河川敷'

 どんな子かなー、って思ったのは、単に興味本位だった。

 恩人、って聞いたのもあるし、ちょっと顔を合わせた限りでは、まあ可愛かったし。

 俺にはひたすら厳しい上村さんがやたら気に入ってるっていうのも、気になって。

 しかし、なんとなく変わってるよな、っていうのが今んとこの印象なんだけど。

 「これ、やったことある?」

 オレンジのフライングディスクを片手にそう尋ねてくるのに、俺は首を振った。

 「いや、ないけど。たぶん、見本見せてくれたら出来ると思うよ」

 「分かった。じゃあ、見てて」

 歌ちゃんは小さく頷いてみせると、おはぎ、と呼んで、犬と一緒に駆け出していく。

 放つ一言は短いし言葉少なだけど、ほぼ見ず知らずに近い俺に臆する様子もなく、目を見て話してくる。内気だ、というわけでもないらしい。それに、意外とアクティブだ。

 柔らかそうな生地のサルエルパンツにTシャツという動きやすい格好は、そもそもこのためだったんだろう。慣れた様子でおはぎに指示を出しながら、軽く足を前後に開いて、半身をひねるようにしながら、ためらいなく腕を振り抜く。

 ぽーん、という擬音が似合いそうな、綺麗な軌跡を描いて飛んでいくそれを、おはぎは迷うことなく追っていき、軽々とキャッチした。

 あ、やばい、これ結構コツがいりそう。

 「おー、なかなかやるじゃん、二人とも」

 「練習したから。もう一回、おはぎ!」

 わん、と応じたおはぎは、今度はやや低めに飛ばされたその後を正確に追いかけ、追いついて、ぱくりとくわえてみせた。

 「お帰り、おはぎ。良くやった」

 見る間に駆け戻ってきたおはぎは、歌ちゃんに撫でられて嬉しそうにしている。しかしなんでだか、すぐ近くにいる俺の方には見向きもしない。……よーし。

 「そろそろ、俺もやってみていい?」

 「ん。どうぞ」

 「ありがとー。そんじゃ」

 手渡されたディスクを構えて、見よう見真似で身体を回すと、思いっきりぶん投げる。

 左手に大きく曲がった、ほぼ暴投レベルのそれに、隣で歌ちゃんが、あ、と小さく声を上げるのが聞こえたけど、気にしないことにした。

 しかし憎たらしいことに、おはぎはあっさりとそれをキャッチしてしまって。

 「あー、やられた。絶対取らせるかーって思ったのに」

 「佐伯さん、それ、なんか趣旨が違う気がする」

 「そう?なんか俺としては勝負!って感じだったんだけど」

 そう言って笑ってみせると、歌ちゃんはそうかな、というように小さく首を傾げてから、ダッシュで戻ってきたおはぎを撫でている。……だからなんで俺んとこには来ないの。

 ま、いいけど、女の子に嫌われるのは慣れてるし。割と自分のせいだけど。

 「歌ちゃんさー、彼氏いるの?」

 足元に置かれたディスクを取り上げながら、俺は唐突に問いを放った。歌ちゃんは一瞬目を見張ったけど、素直に首を振って、あっさりと答えてきた。

 「ううん、いない」

 「ふうん。それじゃ、誰かと付き合いたいとか思ったことある?」

 「……どうだろう。ない、かもしれない」

 「何、その微妙な回答。なんかあったの?」

 これまたストレートに尋ねてみると、さすがに困ったような表情になって。

 しばらくちょっと考え込んでいたかと思うと、ぽつりと言ってきた。

 「中学の時に、付き合って下さい、って言われて、お友達からで付き合ったんだけど、すぐに『思ってたのと違う』って、三日で振られた」

 「おー、そりゃまためんどくさい相手……」

 イメージと違う、ってのは、俺もさんざん言われた台詞なんだけど。

 知るかよ、どんな人物像なんだお前ん中の俺は、としか言えないし。

