文化祭・1
文化祭、というと、いわゆる文化部にとっては一年一度の見せ場、ということになるのだろう。しかし、部活が部活だから、凄く派手なことをするわけでもない。
ただ、今年は自分にとっても最後なのだから、少し大がかりなものを仕上げてみよう、という思いから、かなり頑張って作ってみたのだけれど。
まさか、それが元で、あんなことになってしまうとは思いも寄らなかった。
「歌ー、次の注文入ったよー」
「わかった。何枚?」
そう呼ばれた私は、トンボをしっかりと手にしたまま振り返った。
すると、こちらを見た途端に、
「もー、なんか気合い入り過ぎ。なんで拳握ってんの」
「だって、次は失敗できないし」
私のクラスの出し物は、クレープスタンドだ。スタンド、と言っても、教室内に屋台のブースを作って、机を集めてクロスを掛け、綺麗にテーブル席をいくつも作ってある。
ウェイター班の里沙は、制服の上に皆お揃いのギンガムチェック(四色ある)のエプロンを身に着け、同じ柄のバンダナを頭に巻いている。彼女はかなり背が高いので、エプロンが妙に短く見える。
今日の自分の担当は、クレープ作りだ。電気式のクレープ焼き器を見て、やってみたい、と思ったのはいいけれど、これが結構難しい。
さっき出来たものも、包めば分からないけれど、少し穴を開けてしまったのだ。
「あんた完璧主義なとこあるからねー。ま、お祭りなんだから多少テキトーでいいって」
そう笑いながら、里沙は手元のメモを読み上げた。他の調理班の子達がそれぞれに材料チェックと準備をする中、私は油を刷毛で引き、慎重に生地を落としていた。
結果、三枚のうち二枚にやはり穴が開いてしまい、少し落ち込みながらそれを包み部隊に回していると、
「おー、ここかー。いやー、去年も来たのにすっかり迷っちゃったー」
「……マジで、案内マップあるのになんで迷うんですか」
「あっれー、結構広いし。それに意外と本格的じゃね?」
三人三様のことを言いながら、教室に入ってきたのは、順に兄、倉岡さん、佐伯さんだった。今日は日曜日だから、皆さすがにスーツなどではなく、ラフな格好だ。
それにしても、兄は赤白ラガーシャツ、倉岡さんは青・白・グレーのチェックのシャツ、佐伯さんはマスタードイエローに白のドットシャツと、並ぶとなんだかカラフルだ。
とにかく、慌てて皆に身内が来た、と声を掛けて、すぐにブースから出させてもらった。
「いらっしゃい。三人とも、待ち合わせて来たの?」
「そうそう。お袋と上村さんは昨日行ったっていうし、俺ひとりじゃ寂しいからさー」
私の問いに、兄が笑いながら答える。と、袖を引かれて横を向くと、里沙が何か興味津々、といった顔つきで私を見つめてきた。
「歌、知り合い?誰なの?どんな関係?」
「ん?左から、兄と、倉岡さん、佐伯さん。関係……」
順番に示しながらそう言うと、一瞬何と答えたものか考えてしまったが、
「ええと……兄さん、メル友……知り合い?」
「何その扱い!俺も友達ってことにしときゃいいじゃん!」
「お前は二回しかまともに会ってねえだろうが」
佐伯さんが叫ぶのに、倉岡さんは即座にそう指摘すると、ぐるりと首を巡らして教室を見渡した。
「それにしても、なんていうか、見事なまでにチェックだな」
「うん、そうさせてもらった」
「え、お前が全部縫ったのか?」
「さすがにそれは無理。型紙だけ作って、あとは皆で手分けした」
クロスを縫う、と申し出たら、好きな柄を選んでいいと言われたので、遠慮なく四色のギンガムチェックで統一させてもらった。無地のテーブルセンターも色を揃えてある。
さらに、全員が同じ柄のバンダナを巻くことにして、よりお祭り気分を盛り上げている。
ちなみに、私は黄色、里沙は赤だ。残りの色は青と緑で、早い者勝ちで選んでもらった。
「おーい、二人でいちゃついてないでさー、さっさと注文しよーぜー、俺腹減った」
「お前は二人で話してればなんでもそれか!」
少し離れた四人掛けのテーブルから声を掛けてきた佐伯さんに、倉岡さんは即座に言い返すと、そっちに歩いていった。兄の向かいの、並べた丸椅子に腰を下ろすと、
「悪い、甘くないのってあるか?」
「ある。ツナとレタスと卵か、ハムとチーズ」
