夏の花・2
イベントとか、お祭りとか、そういう聞くからにわくわくするような単語に、あたしはめっぽう弱い、という自覚はある。もともと目立つのは嫌いじゃないし、サプライズ的な演出を考えたり、下準備に参加するのも、もちろん好きだ。
だけど、そういった作業の中でも、人には得手不得手、というものがあるわけで。
「大丈夫だよー、よっぽどのことしないと皮むけたりしないからー」
「……そのよっぽど、をやっちゃったことあるんですけど」
歌のお家の、うちと比べてもよく整頓された、カウンターキッチン。
何度もお邪魔したことがあるけれど、入ったことはまだなかったそこで、あたしはピーラーを手にしながら、小声でそう言ってみた。結構、ドン引きされるのを覚悟で。
だけど、謡介さんは、ちょっと眉を上げて笑っただけで、
「ゆっくりでいいよ。まだ時間あるし、あらかたはもう準備出来てるしね」
意外なほどに器用な手つきでペティナイフを動かしては、じゃがいもの芽を取っていく。
体格に見合った大きな手が、むき終えた芋を、次々とボウルに放り込むのを横目で見ながら、気後れしてる場合じゃない、と、なんとか心を奮い立たせる。
だって、これじゃ、何のために手伝う、って言ったのかわかんないし。
ゆっくりなら血は出ない、と言い聞かせながら、マッシュ用のそれ特有の、でこぼことした表面に悪戦苦闘しながらも、必死で手を動かしていると、
「こっちはもうちょっとで終わるからねー。次は茹で卵の皮むきだから危なくないよー」
手持ちの芋を全てむき終えた謡介さんが、そうにこやかに言いながらも、まな板の上のきゅうりをナイフで輪切りにし始めた。……なんか、かなり、手の動きが早いんだけど。
「謡介さん、なんでそんなに上手なんですか?」
「ん、料理のこと?そうだなあ、やっぱり食べるのが好きだからだろうねー」
見る間に切り終えたきゅうりをざっとボウルに入れてしまうと、軽く塩を振りながら、謡介さんはそう応じてきた。
いわく、子供の頃から、同年代の男の子より良く食べる少年だったそうで、
「確か、小学校二年くらいだったかな……『たくさん食べたかったら、手伝いなさい』って、母親に言われたんだよね」
量を作るには、それに応じただけの作業が伴うから、一人よりも、二人が出来るようになれば効率はぐんと上がる。何より、自分で作ったものが美味しいとなれば、余計にテンションもアップする、と。確かに、そうかも。
「あとは、単純なんだけど……俺が作った、って言った途端、食卓についてた父さんと、祖母がぱっ、て嬉しそうな顔になってさ。だからかなあ」
……そう言ってる謡介さん自身が、すっごい嬉しそうなんだけど。
元々、人を楽しませるのが好きなんだろうな、とは、見ていて思う。ブログとか、写真とか、見る相手のことを考えて作ってるのはよく分かるし、メールでも、一緒にいても、こっちのくだらない話にも、にこにこと付き合ってくれて。
だから、まあ、こんなにすんなりと好きになっちゃったんだろうけど。
やっとむき終えた芋を、そろっと水を張ったボウルに放り込む。とりあえず、終わった。
謎のやりきった感に思わず小さく息を吐くと、謡介さんは、さっきのボウルで塩もみをしていた手を洗って、丁寧にタオルで手を拭いて。
それから、ぽん、と大きな手で、頭を撫でてくれた。
「お疲れ様。ちょっと休む?」
「魅力的な申し出なんですけど、何もしてないに等しいから、もっと頑張ります!」
何しろ、手伝い始めてから十分弱が経過しているというのに、成果はたったの芋一個。
ぶっちゃけ、小学生の調理実習でももう少しはマシだよね、とため息をついていると、さらに髪を撫でられて。
「分かった。じゃあ、芋を茹でてる間、一緒に卵むいちゃおうか」
「はいっ」
穏やかな声でそう言われて、あたしはありもしない尻尾を振りそうな勢いで頷いた。撫でて貰ったのも当然嬉しいけど、『一緒に』っていうのが凄く大きい。
今日の参加者は総勢九人にもなるし、準備とかでもきっと二人きりになる暇なんてないんだろうな、って思ってたから、余計に嬉しくて。
まあ、おばさんと上村さんはすぐそばの仕事部屋にいるし、歌と倉岡さんはベランダでベンチとかテーブルとかの設置をしてるから、しばらくしたら、皆集合するんだろうけど。
それはさておき、サラダと、あとはサンドイッチにも使うそうなので、茹で卵は全部で十二個ある。水を張ったステンレスのボウルで冷ましてあったそれを、片っ端から取り上げて、縁にぶつけてはひびを入れ、手早くむいていく。
「おー、早いねー。もう三個?」
「刃物を使わない作業は得意なんです。だから、こういうのだったらスピードにも自信あるんですけど」
生卵じゃない分、多少雑に扱っても大丈夫、というのもあるけど、まず指を切ったり、皮がむけたりという流血の大惨事になることがないから、安心してがんがん進めていく。
それを見て、謡介さんも競争のようにスピードを上げたけれど、結果は、
「よっし、八個!勝った!」
「うわ、ダブルスコア……なんでそんなに早いの?」
「文化祭で卵たくさんむきましたからねー。あれでちょっと楽しくなっちゃって」
若干、シンクにまで飛び散った殻を集めて、三角コーナーに放り込みながら、あたしはそう答えた。コツは、完全に冷めてしまう前にむき始めること、これに尽きる。
つるん、と綺麗な白いそれを手にして満足げに眺めていると、いきなり鈴のような音が鳴って。
なんだろう、と顔を向けると、謡介さんがスマホをこちらに向けて、笑っていて。
「里沙ちゃん、いいドヤ顔撮れたよー」
「ちょ、よりによって今のですか!?やだ、それはやだ!」
「でも、変顔とかじゃないよ?ちゃんと可愛いよ、ほら」
……なにをさらっと言ってくれるんですか、この人は。
しかも、めっちゃにこにこしながらだし、もう!
