507号室
女の子に優しい、っていうのは、適齢期の男としては結構な美徳だ、とは思う。
しかしぶっちゃけこいつの場合は、どんな相手でも分け隔てなくごく自然にそれをやっちゃうのが、少々問題だと思うわけで。
ま、男相手でもよっぽどのことがない限り、基本親切だったりするんだけど。
「おい、出来たぞ」
「おー、なんか美味そうじゃん。何入ってんの?」
「見りゃわかんだろ、野菜と豚バラとイカだ」
どん、とばかりに目の前のテーブルに置かれた大皿に盛られているのは、焼きそばだ。青のりと削り節に加えて、刻み紅生姜まで綺麗に振りかけてある。
割りばしと取り皿を人数分無造作に並べると、その脇に缶ビールを置いて、むっつりとしたまま、倉岡は向かいに座った。と、
「さっさと食えよ、冷めるだろ」
「はいはい。有難くいただきまーす」
ぱっと見鬱陶しそうに言ってくるけど、結局、心底お人好しなんだよなー、こいつ。
なんだかんだで押し掛けるたび、まめにメシ作ってくれたり、まるでオカンみたいで。
俺だったら、下手にプライベートに干渉してこようとする奴なんか、本気でウザがって、追い返して終わりなのに。
そんなことを思いながら、確かに冷めると不味いので、さっさと大皿に箸をつける。
「おいこら、肉ばっか狙って食うな」
「だって俺偏食だもん。三十路になるまでは肉ばっかで生きていくよ!」
「高らかに謎の主張すんな!そのうち血管詰まるぞ!」
「あーまあ、可能性はあるかも。最近ストレス溜まってるし」
「人んちにたかりに来ててそれか……なんかあったのか?」
おいおい、お前が人の心配してる場合じゃねーでしょーが、と言いたいのをこらえて、よく冷えた缶ビールを勢いよく開ける。
ちょっと前に、えらく気合い入れた格好で出てったなと思ったら、週明けにはなんでかそこら中に痣やすり傷作ってて、そのくせ妙にさっぱりした表情してて。
首尾を聞いたら『別れた』って一言だけで、何も言わねえし。
「結構心配してたのに、気が付いたら女子高生と仲良くなってるとかずるくね?」
「お前、言ってることに脈絡が無さすぎんぞ。さっき言っただろうが、恩人だって」
「はいはい、聞きましたよ確かに。でもさ、お前それにしちゃ短期間でずいぶん親しげじゃね?」
そうずばりと尋ねると、倉岡はすっと眉間の皺を深くして、しばらく黙っていたけど、
「……そういや、そうだな。なんでだかわかんねえけど」
大分年下だからかな、と独り言のように言って、黙々と焼きそばを口に運んでいる。
ふーん、とか思いながら、とりあえずは基本情報を聞いてみることにした。
「あの子、何年?」
「三年」
「八つ違いかー。そんくらいなら余裕でいいんじゃないの?」
「何でもそっちに結び付けんな。それに、当分そういうのはごめんだ」
「それじゃ、あんまり優しくしないほうがいいんじゃない?」
俺の言葉に、ビールを煽っていた倉岡の手が止まる。怪訝そうな表情でこっちを見てくるのに、さらに続けた。
「ただの親切にしたってさ、送ってあげたり花束あげたり、って、男慣れしてない子がされると弱いよ?お前にその気がないんなら、思わせぶりなことはやめとけって感じ」
なんとなく、ピュアそうな感じの子だったし。ま、女は見かけによりませんけど。
でも、あの全開の嬉しそうな笑顔はなー。ちょっとやばいんじゃないの。
一応忠告のつもりでそう言うと、倉岡は缶ビールをテーブルに戻して、ため息交じりに言ってきた。
「お前、あいつと同じこと言うんだな」
「は?……もしかして、前カノ?」
「この前の別れ話のついでに、今までの不満、全部ぶちまけられた。彼女以外の女に、親切にしすぎだとか、勘違いされるとか」
そんなつもりじゃねえってのに、と、倉岡は唇を苦く歪めていた。
そこから、酒も入ったせいか、ぼつぼつと話を聞いてやって。
俺判定だと、過失責任前カノ七割:倉岡三割って感じ。こいつのコミュ不足もあるし。
しっかし、総合判定としては、ないわ、前カノ。
遠距離前から二股とか。しかも交際期間のうち八割方とか、マジでありえないし。
……別れたんだし、いっそのことあの子でいいんじゃね、とかちょっと思ったけど。
「ま、下手にこじれずに良かったじゃん。あーあ、俺も新しい恋、探そっかなー」
「も、ってなんだ。それにお前、前に言ってた経理の後輩はどうしたんだよ」
「営業先の子と合コンしたのバレて振られちゃったー。別に悪いことなんにもしてないのにさー」
「……また飽きたとか言ったんだろ、お前」
「あ、見抜かれた。まあいいじゃん、合わない相手と長く引きずったって仕方ないし、切り替えって大事でしょ」
だから、さっさと吐き出したら、次に行っちまえっての。
社内でも社外でも、結構優良物件扱いされてることなんか、自覚してないんだろうし。
「でも、なんかむかつくから言ってやんなーい」
「だから、途中経過を飛ばすなよ!言ってること訳わかんねえだろ!」
「なー、ものたりないからおにぎり作ってくれ。それと味噌汁」
「……飯、レンジの奴しかねえぞ。味噌汁は勝手に入れとけ」
のっそりと立ち上がった倉岡が、棚から引っ張り出したインスタント味噌汁の袋をぶん投げてくる。ぶつかる寸前、顔の正面でしっかり受け取ってから、俺はふっと思った。
もし、こいつが次に本気出すときは、面白そうだから絶対つついてやろー、と。
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