あとのまつり

佐伯:

 無事に歌ちゃんたちの出番が終わって、速攻で着替えに戻って。

 人一倍暇のかかる主役二人の、多分半分くらいのスピードで着替えた俺と謡介さんは、講堂の横で皆を待ちながら、デジカメとスマホで撮りまくった画像をチェックしていた。

 「うーん、どれにしようかなー」

 「あー、歌ちゃんの写真、親父さんに送るんですか?」

 「そうそう。けど、本物と思われたら心臓発作起こしかねないから、誤解のないように気をつけないといけないんだよねー」

 「……もしかして、溺愛系?」

 悩みながらもさらっと凄いことを言った謡介さんに、俺はちょっと引きながら尋ねると、あっさりと頷いて、

 「俺と歌、ひとまわり違うからね。だから特に父さんは、歌が嫁に行くとなったら号泣もんだと思うよー」

 ……確か、親父さんて、謡介さんとクリソツだって言ってなかったっけ。

 正直すっげー怖い、とか失礼なことを思いながら、俺もどさくさに紛れて撮っておいた画像を、片っ端からチェックしていった。主にネタ的な意味で。

 中身は、やっぱりというか、歌ちゃんと倉岡のツーショットが多い。見栄えするし。

 こうやって見ると、倉岡が終始むっつり、というか真剣な顔で、ずっと歌ちゃんの方を気に掛けているのがありありと分かる。まあ、役柄的にはそれで当然なんだけど。

 歌ちゃんはといえば、緊張でいっぱいいっぱいな感じで、必死で足を進めていて、顔を向ける余裕もないようだ。

 あとは、司会役の先生とユキちゃん、進行役の里沙ちゃんとか、手芸部五人セットとか、良く取れてるけど無難な画像ばっかで、我ながらちょっと眉を寄せる。

 演出は、ピンライトを駆使したり、BGMがあの盛り上がる方の結婚行進曲だったりして、結構観客にも受けてたんだけど、俺と謡介さんがモブで参加した演劇部と比べてしまうと、どうにも物足りない。だから花嫁略奪くらいやればー?って言ったのに。

