第45章 睡 煽 兎 味 切 鮨


45―1 【睡】


 【睡】、右部の「垂」は草木の花や葉が垂れ下がる形だそうな。それに目偏が付き、【睡】はまぶたが垂れることだとか。

 そこからねむる意味になったようだ。


 話は変わるが、「笑」の前に「微」がつけば、「微笑ほほえみ」。

 ならば【睡】の前に「微」、これは微かな睡眠で、「微睡まどろみ」となる。


 女性からの「微笑み」は心をほんわかさせてくれる。一方春うらら、縁側の陽だまりで、本を読む。

 そしていつの間にかコクリコクリと微かな睡眠、つまり微睡む。これぞ最高の幸せ気分ということではないだろうか。


 その時、手からポトリと。

 その落とした本は、なに?

 皮肉にも、眠りを醒ましてしまうほど笑える本、「醒睡笑せいすいしょう」……だったら面白いだろうなあ。


 この「醒睡笑」なる本は、江戸時代初期、京の僧侶、安楽庵策伝が集めた笑話集。

 たとえばこんな話しがある。


「亀はいかほど生くる物ぞ」

「万年生くるといふ」

 分別あり顔の人、亀の子をとらへて、「今から飼うて見んものを」と言ふ。


 かたはらの者あざわらって、

「命は槿花(きんか:朝開き、夕方にしぼむムクゲの花)の露のごとし。たとひ長寿をたもつとも百歳をいでず。万年の命を、なんとして試みんや」といへば、「げにも、わるう思案したよ」と。


 要は、人の命は百歳を超えない、亀が万年生きるのをどうやって確かめるのだ、と分別あり顔の人に問い詰めると、確かにそうだなと納得した。

 そんなホンワカ小話なのだ。


 他に

 小僧あり、小夜ふけて長竿をもち、庭をあなたこなたに振りまはる。

 坊主これを見付け、それは何事をするぞと問ふ。

 空の星がほしさに、打落さんとすれども落ちぬと。


 さてさて鈍なるやつや。

 それほど作が無うてなる物か。

 そこには竿がとゞくまい。

 屋根へあがれと。


 こんな小話、小学生の頃に聞いた覚えがある。

 それにしても、それは約400年前の「醒睡笑」だったのか、と驚いている内に……。

 眠りを醒ましてしまうほど笑える本なのに、いつの間にかコックリコックリと、ほのかな「笑」で微かな【睡】に落ちて行く。


 こんな心地よい微【睡】み、に憧れてま~す。



45―2 【煽】


 【煽】、右部の「扇」は「戸」と「羽」の組み合わせであり、「羽」は左右にあるから両開きの「とびら」のことだとか。

 そこからなぜ「団扇うちわ」や「おうぎ」になったのかわからない。


 そして「火」は「扇」であおるので、人の行動や心情を「火」のごとく「あおる」の意味の【煽】となった。


 それにしても最近のマスコミやコメンテーターの【煽】は凄まじい。

 外交問題や原発問題、経済問題に流行など、とにかく人心を煽り立てようとしている。 そのように感じてる人は多いことだろう。


 例えば、ソチ冬季オリンピック。

 終日、日本人選手のメダル、メダルと言い、朝のTVのコメンテーターなどはメダル獲得数予想で大盛り上がりしている。そして視聴者まで引き込もうとする。


 要はある一方向へ人心を誘導する。つまり、そのプロセスを作り出し、視聴者に過大な期待感を持たせる。


 もう少し淡々と報道が、もう少し偏りのないコメントが出来ないものかと思う。

 結局、選手たちもこの騒動に巻き込まれ、異常なプレッシャーを掛けられ、メダル獲得数は伸びない結果に。


 コメンテーターたち、さんざん世間を煽っておいて、まるで火事場のようにしておいて、結果が予想外なら火を消して行くという手法、まさにマッチポンプだ。


 とにかく【煽】、報道やコメンテーターには煽られないようにしたいものだ。



45―3 【兎】


 【兎】は、うさぎの形だとか。

 うーん、なるほど、じっとこの【兎】を眺めているとうさぎに見えてくるから不思議だ。


 さて、瀬戸内海に周囲4.3キロメーターの小さな島がある。

 戦争中は毒ガスを製造していため、当時地図から消された島であり、密かに毒ガス島と呼ばれていた。

 そんな島に、1971年、8羽のうさぎが放たれた。

 その後それらは野生化し、今は700羽以上に繁殖し、生息しているとか。


 こんな話しを耳にすると……、

 終戦から烏【兎】匆々(うとそうそう)、時間の経つのは早いものだと思う。

 そして、うさぎは月を見てはらむという伝説があるが、島から月を眺め、どんどん増えて行ったのだろうなあと変に納得してしまう。


 そんな毒ガス島は今は【兎】の楽園となっている。そして年間10万人の観光客が訪れているとか。

 こういう状況を亀と【兎】の取り合わせで、「亀毛兎角」(きもうとかく)と言う。つまり亀に毛、兎に角が生えるような、あり得ないことだった。


 このように【兎】という漢字、他の動物と組み合わさって……、例えば他に「烏」(う)と組んで、月日の意味の金烏玉【兎】(きんうぎょくう)。

 さらに鳶(とび)と組み、よく見える目とよく聞こえる耳の鳶目兎耳(えんもくとじ)となる。


 ことほど左様に、【兎】は他の動物を前に置き、毒ガス島であっても生き延びて行く、なかなかしぶとい漢字なのだ。



45―4 【味】


 【味】、右部の「未」は枝が茂ってる木の形だとか。

 その新芽の味が良いため、口偏に「未」が付いて、うまい味わいの意味になったそうな。


 えっ、新芽がうまいって?

