五月
呼び方
写真や動画を撮ったり、それを加工、編集する作業というのは、昔から俺の仕事だった。
父は仕事柄現場に出ることが多いので、出張はしょっちゅうだったし、単身赴任も今回だけのことじゃないから、イベントごとに自然と買って出ることが多くなって。
まあ、もちろんそれだけじゃなくて、単純に好きだ、ということもある。出来上がったものを披露して、家族に喜んでもらえると、達成感がより増す気がするからだ。
だから、こんな風にテンション高い反応は、有難く承っちゃうところで。
「うっわー、可愛いー……!これノーカット版でも良かったけど、なんかすっごい濃縮されてる感じで、めっちゃいいです!」
「お褒めの言葉有難うー。俺と歌のツボ突いたところを厳選したからねー」
背もたれの高いオフィスチェア(俺の体格仕様)に腰掛けて、モニタで展開されている動画を、食い入るように見ている里沙ちゃんに、俺は我ながら満面の笑みでそう応じた。
彼女がうちに遊びに来たのは、結構久しぶりだ。連休中は歌がバイト、デート、バイト、それからクラス会、という感じだったから、なかなか予定が合わなかったらしい。大学で忙しい、というのはもちろんあるだろうけど。
それでも、メールは俺ともやりとりしているし、おはぎのブログには、日参する勢いで見てくれているようだから、正直、そんなにブランクは感じない。
ちなみに、今日は倉岡さんも来ているから、歌は一緒にリビングだ。お茶とおみやげの焼菓子の用意をしておくから、しばらくしたら降りて来るように、と言われている。
と、音楽が止まって動画が終わるなり、里沙ちゃんはあー、と嘆声を上げて、椅子ごとくるりと振り向いてきた。
「終わっちゃった……お兄さん、これ、いつアップするんですか?」
「ん?今から」
「え、そうなんですか?なら、先に上げちゃっても全然良かったのに」
「うん、でもまあ、先行上映もたまにはいいかなって思って」
そう答えると、横から腕を伸ばして、デスクの上のマウスを掴む。クリック数回で一旦窓を全部閉じてしまうと、あらためてブラウザを開いた。
途端に表示された『今日のおはぎ』の画像に、椅子を回して身体を戻した里沙ちゃんが目を見開いて、
「もう、スタートページがブログなんだ」
「毎日、とは言わないけど、更新があるからね。それと、おかげさまでコメントも結構いただいてるし」
言いながら、手早くコメント欄をチェックする。要返信、のものは今のところないようなので、ざっと目を通していると、三好さんからの感想および業務連絡が混じっていた。
「ああ、きなこブログも更新されてるって。見る?」
モニタを指差すと、里沙ちゃんは頷きかけて、それから何故かぴたりと動きを止めると、じっ、と表示されたコメントに目をやった。
名前欄に『サト』とあるのが、三好さんだ。由来は単純で、『さとこ』さんだから。
対して、俺も簡単に『ヨウスケ』だ。どこにでもある名前とはいえ、漢字だとさすがに特定の可能性もあるから、一応用心、ということで。
ついでに言ってしまうと、『リョウ』はそのまま、倉岡さんの弟さんだ。
既に、きなこブログの共同管理人的な存在になってきていて、今では、茶トラ猫の橙とともに身体の一部が出演していたりする。……のはいいけど、時期的に就活、大丈夫かな。
それにしても、と、俺は里沙ちゃんの様子を見やった。何が気になるのか、左右に目を何度も動かして、やけにじっくりと読んでいるようで。
「どうしたの?コメント返しするから、ブログ開いちゃってもいい?」
「え?あ、あー、ごめんなさい、そうしてください」
俺の声に、我に返ったようにこっちを向いたかと思うと、慌てて椅子から立ち上がる。ごめんね、と断って、入れ替わりに椅子に掛けると、貼られたリンクを別窓で開いた。
と、いきなりばん、と大きく、『本日のきなこ』が表示されて。
「おー、またおっきくなったなあ」
「ほんとだ。特にお腹あたり、子犬感がなくなってきてる」
「おはぎに負けないくらい走り回ってるみたいだから、鍛えられてきたのかな」
引き渡しの時が、生後二か月半(推定)だったから、それから約ひと月経過している。丸々としていた身体が全体的にすんなりとしてきて、四肢も綺麗に伸びてきた感じだ。
でも、やっぱり、まだまだ。
「……可愛いよねー」
「そうだねー。それに三好さん、しっかりした飼い方してくれる人で、ほんと良かった」
もはや、ため息混じりの里沙ちゃんの様子に、俺もしみじみとそう返す。
最初の印象は、あんまりにもきなこに惚れ込み過ぎてて、DVDにもものすごい反応で、ちょっと大丈夫かなあ、って心配したけれど。
それはともかく、記事をきちんと最後まで読んでしまうと、手早くコメントを書いて、これから動画をアップしますのでお楽しみにー、などと追加して、送信して。
それから、おはぎブログに戻ったところで、えらく周囲が静かなのに気付いて、思わず首を巡らせる。
と、机に肘をついてこちらを見ていた里沙ちゃんと、まともに顔を合わせてしまって。
一瞬びっくりしたけれど、どうしてだか、ちょっと怒ったように眉を寄せて、そのままじっとこちらを見つめてくるのに、俺は余計に戸惑ってしまった。
「ごめん、退屈した?」
ほったらかしになったことを怒ってるのかな、と思ったものの、それほど長い間のことでもないし、と、とりとめもなく考えを巡らせていると、
「……三好さん、お兄さんのこと、名前で呼んでるんですね」
「え?」
「コメント。そんな風だったから」
「ああ、そうだけど……」
引き渡しの時に、一度に俺と歌と母と知り合いになったので、区別のために、必然的にそういう呼び方になったのだ。母は名字で、俺と歌は名前で、という分け方で。
俺の説明に、里沙ちゃんは少し表情を緩めたものの、まだ何か難しい顔をしていて。
腕を引いて、勢いよく身を起こしてしまうと、背筋をぴしりと伸ばして、座ったままの俺を見下ろしてきて。
「お兄さん、じゃなくて……謡介さん、って、あたしも呼んでいいですか?」
きっぱりと言い終えるなり、きゅっと唇を結んで。
まるで、泣き出すのを我慢している小さい子みたいで、なんていうか。
「……いいよ」
だから、余計なことを言うのは止めて、頷いて。
それから、腕を伸ばして、真っ直ぐな黒髪を一房取り上げると、指先に絡めてみた。
結局その後、歌がお茶に呼びに来るまで、二人でそうしていて。
すっかり動画のアップロードを忘れてしまって、三好さんから心配と、控えめな催促のメールが飛んできてしまった。
……明日の更新、とっておきの『菖蒲湯おはぎ』画像も、おわびに付けておこうかな。
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