女子会'

謡介:

 『女子会』と名のつくものを、俺の会社の女性陣もよくやっているようだ。既婚未婚は関わりなく、月一回集まって、美味しいものを食べて、飲んで。

 そう聞くと、中身は同じような気もするけど、やっぱり男ばかりの飲みとは違うのかな、と聞いてみると、全然違う、と言われた。

 もちろん俺が参加できるわけもないので、そんなもんかな、と思っていたけど。

 こんな格好を目にすれば、ああ、全く違うな、と納得してしまうわけで。

 「あれ、里沙ちゃん?」

 風呂から上がって、二階の自室に戻ろうとしたところで、廊下にたたずむ白い着ぐるみめいた姿を目にして、俺は思わず声を掛けてしまった。

 その途端、びくりと身を震わせて、それでも何故だかこちらを見ようとはしない。目の前の、リビングに通じる引き戸を開ける様子もないまま、ひたすらにじっとしている。

 まずかったかな、とは思うものの、どう転んでも俺の動線上に立っている以上、無言で通り過ぎるわけにもいかない。どうしたもんかな、と、とりあえず手にしたタオルで頭を拭いていると、

 「……お兄さん、判定お願いしていいですか」

 「え?」

 振り絞るような細い声のあとに、フードが半ば落ちかけるほどの勢いで振り向いてきた里沙ちゃんは、きっと俺を見つめてくると、

 「だから!……この格好、アリか、ナシかで」

 ほんのりと頬を染めながら、いつになく自信なさげな声量で、そう尋ねてきた。

 この格好、とは、フードにウサギの耳のついた、ちょっと厚手の可愛いパジャマだ。

 今日の昼に、歌が最終の仕上げチェックをリビングでしていたから、どんなものなのか、誰のためのものなのか、というのは知っていた。

 普段、彼女があまり可愛い系統の服を着ないから、とびきり可愛いものにする、というのがコンセプトらしい、とも聞いていて。

 それを見て、なんだかぬいぐるみみたいだなあ、という率直に浮かんだ感想をそのまま伝えてもいいものか、しばらく考えていると、里沙ちゃんが焦れたように小さく唸って、

 「……正直に言ってもらっていいですから。もう超ストレートで」

 拗ねたように顔を俯けるのに、俺は色んな意味でしまった、と頭を掻いた。

 突発的、というか、ここでこんなことを聞かれるとは思ってもなかったからなあ……

 しかし、よくよく考えてみれば、結論は簡単だった。

 ぬいぐるみみたい、というイメージが意味することは、すなわち。

 「そんな心配そうにしなくても、大丈夫。似合ってるし、可愛いよ」

 そう言いながら、俺は腕を伸ばすと、ずれ落ちかけたフードをそっと戻してやった。

 垂れ気味の耳も、それこそそういう種類のウサギみたいで、ふわふわと肌触りが良くて、思わずちょっと撫でていると、

 「……やっぱり、そういうとこ、歌にそっくり」

 顔を上げないままの少し怒ったような声に、はっとして俺は腕を引くと、慌てて謝った。

 「ごめん、女の子なのに、無造作に触っちゃって」

 妹ではないのだから、余計に気を遣わなければならないはずなのに、ついうっかりして。

 少し親しくなったからといって油断した、と反省しながら、それじゃ、とその脇をすり抜けて、階段を上がり始める。

 と、目の端で白い姿が動いて、軽い足音が続いたかと思うと、すぐに止まって。

 待っているような気配に、思わず顔を向けると、困ったような、照れたような表情で、階段の下から見上げてくる。

 と、何故か、真っ直ぐに、俺に向けて手を伸ばしてきて。

 一瞬ののち、反射的に俺も同じように腕を差し出すと、きゅっ、とそれを握られて。

 「……有難うございます!」

 「いや、えっと、どういたしまして」

 何度も上下に、まるで振り回すようにされてから、いきなりぱっと手を離してしまうと、里沙ちゃんは素早く踵を返して、リビングに続く引き戸の向こうに姿を消した。

 残された俺はと言えば、我ながらなんだか間抜けな風情で、深々と息をついて。


 単なる自意識過剰なのか、それとも、そろそろ探りを入れてみるべきなのか。

 ああ、でも、彼女、歌と同い年だしなあ……


 さらに加えて妹の親友、という立場でもあるわけだし、そうおいそれと気持ちを向けてしまうのも、正直はばかられる心地もあって。

 自分の口から転がり出てしまった言葉が、それこそ言霊めいた威力を発揮し始めている気がして、俺は黙って首を振ると、そのまま自室に向かった。



 倉岡:

 以前に歌から聞いていた通り、金曜日の夕方から『女子会』をすると聞いていたので、その同じ日の夜、俺はぶらぶらと駅への坂道を下りながら、電話で佐伯と話していた。

 『おー、やっと終わった?結構早かったじゃん』

 「なんとかな。二人とも気を遣って、さっさと帰れって言ってくれたんで、甘えさせて貰った」

 急遽修正を要することになった案件の資料を、どうにか完成させ、主任と課長の決裁を通してから、一旦寮に帰って、荷物を放り込んで。

 着替えるのも面倒なので、必要最小限のものだけをジャケットに突っ込んでから、どの店で飲んでいるのか確認のために連絡したのだが、どうもいつもより周りが騒がしい。

 「おい、なんか良く聞こえねえぞ。場所どこだよ」

 『駅前に新しく出来た焼き鳥屋ー。ほら、前にバンダナ兄ちゃんが割引券配ってたとこー』

 それでか、と騒音の理由も合点がいった。店名は忘れたが、焦げ茶っぽい羽目板の壁に、白抜きで鶏の絵がでかでかと書かれていて、ライトアップのせいかいやに目立つ店だ。

 表に出されていた黒板に、鶏茶漬け、と書かれたメニューに歌が興味を示していたので、一度連れて行こうかと思っていたのだが、それはともかく。

 「分かった。席、カウンターか?」

 『いんや、テーブル席ー、四人掛けのとこ。入ったら俺の名前言ってー』

 「四人って……誰か他に来るのか?」

 今日は、瀬戸は例の彼女とどこかで待ち合わせらしく、終業の鐘が鳴るなりいそいそと出ていったから、関係ないだろうし、と考えていると、

 『あー、藤林ふじばやし水島みずしまが来るって。なんかさ、細谷ほそやから情報らしいんだけど、井田いだがそろそろ結婚するみたいなんだよね』

 「マジか。そりゃ良かったな」

 名前の出た四人は、いずれも俺と佐伯の同期だ。井田は俺と入れ違いで、支社に出向となっているので、業務の引き継ぎを行って以来、なかなか顔を合わせる機会もない。

 思わずそう応じると、佐伯は短く笑い声を上げて、

 『さっすが彼女持ちは余裕の返答ー。他の三人なんか、お前の話聞いた直後にこれだし、すっげえどんよりモードだったのにさー』

 「……あいつら、なんて言ってたんだ?」

 なんとなく嫌な予感がして、そう尋ねてみると、案の定ろくでもない返事が返ってきた。

 『えーと、確か酔ってぶっ倒れて女子高生に助けられるとか二次元かよ、が藤林でー、水島は、三十路間近なのにもう同期で独身率五割切った、ってずーっと嘆いてて、細谷がこっちは倦怠期真っ最中なのにお前ら幸せ振りまきやがって!って』

 「……細谷に何があったんだ。いや、俺のことはいいんだよ!しかもお前、もしかして歌のことべらべら喋ってねえだろうな!」

 『えー、そりゃもう適度に興味を煽る程度に小出しにー』

 へらへらとした常の如くの佐伯に向けて言葉を継ごうとした時、スマホの液晶にテロップが走った。すぐに耳から離してみると、歌の名前が暗闇の中で光を放っている。

 俺は即座にその旨を佐伯に伝えると、すぐ行く、と告げて通話を切った。

 まだ残りの二人が来ていないとはいえ、無用な追撃が来る可能性も否定できないので、さっさと届いたメールを開けた途端、目に入ったものに、俺は言葉を失った。



 From:深山歌

 Title:今日のパジャマです。


 手芸部の皆からの、プレゼント。

 だめ、とか、無理、って思ったら、

 ごめんなさい。



 それだけの文面の後に、何故かふわふわとした淡いピンクの、丸い耳のついたフードを目深にかぶって、恥ずかしそうにこちらを見ている歌の画像が添えられていて。

 とりあえず、何がだめとか無理とか意味が分かんねえとか、そんなことじゃなくて。

 自分から送るような性格じゃねえだろ、とか、とにかく訳の分からない思考がしばらくぐるぐると巡って。


 「……歌か?その、さっきのお前の……いや、だからだめじゃねえって!気に入らないとか思うわけねえだろ!」


 焦って電話を掛けてしまったものの、落ち込んだような歌の声に、俺は余計に混乱して。

 次から次へと、思うこととはまるで異なる言葉が出るばかりで、ちゃんと『可愛い』と伝えられるまで、結局かなりの時間を要してしまった。

 当然、遅れた理由のせいもあってか、合流後、三人には嫌になるほどいじられたわけで。

 ……真面目に、佐伯にあの二人に合コン、けしかけて貰うことにするか。

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