 もっと面白いの出て来ないかなー、と見ていると、不意に謡介さんが声を上げた。

 「ん、なんかあったんですか?」

 「いやー……まあ、ちょっとね」

 妙に語尾を濁すのに、俺はなんかピンときて、にやつくのを抑えきれないまま近付くと、横から液晶を覗き込む。と、

 「おー、これはこれは」

 確か、舞台から退場する途中、張りつめていた気が緩んだのか、階段付近で歌ちゃんがよろけて、倉岡がとっさに支えてたのは、確かに見た。

 後ろ姿だったから、俺はどんな表情だったかまでは見てなかったんだけど。

 これがまあ、連写で撮ってるもんだから、慌てた倉岡の表情から、がっちり支えられてからの歌ちゃんの驚いた表情まで、事細かにばっちり写っていて。

 っていうか、かなりしっかり抱き止めてんじゃん。なにこの役得。

 「あー、これ絶っ対父さんには送れないなー。卒倒するかも」

 「超無難に、歌ちゃんのワンショットでいいんじゃないすか?」

 「そうだよね。その方が平和だ、うん」

 乾いた笑いを漏らした謡介さんに、俺はにこやかに同意すると、スマホを差し出して、

 「とりあえず、そのデータ俺にもください」

 「悪用しないって約束するんならいいよー」

 「いやーそんな悪用だなんてー。ちょっと拡大して、倉岡に送りつけようとしか考えてませんよー」

 「そこまでにしといてねー。歌のデータでもあるんだから、うっかり拡散させたら承知しないよ?」

 割とマジな声音でそう言うと、それでも意外と簡単にデータを飛ばしてくれる。

 送信されたデータを確認していると、そのうちの一枚に、げっ、と思わず声が出る。

 出番待ちの間暇だったから、手近にいたユキちゃんをからかっていた時のツーショットだった。

 「それはサービス。彼女二年生らしいから、まだ手出ししちゃだめだよー」

 「二ケタ年下はさすがにムリっすわーマジでー」

 すかさずそう返しながら、結構あなどれねえなこのマッチョ兄さん、とか俺は思っていた。ていうか、俺、こうやって見ると結構楽しそうじゃん。

 そうこうしているうちに、控室の扉が開いて、ぞろぞろと他のメンバーが出て来る。

 衣装とメイクを取っ払ってしまえば、みんなごく普通の高校生だ。やっぱ若いよなー、とか思いながら、俺はスマホを向けて、とりあえずシャッターを切っておいた。



謡介:

 歌と倉岡さんも含め、皆が出てきたので、俺も適当にその中に混ざって移動する。

 後夜祭は、今は軽音楽部の演奏で盛り上がっているらしく、遠くからギターの音が響いてくる。次に合唱部と、最後に吹奏楽部の音楽系で〆るのがここのならわしらしい。

 去年はさっさと帰っちゃったけど、今日は最後まで聞いていくかなあ。今回は歌も荷物多いだろうし。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意にぽん、と後ろから肩を叩かれた。何だ、と振り向くと、里沙ちゃんがにっ、という感じで笑いかけてきて。

