七月

夏の花・1

 お呼ばれ、というのは、いくつになってもうきうきとしてしまうものだ。

 ことに、もう四年もいれば、だいたい固定してしまっていた大学の友達以外に、新しい繋がりが出来て、広がった先のお付き合い、ということになれば、なおさら。

 それに、きなこまで一緒に連れて行けることも、凄く幸せで。

 だから、せっかくのお出かけ用の服選びにも、気合いが入ってしまうというもので。

 「三好先輩ー、いったい何着着替えさせれば気が済むんですかー」

 「ご、ごめん、えっとね、あと二着だけだから!」

 織江川花火大会の日、いつものように、わたしの部屋でのこと。

 さすがにうんざりしたような声を上げた倉岡くんに、わたしは慌てて顔を向けた。その腕に、大人しく抱っこしてもらっているきなこは、少し不思議そうに彼を見上げている。

 ……ああ、やっぱり、可愛いなあ。

 もう、生後半年を過ぎたから、ころころした感じはすっかりなりをひそめて、体つきも四肢もすらりとしてきたけれど、一目惚れした垂れ耳は、変わらずそのままで。

 もちろん、濡れたような黒い瞳と、つやつやとした鼻面と、少し硬めだけれど毛並みのいい薄茶色の毛も、大好きだけれど。

 そんなことを思いながら見つめていると、倉岡くんはため息をついて、きなこをそっと床に下ろした。それから、その横に座ってあぐらを組んでしまうと、

 「謝らなくてもいいですから、さっさと次の服、着せてください。時間、間に合わなくなるでしょ」

 なー、と、横にちょこんと正座したきなこに向かって、声を掛けている。もうすっかり、わたしと匹敵するくらい仲良しで、実は、それがなんだか嬉しい。

 それに、忙しいはずなのに、お休みのたびにちょこちょこと顔を出してくれるのも。

 ともかく、確かにもうお昼も過ぎてしまったから、ささっと撮ってしまわなければならない。わたしは残る二着、作務衣と、スイカ模様のタンクトップを順番に着せていった。

 衣装を変えるたびごとに、最近はめっきり撮影担当になりつつある倉岡くんが、素早くシャッターを切っていく。もちろんわたしも毎日のように写真は撮っているけれど、彼が撮ると、また違う切り口のきなこになるから、来た時は必ずお願いしているのだ。