「じゃあ、俺はツナで」
「あ、そんなのもあるんだー。里沙ちゃん、まだメニュー変更できる?」
「オッケーですよー。お兄さんはさっきのでいいですか?」
「うん、変更なしー」
「承りましたー、チョコバナナ一つ、ツナレタス卵一つ、ハムチーズ一つですね。さ、歌、出番だよ!」
里沙にそう言われて、私は頷くと、小走りにブースに戻った。幸い込んではいなかったので、調理班の皆にお願いして、一人で全部作らせてもらうことにした。
まず、さっきよりさらに慎重に生地を落としてしまうと、トンボ(生地を円形に延ばすための道具)で、くるりとその上を回転させる。
一枚目、ちょっとムラが出たけど、穴あきなし。二枚目、厚みが微妙だけど、大丈夫。三枚目、穴は空かなかったけれど、端が少し破れてしまった。……なかなか、難しい。
気を取り直して、それぞれの注文通りに包む作業にとりかかる。ハムチーズは少し火を入れないといけないから、鉄板の上の生地に直接具を乗せて、しばらく置く。他は材料を並べて包むだけだから、幸いなんとか出来た。
「歌!チーズ焦げてない!?」
「えっと、ギリギリ!」
里沙の言葉に慌ててクレープを救い出すと、本当にギリギリだった。少しパリッとしてるけど、美味しいと思う。多分。
紙皿にそれぞれ盛って、銀のお盆で運んでいくと、兄が嬉しそうに言ってきた。
「やった、期待通りー!やっぱ疲れてる時は甘いものだよね!」
「……歌ちゃん、俺のちょっと焦げてない?大丈夫?」
ちょっと心配そうな佐伯さんに言われて、ごめん、と思わず謝る。と、既に食べ始めていた倉岡さんが、フォローするように言ってくれた。
「とりあえず食ってみろよ。こっちは美味いぞ」
「そう?……あ、マジだ。パリパリしてて美味いわ」
その言葉にほっとしていると、エプロンとバンダナを外した里沙が近付いてきた。アップにしていた髪も下ろして、綺麗な黒髪が肩の下まで流れている。
「じゃあ、歌、そろそろ演劇部の方に行ってくるから。あんたの衣装、ちゃんと大事に使うからね」
「ん。頑張って」
「ありがとー、終わったらそっちも見にいくからさ。それじゃ、失礼しまーす」
ひらひらと手を振って、颯爽、という感じで姿勢よく歩いていく里沙を見送っていると、不意に佐伯さんが尋ねてきた。
「里沙ちゃんて、背高い子だねー。俺以上あるんじゃない?」
「かな。確か、173センチって聞いたと思う」
「あ、負けた。倉岡とも変わんないよな」
「2センチしか変わらんな。ヒール履けば俺も負ける」
「なんだよ、勝てるの謡介さんしかいないじゃん!」
「俺はまあ規格外だからねー。勝ってもいいことないよ、服のサイズないもん」
いざとなったらお袋か歌が縫ってくれるからいいけどねー、と兄は笑った。
そんなことを話しながら、三人ともが食べ終わると、兄が飲食用チケットを差し出してきた。
「歌、はい、三人分」
「いらない。おごりだから」
「いいのか?」
「うん。せっかく来てくれたから」
チケットは十枚綴りだから、私がここで六枚使っても、残りで十分だ。
兄と倉岡さんに頷くと、佐伯さんが満面の笑みを浮かべて、
「マジでー歌ちゃん太っ腹ー!じゃあさ、俺らはお返しになんか買いに行こうぜー」
「え、それは、なんだか悪い」
「そうだな。どうせこっちはまだ一枚も使ってないんだ、使う理由があった方がいい」
「歌、あとで手芸部に差し入れするから、なんか好きなもの言っていいよー」
そう言って、皆でパンフレットを広げて、これとかどう?などと指差している。結局、相談をしている間に、何故か二手に分かれることになった。
「手芸部、部員全部で五人なんでしょ?それなりに数がいるじゃん」
という佐伯さんの一声で、チーム分けが決まってしまった。
まず、兄と佐伯さん。中庭の屋台ブースでワッフルを売っているので、それを確保に。
そして、私と倉岡さん。東別館で料理研究会(部なのだけれど、通称は何故かこれ)が作っているココナツマカロン他を確保に、ということになった。
そうこうしている間に、気付けば当番の交代時間はとっくに過ぎていて、クラスの皆に引き継ぐと、いってらっしゃーい、と送り出された。