それこそある種のドヤ顔で、撮った画像を自慢げに見せてきていた謡介さんを、じっと睨み付ける。幸い、写りはそんなに変じゃないけど、でも。
すると、軽く眉を上げた謡介さんは、すぐに笑みをおさめて、
「あー、ごめん。またうっかりした」
嫌だったら消すよ、と頭に手をやりながら、すまなさそうに言ってくるのに、あたしはなんだか恥ずかしくなって、
「消すまでしなくてもいいですけど……あーでも、なんか……」
「……なに?」
心配そうにそっと、顔を覗き込まれて、思わず身を引きかける。
ああもう、今、絶対顔、赤い。
もう、すっごい理不尽だけど、こっちが好きなの分かっててやってるでしょー!とか、叫びたくなってくるくらい、無造作で。
そんな状態に(勝手に)追い込まれて、必死で何か言おうとしてみたものの、なんだかよくわかんない唸り声しか出ないし。
と、ふいに、謡介さんが軽く眉を寄せたかと思うと、急に首を巡らせて、リビング中をぐるりと見渡した。
それから、なんでだか裏庭に出る用の、小さな扉の方まで確認すると、うん、と頷いて、
「……大丈夫だよね」
ぽつりと零された言葉に、何がですか、と聞きかけた途端、一歩近付かれて。
するっと、背中に腕が回されて、そのまま引き寄せられて。
「わ、ちょっと、あの」
一瞬のうちに、身体ごと全部を、巻き付けられた腕と広い胸に、ぎゅって包み込まれる。
当然、こっちはもう指一本動かせないくらいになって、抵抗も出来なくて。
棒立ちな感じで硬直したまま、内心ではひたすらにあわあわとしているばかりでいると、ふっと腕が緩んで。
「ごめん。なんか、可愛かったから」
まるで、小さい子の熱を測るみたいに、こつん、と額を合わせられてしまって、もう。
「……謝らなくても、いいですから。せめて前触れ、ください」
でないと、色々と爆発しそう、本気で。
なんだか変に悔しくなって、うー、と力なく声を上げながら、握った両のこぶしでぽかぽかと謡介さんの胸を叩くと、小さく笑い声が返ってきて。
「いいの?それだと、多分俺、これから凄くたくさん仕掛けると思うんだけど」
またもやさらっと、破壊力抜群の一撃を食らってしまって、思わず手が止まる。
どうしよう、いやでも別に嫌ってわけじゃないし、かといって対処できるキャパ絶対に足りないじゃん、とか、めちゃくちゃに考えが乱れまくって。
「ほ、ほどほどでお願いします」
俯いたまま、変な答えを返すと、謡介さんの手が、背中をぽんぽん、と叩いてきて。
「そうだね、まだまだ先は長いし。焦らないように、気を付けるよ」
その言葉に、そろそろと顔を上げて、表情を確かめる。
と、どう見ても、まだまだ余裕って感じで、なんかたまらなくなって。
焦ってもらえるくらいになれるかとか、まだ自信、全然ないけど。
好きだ、っていうことだけは、遠慮なくいっぱい、ぶつけていっちゃうつもりだから。
「謡介さん、覚悟しといてください」
「え、何を?」
「やられっぱなしじゃないですよ、ってことです!」
そうきっぱりと宣言してしまうと、ぽかん、とした表情になった謡介さんから、そっとあたしは身を離して。
それから、勝手に菜箸を一本借りて、コンロでぐらぐらと煮立っている鍋に近付くと、はっきり言って八つ当たり気味に、ぐさっ、と芋に突き刺してやった。
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