帰り道
深山さん家の前で、彰兄とその彼女とちんまりとその横に座っているおはぎに、揃って(当然のようにきなこも)手を振って。
夕暮れの光に照らされた道を並んでのんびりと歩きながら、何やらえらく満足げに息を吐いた三好先輩に、俺もつられるようにしてため息を漏らすと、
「……なんか、今頃どっと疲れが来ました」
「あー、ほんとごめんねー……すごい迷惑掛けちゃったね」
「自覚あるんなら、ちょっとは自省してください」
申し訳なさげな声に、ついつい咎めるような口調で返すと、先輩は素直に俯いて、赤くなって、小さくはい、と返してくる。……なんか、今までの印象がガラガラ崩れていくな。
サークルでも、どっちかといえば目立つ方の部類じゃなくて、そのくせ経理とかの裏方周りにはやけに強くて、そっち系で内定もさっさと取ってきて。
しっかりしてる図書委員(決して学級委員、ではなく)みたいなイメージしかなかったのに、まさかの興奮時限定マシンガントーカーとか、想像もつきませんっての。
なぐさめを求めるように、しばらく黙ってきなこを撫でていた先輩は、ふと思い出したように俺の方を向くと、
「そういえば、倉岡くん、お兄さんの彼女さんも初対面だったんだよね」
「ですよー。まあ、良い感じの子で良かったなって思いましたけど」
実際、先輩の方が何を言い出すか気になって、あんまりじっくり話せなかったけど。
でも、『可愛い』っていうのも、分かる気がした。年下とかそういうことは関係なしに、ずっと真っ直ぐに、彰兄のことを見てて。
あんな風に思われたら、そりゃまあコロっといっちゃうよなー、とか思ったりして。
「あちらのご家族も、いい人そうで良かったね。あの大きなお兄さんも、画像いっぱい提供してくださるっていうし、ほんと幸せー」
と、心底嬉しそうにそう言われて、俺は何故だかむっとした。
向こうのお兄さんと先輩とは、きなこの件で、二人ともウェブオタクな一面が開花したらしく、あっという間にブログをリンクすることがまとまってしまった。
だからというか、今後も、当然のように付き合いは続いていくわけで。
「……そういやあのお兄さん、彼女がいるみたいですよ」
「え、そうなの?」
驚いたように、すぐに反応を返してきた先輩の様子に、また何かイラっとする。
とはいえ、正確には『彼女未満』らしいが。彰兄からの情報によると、時間の問題じゃねえか、とのことだったけど、それはまあ置いといて。
しかし、俺の言葉に、先輩は途端に眉を下げると、
「わー、てっきり結婚してるんだと思ってた。でも、それなら余計に気を付けなくちゃいけないよねー」
万が一にも彼女さんに誤解されるといけないもんねー、と、先輩は続けて、あまつさえお礼まで言われてしまって、何やら俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。
そうこうしているうちに、駅前のコインパーキングにようやく辿り着く。荷物は重くもなんともないけど、抱えているのが子犬だから、どうしても歩みが遅くなるのだ。
三台しかスペースのないパーキングに、奇跡的に空いていた右端に入れていた、パールピンクのやたらと可愛らしい軽に、さっさと荷物を積み込む。かさばるものが多いから、狭いラゲッジスペースは、ほとんど満杯だ。
その間に、小さめの布製のキャリーバッグを出してきた先輩が、後部座席に置いてから、どうにかきなこを中に入れようとじたばたとしている。
はっきり言ってどんくさいその様子に、俺は見かねて横に乗り込むと、
「あーもう、きなこを持ったままじゃいつまで経っても入れられませんよ!」
バッグを手から奪い去って、勢いよくファスナーを開けてしまう。と、それに押されるように、先輩はタオルを敷いたその中に、やっとのことできなこを収めた。
と、普通のキャリーケースと違って、首だけをちょこん、と出してしまう形のそれは、ぶっちゃけ色々吹っ飛ぶくらい、可愛くて。
「……お前、なんかずっるい。あざとすぎー」
「ほんと。反則、だよね」
思わず、小さな頭をぐりぐりと撫で回した俺に、先輩まで吹き出して。
タレ耳をめくりあげたりして、しばらくそうやって遊んでいたけれど、ふと思い立って。
「先輩、ほんとにこいつ、名前変えないんですか?」
『きなこ』はあくまでも仮の名前で、新しい飼い主の好きな名をつけてくれればいい、と皆が言ってくれていたので、てっきり俺は新しくつけるものだと思っていたんだけど。
そう聞いてみると、先輩は目を見張って、ふるふると首を振って。
「変えないよ。それは、初めて飼うんだから、可愛い名前つけたいな、ってずっと考えてはいたんだけど……」
「じゃあ、変えればいいじゃないですか」
すかさず俺が続けると、先輩はちょっときょとん、としたようにこっちを見てきて。
それから、バッグの中で大人しくしているきなこをひょい、と抱え上げると、俺の目の前に、小さな黒い鼻面を寄せてきた。
「倉岡くん、ちょっとこの子をじーっと見てごらん?」
「……はい、見てますけど」
正直、俺も動物は好きだ。あんまり懐かれてないけど、橙だってひょろっひょろで道でミャーミャー鳴いてたのを、かわいそうでいたたまれなくて、親父とお袋に泣きついて。
だから、こいつの可愛さにやられる気分は、すげえ分かるんだけど。
そんなことを思いながら、大人しくじっと見ていると、先輩がふわっ、と笑って。
「だってね、この毛色と雰囲気からしてなんだかもう『きなこ』しかないと思うんだ!それに、『おはぎ』とお揃いっぽくて、いいと思わない?」
……だから、至近距離だ、っての全然分かってねえよな、この人。
しかも、若干密室っぽい状況なんだから、ちったあ警戒しろよっての。
彰兄の言う、『ため息をつきたくなる状況』ってこれか、となんとなく納得しつつ。
たぶん、この人にそんなことを期待すること自体が無駄っぽい、っていうことだけは、そろそろ理解出来てきたので、俺は適当にはいはい、と答えておいた。
それから、就職活動の合間を縫って、なんでだか俺までブログ更新に参加させられて。
先輩が橙の写真を撮りに来たりしている間に、いつの間にか家族の認識が『俺の彼女』的な扱いになっていた。
……言っとくけど、まだお互いになーんにも言ってねえんですけど。マジで。
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