 確かに柔らかいが、カイワレに空心菜など決して腹がふくれるものではないぞ。


 そんな【味】には甘味、酸味、塩味、苦味、旨味うまみの五つがある。

 その中の旨味は、1908年東京帝国大学の池田菊苗教授によって昆布からグルタミン酸を抽出することにより解明された。

 他に鰹節にはイノシン酸、干し椎茸にはグアニル酸、これらも旨味とわかった。


 そして、それらには相乗効果がある。

 例えば、精進料理は昆布だしに椎茸だし、これら二つの組み合わせ。

 また日本料理では昆布だしの後、鰹節だしをとる。要はグルタミン酸とイノシン酸の合体だ。

 これで旨味は100倍増すと言われてる。


 ならば手っ取り早く、「旨味三兄弟」(グルタミン酸、イノシン酸、イノシン酸)が入った調味料はないものか?

 味の素はグルタミン酸が主のようだが、いの一番の成分はどうも「旨味三兄弟」のようだ。


 ホッホー、今度一度使ってみようかな、と思うが、得意料理は電子レンジのチン料理。

 それでも「旨味三兄弟」は活躍してくれるかな? とちょっと心配だ。


 いずれにしても【味】、元は新芽の味だったが、今はチン料理まで広がりを持った漢字で……、あって欲しいと願いたい。



45―5 【切】


 【切】、「七」と「刀」の組み合わせた形。

 「七」は切断した骨の形であり、これに「刀」が加わって「きる」となったようだ。


 そんな【切】に「親」が前に付いて――「親切」。

 「親」を【切】って、なぜ親切なのだろうか?

 痛いだけだろう、と言いたくもなるが。


 調べてみれば、どうも親を切る意味ではないようだ。

 「親」は「親しい」、「身近に接する」意味。

 そして、ちょっと恐いが、刃物が肌身にピタッと当てるように寄り添い、行き届くようにすること、これが「親切」だそうな。


 さて、「情けは人の為ならず」という言葉がある。

 最近は、情けをかけると、その人のためにならない、という解釈で使われている。

 しかし、原義は他人のためだけでなく、自分のために返ってくるのだから、他人には親切にしなさいという意味だ。


 そんな親切、小さな親切運動があったりするが、親切な人が多いと思う都道府県はどこか?

 こんな調査が2014年になされた。

 少し不愉快になる方もおられると思うが、gooランキング編集部の調査結果を思い切って転載紹介してみよう。


 親切ランキング

  1位 沖縄

  2位 北海道

  3位 青森

  4位 山形

  5位 大阪


 えっ、大阪が5位? ウッソーとなるが、大阪のオバチャンはすぐにアメちゃんくれるしね。


 それでは東京、京都は? 

 東京は10位、京都は14位。

 うん、ちょっと納得。


 それではワーストは?

  42位 鳥取、佐賀が同列。

  44位 三重と奈良が一番不親切だという。


 三重、奈良の人たち、こんな不名誉なことを勝手に報じられて怒ってるだろうなあ、とちょっと心配してま~す。


 いずれにしても【切】、「骨」と「刀」だけに、いつも切迫してる漢字なのだ。



45―6 【鮨】


 【鮨】、右部の「旨」は「氏」と「日」の組み合わせ。

 「氏」は氏族が集まって食事する時の共餐きょうさん、この時氏族長が肉を切り分ける時の刀だそうな。

 そして、ここでの「日」はその器だとか。

 そこから器の中のものを切って食べると味が良い、そこから「うまい」となった。


 うーん、なるほど、切り分けてもらって食べりゃ、そりゃあ嬉しいっすよね。

 そんな「旨」に魚偏がつけば、日本人が一番好む食べ物の【鮨】(すし)となる。

 まことに旨い。

 そんな【鮨】、元々中国では塩辛のこと。これが日本では「旨い魚」だから【鮨】(すし)になったとか。


 一方、同じ(すし)の漢字でも、魚を作ると書く「鮓」。

 これは魚介類に飯を加えて発酵させたもの。いわゆる「作る」であり、鮒鮓ふなずし、鮎鮓、鯖鮓等の「なれずし」のことだ。


 他に(すし)は「寿司」と書く。

 今はこれが一般的な字。だが、元々は祝いの目出度い席で出された(すし)、その当て字だったそうな。

 そして現代、庶民が一番お世話になってるのが回転寿司だ。


 かって大阪に立ち食い寿司店があった。

 そこのオヤジ・白石義明さんが、もっと効率的に客に寿司を摘まんでもらいたい。そして、売上を伸ばしたいと常々思っていた。

 そんなある日、ハッと思い浮かんだ。ビール工場のベルトコンベアが。


 あっ、そうだ、これだ! とサアーと流れるコンベアをヒントに――「コンベヤ旋廻食事台」なるものを考案した。

 こうして、1958年東大阪市の布施駅北口にオープンしたのが、回転寿司第1号店の「元禄寿司」だった。


 それから12年の歳月は流れ、1970年に大阪で日本万国博覧会が開催された。

 もちろん「元禄寿司」は出店された。

 苦節ウン十年、これが大好評で、一気に回転寿司が日本中に広まって行ったのだった。


 それでは現代、多くの回転寿司店があるが、その勢力具合は?

 プチ市民として気になるところだ。

 そこで調べてみた。その結果、2014年の全国出店数調査によると、TOP5は以下のようになっている。


 1位 スシロー    377店

 2位 はま寿司    346

 3位 無添くら寿司  342

 4位 かっぱ寿司   338

 5位 元気寿司    136


 元禄寿司の1号店から約半世紀を経て、まさに群雄割拠の下克上だ。

 吾輩は函館寿司が好みなのだが、まだまだ広まっていないようだ。


 されども……、まさに【鮨】、いろいろな「魚」が「旨さ」を競ってるようだ。


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