 「でも、考えてみると、私もその人と『付き合いたい』じゃなくて、『付き合ってみる』っていうことに興味があって頷いたから、お互い様な気がする」

 だから、結局何も分かってないのかも、と言って、歌ちゃんはちょっと俯いた。

 しかし、これは、また。個人的に耳の痛いこと。

 「それじゃさ、あいつのことはどう思ってんの?」

 「……倉岡さん?」

 「そ。なんか、仲良さそうだしさ」

 そう軽く振ってみると、何やら少し眉を寄せてまた思考を巡らせていたが、やがて顔を上げると、きっぱりと言ってきた。

 「親切で、いい人だと思う」

 なんだ、さんざん考えてそれだけかよ、つまんねえな。

 でもなー、ごくたまーに当たる俺の勘が、なんか騒ぐんだよな。

 「よっし、もっかいな、おはぎ。いっくぞー!」

 と、景気づけって感じで、今度はまるで円盤投げの要領で、身体をぐるんと回して。

 ちゃんとそれに反応して、走り出したおはぎに向けて投げた、つもりだったけど。

 「あ、やっちゃった」

 今度は派手に右手にぶっ飛んでいった上、木にぶち当たったあげくに、高い枝に引っ掛かってしまった。

 その下で、おはぎが何か困ったようにそれを見上げているのが、なんか妙におかしい。

 それを見て、助けようと動きかけた歌ちゃんに、俺は声を掛けた。

 「じゃあさ、仮に倉岡に『付き合いたい』って言われたら、どうする?」

 そう言った途端、俺がびっくりするくらい目を見張って、息を呑んで。

 言葉も出ない様子に、俺は追い打ちを掛けるように続けた。

 「ありえないことじゃないでしょ?あいつだっていいトシの男だし、歌ちゃんだって、まんざらでもないんじゃない?」

 「……でも」

 戸惑ったようにそれだけを言って、口を噤んだ様子に、俺はわざとらしく、深々と息を吐いてみせると、

 「んー、そっか、しょーがないよなー。でもマジで、興味本位だけだったら、あんまり不用意に近付くの、やめといた方がいいかもしんないよ?」

 「……分かった」

 曖昧に煽ってみせた俺を見返して、小さく頷くと、唇をきゅっと結んで。

 くるりと踵を返すと、駆け戻ってくるおはぎの方へと走って行った。

 「……ちょっと、意外な反応」

 ひょっとして、まだなーんにも気付いてなかったのかねー、あの様子じゃ。

 煙立てちまったかなー……まあ、べつにそれならそれで面白いし、いいや。

 と、歌ちゃんは急にしゃがみこんで、倒れ込むみたいにおはぎにぎゅっと抱きついて。

 それから、ぐりぐりと黒っぽい頭を撫でると、身を離して、何やら見つめ合っている。

 それに気付いたのか、何か慌てた様子で倉岡が走って行って、声を掛けていて。

 「あんまりくだらないちょっかい掛けるんじゃないよ、若造」

 「えー、心外だなー。ちょっと警戒を促しただけですよー」

 背中から掛けられた険しい声に、俺が笑いながら振り返る。と、上村さんは鼻で笑って。

 くるりと白い日傘を回しながら、ぴしりと言ってきた。

 「あんた如きがどうこうしなくたって、女は自ら花開くもんさ。自分で矯めるつもりもないんなら、ほんとに余計な世話だよ」

 「いやー、そんなめんどくさいことしませんよ。労力の無駄ですもん」


 だから、最少の労力で最大の効果を狙ってるだけなんですけど。

 ひとごとって、傍から見てるとすげえ楽しいし。


 正直に口に出したら、間違いなく傘の先で突かれそうなことを内心で考えながら、俺はその『ひとごと』を横目で見つつ、木の枝に引っ掛かったディスクを回収に向かった。

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