 色々とアングルを変えて、腹這いになったり、アップで撮ってみたりと、アプローチも段々本格的になってきて、見ていると面白い。

 それを見透かしたかのように、眉を上げた倉岡くんは、こちらにレンズを向けてきて。

 不意打ちをとっさに避けるのも間に合わず、変な格好を撮られてしまった。

 「……先輩、ここまで避けまくることないんじゃないですか」

 写した画像を確認するなり、遠慮なく吹き出した倉岡くんに慌てて近付くと、画面を覗き込む。すると、

 「ああ、やっぱり……」

 とっさに、顔を隠そうと腕を上げたから、残像が激しくて。

 手をひるがえして、まるで珍妙なダンスを踊っているみたいだけど、変な表情が写っていないだけいいかな、と思いつつ、画像を消そうとする。

 と、すかさずカメラを、横から取り上げられてしまって。

 「こらこら、何勝手に消そうとしてんですか」

 「え、でも、置いておくようなものじゃないよ?」

 人物というよりはもはや物体、という感じの仕上がりだったし、と言うと、倉岡くんはすっと眉を寄せた。……この癖、歌ちゃんも言ってたけど、お兄さんと、似てる。

 でも、少しだけ倉岡くんの方が、怖くない、というか、印象が柔らかい気がするけれど。

 「分かりました。消してもいいですけど」

 「……けど?」

 「きなこと一緒でいいですから、ちゃんと撮らせてくださいよ?」

 そう言いながら、再びわたしに向けて、素早くレンズを向けてきた。しまった、と身を引く間もなく、シャッター音が響く。

 「あ、撮れた。やっり、正面顔初めてー!」

 「……だから、わたしを撮っても仕方ないでしょ」

 口笛でも吹きそうな調子で声を上げた倉岡くんに、やられた、と思いながらも、さりげなく手を伸ばして、カメラを奪おうと試みる。

 でも、それも予想のうちだったのか、意地悪なことに、くるりと背を向けてしまうと、

 「いいでしょ、写真の一枚や二枚。俺と橙のはしょっちゅう撮ってるくせに」

 「だって、ブログ用だもん。それに、身バレしちゃいそうなのはちゃんと避けてるよ?」

 どこか怒ったように言ってくるのに、わたしはすかさずそう返した。

 ネット上で不特定多数の人が見るものだから、万が一にも迷惑を掛けてはいけないので、顔はもちろんのこと、全身だって写らないようにトリミングして、気を付けている。

 それに、サークルでもそうだけど、むしろ倉岡くんは空気を読んで、ノリ良く撮られてあげる方なのに。

 「ふーん、でも、謡介さんにはおはぎときなこと一緒に撮って貰ってたじゃないですか。俺だと嫌だ、ってことなんですよねー」

 さらに不機嫌そうな声でそう続けられて、わたしは思わず目を見開いた。

 少し前に、深山家に久しぶりにお伺いした時、二匹が揃ったのが嬉しくて、成長記録!とばかりに記念写真をお願いしたのだ。その時は、倉岡くんは都合がつかなかったから、あとで写真を見せたのだけれど。

 ……でも、なんでだろう。

 彼が怒っているのもそうだけれど、自分自身も、どうしてなのか。

 「……嫌っていうのとは、ちょっと違うのかなあ」

 言われてみれば確かに、彼に撮られる、という時にだけ、我ながら過剰に反応している気がする。誰かに一人で写されることも、これまでにまるでないわけではないし。

 「なんだろ……なんか、倉岡くんに、じっと見つめられてるみたい、って思うからかな」

 ようやく言葉にしてみて、ふっと合点がいった気がした。

 普段、愛想が良くて、年上にも年下にも同年代にもそつがないというか、笑った表情は本当にたくさん見ているのに、真剣なそれはあまり見る機会がなくて。

 だから、ファインダー越しだというのに、変にうろたえて、逃げてしまいたくなって。

 「あー……なるほど」

 わたしの伝えたことに、倉岡くんは、心底納得したようにひとつ頷いて。

 それから、ようやくこちらに向き直ると、手にしたカメラに視線を落としたまま、呟くように言った。

 「……たぶん、下心、あるからじゃないですか」


 ……それって、どっちに?


 主語のない台詞に、一瞬、混乱させられて。

 向こうなら、だって、今までだって全然そんな感じじゃないのに、って思うけれど。

 自分はどうなの、って言われたら、それは。


 「……どうなんだろ」

 さんざん困惑したあげくに、もう、そんな言葉しか出て来なくて。

 途方に暮れて、倉岡くんを見てみれば、何か驚いたように目を見張って。

 それから、ふいとそっぽを向いてしまうと、腕を上げて、短い髪をくしゃりと掻き回すようにして、

 「そう返すのかよ……あーもう、結構、だだ漏れかと思ってたのに」

 「え、あの、何が?」

 どうやら、余計に機嫌を損ねてしまったらしいことに、わたしがおろおろとしていると、倉岡くんは、いきなりこちらに顔を戻してきて。

 すっと伸びてきた指先が、えい、とばかりに額をつついてきて。

 「自分で考えてください。もうノーヒントですから」

 たまに見せる、むっとしたような表情でそう言うと、車回してきます、と言い置いて、そのまま部屋を出ていってしまった。

 

 ……ヒントとか、もういらない気がするんだけれど。

 

 あっさりと取り除かれてしまった気がする他の選択肢を考えるまでもなく、自問自答の結果は、実に簡単に結論に達してしまって。

 かえりみれば、自分の答えも、ひとつしか残っていないことに今更ながら気が付いて、その場にしゃがみ込む。と、

 「……ほんと、どうしようねー」

 異変を感じ取ったのか、心配そうに鼻面を寄せてくるきなこに、思わずそう零す。

 これから一緒に出かけるというのに、どんな顔をしていればいいのか、見当もつかない。

 つつかれてしまった額に、まるで、何かの起動スイッチでもあったかのような展開に、わたしはひたすらうろたえていた。

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