リメイク

 連休も含んだ、ほどほどに長い正月休みも終わり、休みボケも多少ありつつもどうにか普段の生活リズムを取り戻して。

 そんな穏やかな時期に、歌に頼まれ、久しぶりに深山家に伺うことになったのだが、

 「とりあえず、立ってればいいのか?」

 「うん。そのままじっとしてて」

 かなり長いメジャーを手にした歌に指示されるまま、俺はその場で棒立ちになっていた。

 持参した手土産(今回のリクエストは、フルーツロールケーキ)を瑞枝さんに渡すのもそこそこに、迎えに出てきた歌に半ば引きずられて、二階の部屋に案内されて。

 右肩から、まるで駅伝のたすきのように、斜めに計りたい旨を告げられたのはまあいい。

 だが、背中から俺の肩に手を掛けて、さらに爪先立ちになりながら(正面の姿見で見て取れた)、やけに必死な様子で計ろうと試みているのに、思わず心配になると、

 「……謡介さんに手伝い、頼むか?それとも俺が屈んだ方がいいか?」

 「屈んだら、感じが掴みにくいから、ちょっと待って」

 生真面目な口調でそう返してくると、歌は部屋をぐるりと見渡してから、机の前にあるキャスター付きの椅子を持って来た。と、乗ろうと足を掛けるのを、俺は慌てて止めると、

 「ちょ、それはやめとけ!転ぶぞ!」

 「一瞬だったら、大丈夫。多分」

 「危ねえからだめだ!そこのベッドの上にでも乗ればいいだろ!」

 「……なるほど」

 焦った俺の提案にようやく納得したのか、頷いて椅子を戻すと、言われた通り、何やらやけに暖かそうな、ふわふわとした白いスリッパを揃えて脱いで、ベッドの上に登る。

 これで準備万端、とばかりに、メジャーを再び構える姿が妙におかしくて、俺は思わず吹き出していた。



 それから、歌の納得の行くまで、色々と採寸をされて。

 ひとまずコーヒーの準備ができた、と瑞枝さんに呼ばれて一階に降りると、尻尾を振りながらおはぎが駆け寄ってきた。ちなみに、今日のベストは、サーモンピンクに赤い星のワンポイントだった。……何枚ストックがあるんだ、マジで。

 香りのいいコーヒーで有難く喉を湿らせながら、皿に盛られたロールケーキに目を輝かせている歌と謡介さんに、俺は尋ねてみた。

 「しかし、俺でこんなんじゃ、謡介さんのサイズだとどうやって計るんだ?」

 「踏み台使うか、寝転がってもらってる」

 「……ガリバーか」

 即座に返ってきた答えを聞いて、針と糸を持ったミニサイズの歌と、地面に縫い止められている謡介さんが脳裏に浮かんで、俺がそう漏らすと、謡介さんがフォークを止めて、

 「ああ、それ昔、父さんたちが付き合ってる時にも言われてたんじゃなかったっけ」

 「そうねー。定番の電柱にセミも未だに言われるしねー」

 「……どのくらい差があるんですか」

 笑いながら言った瑞枝さんにそう聞いてみると、ちょっと頭のてっぺんに手をやって、親指と人差し指を大きく広げてみせて、

 「うーん、小学校で使うものさし一本弱程度?」

 となると、157、8か、とあたりをつけて、ふと隣でもくもくとケーキを口に運んでいる歌を見やる。……やっぱり、ちっさいな。

 「だいたい、156くらいか?」

 見当をつけてそう言ってみると、ぴたり、と動きを止めた歌が、微かに顔を俯けた。と、

 「……157。四捨五入したら」

 「そこはこだわるのか……別に、平均身長くらいだろ。気にするほどじゃねえよ」

 「そう言われるんだけど、時々、里沙見てると羨ましい」

 「どこがだ?」

 見ている限りでは、全身のバランスが悪い、という風にも見えない。

 胸元に、赤い星のワンポイントがあるクリームイエローのセーター(おそらくおはぎとセットだ)とネイビーのショートパンツに包まれた身体は、むしろほっそりとしていて、きつく抱き締めでもすれば、折れそうなくらいで。