「んじゃ、俺らは右方向ねー。とりあえず適当に回って、四時前には被服室に集合でー」
「分かった。佐伯さん、兄さんをよろしく」
そう言ったのは、兄が少し変わった方向音痴だからだ。地図は読めるし車では迷うこともないが、建物の中では何故か迷う。見通しが効かないから、と本人は言うのだが。
「ああ、大丈夫だって!万が一迷っても、お呼び出しするの特徴で一発じゃん?」
笑いながら言った佐伯さんの言葉に、兄を含む全員が納得して、その場を離れた。
それから、かなりの行列になっていた料理研究会のクッキーを、人数分無事に買って。
さすがに疲れたらしい倉岡さんは、小さく息を吐くと、
「半端ねえ込み具合だったな……」
「うん、毎年こうみたい。去年は出遅れて、自分では買えなかったし」
「にしても、数多いな。五個は部員とお前なんだろ、あとはどうすんだ?」
「お土産に持って帰るのと、里沙にあげる分。忙しくて、今日は買いに行く暇なさそうだから」
私はパンフレットを開いてみせて、講堂でのプログラムの、三時からの演劇部の舞台を指してみせた。倉岡さんも、少し身を屈めて覗き込むと、
「
「いいの?何か見たいのがあれば、そっち優先でいいのに」
お客様だからなんでも案内する、と言うと、倉岡さんは少し眉を寄せて、
「今年で最後なんだろ?じゃあ、お前の意向が最優先に決まってるだろうが」
あっさりとそう言うと、案内マップを見ながら先に立って歩き出した。
一瞬、私はびっくりして、足が止まってしまっていたけど、ついてこないのに気付いたのか、倉岡さんが肩越しに振り返ってきた。
「どうした?こっちでいいんだろ?」
「あ、うん。それで合ってる」
待ってくれているのに慌てて追いつくと、私はそのまま講堂へと向かった。
「男役とは思わなかった……どっかの歌劇団みたいだったな」
「そう。そんな感じに装飾作って、って言われたから」
被服室へと向かう廊下を歩きながら、舞台の感想を零した倉岡さんに、私はそう言った。
今日の舞台用に、衣装制作を少しだけ手伝ったのだけれど、ベースはもう完成していて、あとはいかにして派手にするか、という感じだったのだ。
「上下が赤と黒、ってだけでも目立つのに、全身茨模様だったもんな。まあ、役柄には合ってたけど」
倉岡さんが言った『役柄』というのは、要するに、ちょっと危ない性格の男性だった。
気に入った人間を、その端正な容貌で惑わし、引き寄せて、いつの間にか茨が巻きつくように、自らの内へと閉じ込め、破滅させてしまう。
けれど、本当に愛する女性には拒まれ、失意のまま雪の中で倒れてしまうのだ。
そこで幕が下りる。彼がどうなったのか、語るものは誰もいない。
……本当に好きな人に好かれないのは、きっと辛いんだろうな。
ふっとそんな考えが過ぎり、あの赤い石を思い浮かべた時、倉岡さんが足を止めると、
「凄いな。お前、どれを作ったんだ?」
そう言って、廊下に貼り出されている、手芸部のポスターを指さした。
今年の宣伝用のポスターは、演劇部の衣装作成を手伝ったおかげで、お返しにと作って貰ったもので、部員皆の作品を撮影した画像を、綺麗にレイアウトしてくれたものだ。
マフラー、セーター、クッションカバー、バッグ、ワンピース、ショートパンツなど、部員皆が一生懸命時間を掛けて作ってきたものが、本当に見栄えよく配されている。
感心して見てくれている様子の倉岡さんに、私は真ん中の写真を指してみせた。
「これ」
「……なんだこれ、手袋か?」
「そう。でも、これだけじゃないけど」
紙面の都合と、情けないけれど、ポスター用の撮影日に、私が間に合わせられなかったのもあって、その時に完成済みのものしか載せられなかったのだ。
白いサテンにレースを合わせた、肘まであるグローブ。意外と長いのと、他のパーツもまだあるため、結局これしか写せなかった、というのもある。
そう言うと、倉岡さんは何か察したようで、ちょっと眉を上げると、
「楽しみにしてろ、って感じか?」
「ん。最後だし、結構頑張ったから」
一応、昨日見に来た母と上村さんに及第点は貰ったから、なんとかそう言えるのだけど。
ともかく、西校舎の二階にある被服室に向かって階段を登る。もう日暮れも近いから、作品展示、という大人しい内容の手芸部周辺は、とても静かだ。
