては嬉しいなー。だって歌を泣かせたら、俺はともかく父さんとお袋とおはぎがフル出動するからねー」

 つとめて軽く言いながら、さりげなく謡介さんの目が本気入ってる、とか思いつつも、想像すると笑うしかなくて。

 「あと、間違いなく上村さんも参戦するよねー。ビジュアル的にもすげえメンツ」

 「確かに。絶対勝てる気がしねえな」

 ひとしきり馬鹿みたいに笑った後、色々と昔話(恋バナに限らず)なんかをして。

 十代の頃の、思い出すとのたうちまわりたくなるような行動とか、出身校の妙な校則や変な伝統とか、やたらと何でも楽しかった呑気な頃をかえりみたりして、ふと気付く。

 このご時世だし、世間に出たら大変だぞー、と言われながらも、どうにか就職して。

 それなりに苦労はしたけど、同期はまともな奴で、後輩はぶっちゃけ頼りねえけどまあ素直で、上司も、筋を通せば話の分かる人ばっかで、仕事はまあ適性あるかなって感じで。

 あれ、俺わりと満たされてんじゃね?と思ったりもしたけれど、そのくせ妙にスキマがあるような気もして。

 あ、なーんだ、結局のとこ。

 「……俺もマジ惚れされたりしてみたいなー」

 ぽろっと転がり落ちた本音に、倉岡はビールを吹きかけ、謡介さんは面白そうに笑って。

 「惚れさせる、じゃなくて?」

 「それはさんざんやったんでもういいです」

 「……お前、世の中の男の大半を敵に回してんぞ、その発言」

 「えー、俺の新たな目標をすでに達成済みの奴に言われてもなー」

 ほんと、すっげえ贅沢な話だよな、と思う。

 勘違い込みかも知れないけど、家族でもない全然別の誰かに、無条件で肯定されて。

 そんで、色々惑いながら、なんとか一緒にいることを互いに望む、なんて。

 まあ、どう転ぶかは本人たち次第なんだろうけど、それでも。

 俺は瓶ビールを取り上げると、すかさず倉岡にめいっぱい注いでやって、

 「よーし、なんかむかつくしとりあえずお前だけノルマあと三本なー。トイレは許してやるから」

 「俺だけかよ!お前みたいにザルじゃねえんだぞ!」

 「それじゃ、軽めに熱燗三本でどうかなー」

 「わー、さりげなく潰しにかかってるしこの兄さんー」

 そろそろ本気で酔ってるのか、へらへらと笑いながら結構怖いことを言う謡介さんに、俺はとりあえず一杯追撃を加えておいた。



 それから、程よく酔いの回った感じの謡介さんから、前から気になってた、里沙ちゃんとの状況を聞きだそうとしたけれど。

 「いっやー、どうだろうねー、俺もわかんないやー」

 と、たった三語で適当にあしらわれて、ちょっと悔しかったりして。

 俺も、営業系の研修受けに行こうかなー。割とマジで。

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