 「今日は有難うございました。おかげですっごく盛り上がりました」

 「ああ、そんなのいいよ。俺も久々で楽しかったし」

 実際、仮装なんてやったのは、大学の学祭以来だ。その時も中々入る服がなくて、結局全身が隠れるマントでごまかしたけど。社会人になると、あんまりそんな機会もないし。

 でも、ヒロイン役の女子を巡って、俺(アメコミヒーロー)と佐伯くん(素浪人)と、里沙ちゃん(赤黒衣装の派手な優男)とが争うっていう展開は、やっぱカオスだった。

 結局、最後にヒロインを攫って行ったのは、仮面つけた白マントの怪盗だったし。

 「二人ともきっとノってくれるだろうなーって思ってましたから。それに、歌が時々、お兄さんのこと話してくれるから、ほんとにそのまんまなんだなって」

 「えー、妹、何話してたの?」

 「秘密です。ま、ざっくり言っちゃうと仲良いんだなって感じですけど」

 歌ー、勘弁してくれよー。おはぎと一緒に毎朝踊ってることとか言ってないよねー。

 思わず、『自分的にバレたら一番恥ずかしいこと』を思い浮かべていると、里沙ちゃんは声を立てて笑って。

 それから、不意に悪戯っぽく、声をひそめて言ってきた。

 「ところで、相川にさっき凄く心配そうな顔で相談されたんですよ」

 「ん、何を?」

 急に小声になったので、聞こえやすいように俺が首を傾けると、里沙ちゃんは一瞬だけ目を見張ったけれど、すぐに平静な表情に戻って。

 「なんか、うちの部員と雑談してる時に聞いたらしいんですけど、『結婚の予定がなくてウェディングドレスを着ると、婚期が遅れる』っていう説があるらしいんですよね」

 「へえ、そんなのあるんだ」

 「で、今回の発案が相川なんで、『あたしのせいで先輩の婚期が遅れるかも!』ってなったみたいなんですけど」

 実際どう思います?って、里沙ちゃんは、少し離れて、手芸部の子達と歩いている歌を見ながら、少し困ったような様子で尋ねてきた。

 ああ、この子、歌のことも、周りのこともよく見てくれてるんだなあ。

 ふっとそう思ったら、自然と笑みが零れていて。

 「いやー、心配しないでも、そんなことにはならないんじゃないかなー」

 最近の歌を見てると、余計にそう思う。自覚があるのかないのかは分からないけど。

 むしろ俺の方がやばいかもしれないけどねー、と、明るく付け加えながらそう答えると、里沙ちゃんは、何故か驚いたように眉を上げて。

 「え、お兄さん、彼女いないんですか?」

 「うん。かれこれいない歴五年だから、寂しい三十路ー」

 とはいえ、今の仕事は向いてて楽しいし、それはそれで気楽でいいんだけど。

 あっさりとそう言ってみせると、里沙ちゃんは眉をちょっと寄せて、佐伯くんと並んで先を行く倉岡さんの方を、こっそりと小さく指差して、

 「……もしかして、妹に先越されそう、とか?」

 「どうだろうね。場合によっちゃあるかもしれないなーとは思ってるけど」

 「うわー、すっごい気になる!メル友って言ってたのも超気になる!」

 なんだかじたばたしそうな勢いで、それでも他に聞こえないように小声でそう言うと、いきなり俺を見上げてきて。

 それから、ポケットから携帯を取り出してくると、ずいっと俺に差し出して。

 「お兄さん、アドレス交換してください!」

 「え?俺?」

 「せっかくだから。写真も送りたいですし、情報交換もしたいですし」

 好奇心全開で、変にキラキラした目で見つめられて、俺は思わず笑ってしまった。

 背も高いせいか、なんか大人びた子だなあって思ってたのに、やっぱり高校生だなー。

 「正直だなー。いいよ、はい」

 俺はスマホを取り出すと、里沙ちゃんのガラケーについている黒猫のストラップが妙に可愛いな、と思いながら、素直にアドレスを交換した。



倉岡:

 学校というのは、段差と複雑怪奇な校舎の配列とが絶妙に組み合わさったものだという偏見が俺の中に染み付いている。出身の学校がことごとくそうだったからだが。

 そのせいで、建物内で未だに足元に気を払う癖が抜けない。だから、ながら歩きをしている佐伯の足元も、そうやって見ていたわけだが、

 「おい、佐伯、転ぶぞ」

 「おわっ!!……倉岡ー、もうちょっと早く言ってくれよー」

 案の定、校舎と校舎の継ぎ目に当たる溝に爪先を突っ込んだ佐伯が、恨みがましそうに俺を睨んできた。

 「言ってやっただけマシと思え。それに、お前は一回懲りた方が早いだろ」

 「まあ確かに。っと、こんなもんかなー」

 何かの作業が終わったのか、手にしたスマホをパンツのポケットにしまうと、俺に顔を向けてくる。と、やけに楽しげな様子で言ってきた。

 「お前のパソコン宛に今日のデータ色々送っといたからー。あー俺って超親切ー」

 「……そんなとこだろうと思った」

 予想通りと言うか、ある意味分かりやすい。しばらくネタにされるであろうことは覚悟していたし、かといってうかつに余所に広めるような阿呆でもないから、こちらとしてはため息をつくだけだ。

 そんな俺の反応に、佐伯はちょっと眉を上げると、

 「えー、もうちょっと鋭い返しを期待してたのにー。なんだよ、疲れてんの?」

 「着慣れないもんを着たからな。正直肩が凝った」

 何しろ、俺と違い小松先生は撫で肩だったせいか、微妙に腕の上げ下ろしがしにくく、脱いだあとの解放感が半端なかった。それだけ、先生自身の寸法に合わせる技術があった、ということなんだろうが。