隣の美術室の展示を横目で見ながら、一番奥の被服室の方を何気なく見ると、
「あれ?閉まってる」
「え?お前、四時から受付当番、って言ってなかったか?」
「うん、間違いない」
集合を午後四時、としたのはこのためだ。どうせなら、私がいる時に見に来てくれる、と兄が言うのに、二人も応じてくれたからなのだが。
なんだか心配になって、小走りに近付いてみると、
『本日の展示は終了いたしました』
と、引き戸に札が掛けられている。表は『展示中』で、裏返して使うようになっているものだ。取っ手に手を掛けてみても、硬い音がするばかりで、やはり閉まっている。
「鍵も掛かってんのか。なんかの手違いか、中に誰かいる、ってこともないよな」
「さすがに、それはないと思うけど」
手元の腕時計を確認すると、まだ三時四十一分。交代時間には間に合っているはずだ。
とりあえず、窓から中を覗いてみるものの、誰もおらず、ちゃんと照明も消してある。戸惑いながら首を巡らせると、あるものが見当たらないことに気付いて、愕然とした。
「ない……なくなってる」
私の声を聞いて、倉岡さんがすぐに寄ってくると、同じように窓を覗き込む。
「ないって、何がだ?」
「あの奥の、トルソーに……ドレス、ちゃんと掛けてあったのに」
私が指で示した先には、何も掛かっていない、ベージュのトルソーが立っていた。
それに、その傍に展示していた、揃いで作ったベールやグローブも見当たらない。他の部員が持って行く、とは聞いていないし、勿論使う予定が他にあるわけでもない。
もしかしたら、破損したとか、展示中に何かあったのかもしれない。
うっかり最悪の想像をしてしまって、私は振り切るように首を振ると、
「どうしよう……鍵、今日は預かってないし、先生に聞いた方がいいかな」
「できるんならそうした方がいいけど、お前、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
軽く肩を掴まれて、反射的に顔を上げる。途端に倉岡さんがぎょっとした顔になって、
「ちょ、おい、お前、泣いてんのか!?」
「え」
そう言われて、思わずまばたくと、目尻から確かに零れ落ちる感触があって、我ながら驚く。まさか、自分でも泣いてしまうなどとは思わなかったのだ。
「ごめん、少しだけ待って。ちゃんと止める」
咄嗟に俯くと、ポケットからハンカチを取り出して雫を拭う。幸い、指摘してもらったおかげで、ぎゅっと両の手で拳を作っていると、段々と落ち着いてきた。と、
「……あんま、無理すんなよ。ゆっくりでいいから」
優しい声が降ってきて、それでも声では返せないから、小さく頷きを返す。
また少し、気が緩んだせいか視界がにじむのを、なんとか頑張ってこらえていると、
「……歌先輩!?」
遠くから、聞き慣れた声で呼ばれて顔を向けると、何か凄い光景が目に入った。
声の主は、もちろん知っている。部の後輩、二年生で、現手芸部長の
だけど、いたのは彼女だけじゃなかった。残る三人の後輩も一緒で、四人全員が血相を変えて、全力疾走でこちらに向かってきたのだ。何故か、全員お揃いのドレス姿で。
ぽかんとしている間に、あっという間に辿り着いたユキちゃんが、私と倉岡さんの間に割り込んで、きっと顔を上げると、
「ちょっと、何うちの先輩泣かしてるんですか!?ナンパだったら超お断りですよ!」
「はあ!?そっちこそ何考えてんだ!そんなんじゃ」
「あの、だから、違う!ユキちゃん、その人はちゃんと知ってる人で」
慌ててユキちゃんの腕を引っ張って説明しようとしている間に、脇からまた新たな声が飛んできた。
「あっれー、なにこれ修羅場?なんか楽しそーう、しかも倉岡女子高生ハーレムー」
「おーい歌ー、喧嘩はだめだぞー。ちゃんと建設的に落ち着いてなー」
言葉通り、凄く弾んだ声で変なことを言った佐伯さんと、いつものようにのんびりした口調の兄が、並んでこちらにやってくるのが見えて、私の涙は完全に引っ込んでしまった。
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