 何気なくそう考えてから、ふとまずい方向へ思考が向いていることに気付いて、内心で慌てていると、

 「凄く高いところにあるものでも、ほんとに余裕で届くの。球技大会でも鉄壁だったし」

 眉を下げた歌が発した、まるで見当違いの台詞に、そっちか!と声に出さずに突っ込みながら、俺は誤魔化すように、残りのコーヒーを飲み干した。



 四人と一匹(おはぎは犬用おやつ)でロールケーキをあらかた消費してしまうと、俺はまた歌に連れられて、二階へと上がった。

 再び部屋に入るなり、身の沈みそうな白く大きなクッションを勧められたので、借りたスリッパを脱いで、毛足の長いラグの上にあぐらを組む。

 と、すぐそばの脇机をごそごそと探っていた歌が、見覚えのあるものを取り出してきた。

 「……それ、俺のパンツか?」

 初めて歌に発見された時、控えめに見ても再起不能、という感じだったそれは、何やら袋状のものに変化していた。ありていに言うなら、かなり大きめのポーチ、というのか。

 そう、と頷いて、小さな白い猫足のテーブルを挟んで向かいに座った歌は、その裏表を返してみせると、構造を示してきた。

 「最近、やっと一通り落ち着いたから、作り始めたの。細かい所を見てもらおう、って思って」

 一旦筒状のまま切ったそれを開いた上で、破れた個所を生かして、質感の似た別の布でつぎを当てるか、ファスナーを取り付けしたあとに、裏にはポケットを複数付けてある。

 概ね、俺の肘から手首ほどまでの長さのそれを見ながら、俺は尋ねた。

 「バッグか何かにするのか?」

 「だいたい合ってる。ミニリュックかボディバッグにしようかな、って」

 丁寧に、別の布で裏打ちまでされているのを見て、なるほど、と俺は頷いた。元が元だから、そんなに大きなものは作れないし、夏物だからさほど厚くもない。

 どうやって破いたのか、縦棒の長い逆L字に裂けていた場所も、上手く繕っているのを手に取って見ていると、

 「最初は、破れた部分から下を切り落として、ハーフパンツにしようかって考えたんだけど、倉岡さん、なんとなく履きそうにないな、って思って」

 「……この生地でなけりゃ、夏場限定で履くけどな」

 歌の言葉に、良く分かってんな、と思いながら、俺はそう応じた。

 ジャケットに合わせるとか、そういう系列のファッションがあることは一応理解できるが、自ら望んで着るかと言われれば、正直着ない。佐伯か弟あたりならやるだろうが。

 それに、例えそうしたところで破れが膝から上にないわけではないから、このグレーの地に、ブルーとグリーンとブラックのファスナーは変わらないわけで。

 ……やっぱ無理だ。どうにも着れる気がしねえ。

 思い留まってくれて助かった、と胸を撫で下ろしていると、歌はカタログらしきものをテーブルの上に広げてきた。

 「あとは、縦型か横型か、っていうのと、ショルダーベルトは強度の問題もあるから、市販のものにしようかな、って思ってるんだけど」

 どれがいいかな、と見せられたそれは、特に年度末になると俺の会社でもたまに見る、事務用品の商品カタログに似ていた。不足した物品を、補充のために尋ねられるのだ。

 例のベルトは、幅や長さはもちろん、色、機能、バックルや留め金の種類に至るまで、それこそ多様過ぎて、おいそれとは決まりそうにない。

 ざっとだが、対象のページに目を通し終えた俺は、歌に聞いてみた。

 「これ、現物を売ってるところってないのか?」

 「あると思うけど……ホームページ、見てみた方がいいかな」

 そう言って立ち上がると、机の上に据えられた、デスクトップの電源を入れる。それを見て、起動までの間にカタログの奥付を確認すると、会社名とURLの表記があった。

 じきにログイン画面が表示され、歌がさすがに慣れた様子でパスを打ち込むと、デフォルトのままの起動音が鳴り響いて、俺は顔を上げた。と、

 「……それ」

 デスクトップに表示された画像を見て、俺は眉を上げた。

 わざわざ、寮にまでシャツを届けてくれた時に、思いつきでやったあの花々が、まるで画面を覆うように、酷く鮮やかに咲き誇っている。

 じっと見つめている視線にようやく気付いたのか、振り向いた歌は、俺と目が合うなりほんのりと頬を赤くすると、

 「あの、初めて貰ったから、嬉しかったの。だから、枯れちゃうから……」

 慌てたようにそう言い募っていたものの、語尾は段々と掻き消えていって。

 どうしていいか分からないように机の方を向いてしまうと、すとん、と椅子に腰を下ろしてしまった。

 そのまま突っ伏して動かなくなった歌に、俺は苦笑しながら立ち上がると、その後ろに静かに立った。あの時のままに咲く花に手を伸ばして、なぞるように指先で触れると、


 「有難うな。それと、好きだ」


 心はとうの昔に決まっていても、まだ口にはしていなかった言葉を、この際告げて。

 見る間に耳の先まで朱に染めた歌を、俺は椅子越しにそっと抱き締めた。



 その後、歌がどうしようもなく限界に達するまで、結局離せずにいて。

 すっかりうろたえて、何度もキーを打ち間違えるのを、のんびりとフォローしながら、次は久々に車借りるか、と考えた途端、

 ……そろそろ、自分の車、買ってもいいかもな。

 ふいに浮かんだ思いつきに、何故とはなく頬が緩む。

 その辺りに詳しい瀬戸に、週明け雑誌貸して貰うか、などと思いながら、俺は目の前にある歌の肩に、そっと顎を乗せてみた。

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