 ふと前方を見れば、手芸部の全員が、車椅子に乗った先生の周りを囲んで、何やら話しながら歩いている。その中で、ふっと歌が先生に向けて、柔らかい笑みを零すのが見えた。

 その瞬間、軽い苛立ちのような感情が胸に走って、俺は思わず足を止めた。

 「なに?そろそろ自覚したの?」

 「何をだ?」

 横から掛かった脈絡のない台詞に俺が聞き返すと、佐伯にしては珍しく真面目な表情で見返してきたが、やがて、気の抜けたように肩をすくめると、

 「いんや、そんなわけねーだろなって思い直しただけ」

 「お前にしては、えらく思わせぶりだな」

 大体において、仕事だろうがプライベートだろうが、お構いなしに首を突っ込んでくる奴が、こちらの反応をわざわざ伺うような真似をするとは。

 そう言うと、佐伯はさらに深々と息をついて、

 「そういやさあ、小松先生がタキシード作ったのって、試作なんだって」

 「は?」

 わざわざそう切り出してきた意味を計りかねて、俺が聞き返すと、佐伯は続けた。

 「本番に向けての練習ってことで、来年、付き合ってる彼女と結婚すんだって、お前が着替えてる間に聞いた。だから、妙な誤解すんなよってこと」

 「……どういう意味だ」

 知っているような台詞に、何故とはなく苛立った俺は声を低めた。それを受けるように、佐伯はすっと目を細め、わずかに口角を上げると、

 「俺が親切にするの珍しいよ?ま、分かんないふりすんのもお前次第だし?」

 そう言い捨てると足を速めて、さっさと手芸部の輪の中へと入っていった。だしぬけに声を掛けられて驚いている歌と相川の間に入ると、何やら話しかけ始める。

 やがて、車椅子を押す役を相川と変わってしまうと、歌に向けて軽く手を振った。

 と、何を言ったのか、歌が俺の方を向くと、小走りに駆け寄ってきた。

 さほど離れていたわけではないから、あっという間に俺の傍まで近付くと、

 「倉岡さん、ひとりにして、ごめん」

 「……佐伯の奴、なんて言ったんだ?」

 「あいつが寂しがってるから、相手してやって、って」

 さすがに、そのまま真に受けてはいないのか、笑みを含んでそう言ってくるのに、俺は眉を上げると、

 「俺に構ってていいのか?お前、今日で引退なんだろ」

 「そうだけど、まだ被服室は使わせてもらうから、今日でお別れじゃないし」

 「ああ、前に言ってた試験用か。間に合いそうか?」

 「……頑張る」

 何気ない問いに、一拍おいてからそれだけを答えてくる。

 少しだけ思い詰めているような気配を察して、俺は腕を伸ばすと、軽く背中を叩いた。

 「あんまり自分を甘やかすのも良くねえとは思うけど、時々は休めよ」

 またへたり込んだら困るだろ、と、なるべく軽く言うと、小さく頷いて、

 「今日、皆に見てもらって、褒めてもらえて、少しだけ自信、ついたけど……初めて、はっきり評価が出る場所に出すことになるから、怖いのかもしれない」

 「……そうか」

 一通りの技術は身に付けられても、そこから何かを形にするには積み上げてきたものを自分の中から引き出してくるしかない。結局のところ、どんな仕事だってそうだ。

 とはいえ、畑違いすぎてたいした助言も思いつかなくて、俺は意味もなく頭を掻くと、

 「煮詰まったら、メールしてこい。携帯、買ったんだろ」

 「いいの?」

 「仕事中は無理だけどな。愚痴くらいなら聞いてやるよ」

 そう言うと、歌は俺を見上げてくるなり、無言で何度も頷いてから、何かを探すように周囲を見回した。しまいには手のひらでスカートを叩き出すのに、さすがに眉を寄せる。

 「何やってんだ?」

 「携帯、持ってくるの忘れた」

 「今頃気付いたのか、お前」

 「……今日、使わなかったから」

 珍しく、少し拗ねたような表情を見せて俯くのに、俺は思わず笑うと、

 「帰ってからでいいだろ。どうせ俺のアドレスは分かってるんだし」

 「……そうだった」

 言われて、どうやらあらためて気付いたらしい様子で、しゅん、とうなだれる。

 なんかこう、自分の尻尾を追いかけてるのに気付いた犬というか、なんというか。

 俺は顔をそらすと、じっと口元を押さえて、吹き出すのを我慢していた。


 多分、そのうち。

 何かの答えが出るまでは、もう少し、このままだ。


 妙な居心地の良さをようやく自覚しながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。

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