第3章 風 鶻 湖 石 犬 情

3―1 【風】


 【風】は「帆」の原字の「凡」と、「虫」が組合わさった漢字。

 しかし、なぜ虫なのだろうか?

 一説に、「かぜ」が吹き、虫が揺らされている様だとか。「うーん、これこじつけ?」と言いたくなる。


 そんな【風】、映画では、やっぱり――「Gone with the Wind」

 ヒロインのスカーレット・オハラの波瀾の人生を描いた「風と共に去りぬ」だ。


 その映像の中に、今でもアメリカで一番人気のセリフがある。それはレット・バトラーがスカーレット・オハラに吐いた捨てゼリフ。 

 振り向きざまに、「Frankly, my dear, I dont give a damn.」

 要は、「知らないね、勝手にするがいいよ」と言い放つ。

 この「damn」が宗教上の観点からアメリカ人に衝撃を与えたとされている。


 さて、それでは日本人にとって、人気のあるセリフは何だろうか?

 それは、その後に続く、スカーレット・オハラの最後の言葉だ。

 「After all, tomorrow is another day.」

 これが名訳され、字幕として登場した。

 ―― 明日は明日の風が吹く ――


 まことに上手いこと訳したものだ。

「明日はもう一つの日」を、「明日は明日の風が吹く」とは。

 そして、その映画の初公開からすでに70年以上の歳月が流れた。


 しかし、やっぱり明日になれば吹くだろう、明日の風が。

 しかも、きっと心に優しい風が……。いや、そうあって欲しいものだ。



3―2 【鶻】


 【鶻】、「骨」の横に「鳥」がいる。

 この漢字を読める人は、そういないだろう。


 「骨」の「鳥」だから、うーん、そうそう焼鳥屋の(てばさき)、思わずそう読んでしまいそうだ。

 だが、正解はもっともっと格調高い。それは(はやぶさ)と読む。


 はやぶさは鳥で、「隼」とも書く。

 直線的な飛翔で、獲物を見つけると翼をすぼめ急降下。そして強烈な足蹴りキックで一撃し、捕獲。

 なんとカッコイー鳥なんだろう。


 東北新幹線、東京から青森まで時速300キロで走る最新鋭のE5系、それは「はやぶさ」と名付けられているとか。

 ファーストクラスのグランクラスまで備えられ、お酒は飲み放題。

 そんな高級新幹線の名称、それはあくまでも平仮名の「はやぶさ」であって、決して骨の鳥の【鶻】にはなり得ないのだ。


 しかし、もしも、もしもの話しだが、新幹線「はやぶさ」に、手羽先の入った駅弁、【鶻】弁当が出現したら……、きっと旅は、愉快なものになるだろう。



3―3 【湖】


 【湖】、それは「さんずい」に「胡」の組み合わせ。

 「胡」は「おおう」と言う意味があるとか。そのため、水でおおわられた所、そこが【湖】となる。


 日本には、楽器の琵琶の形をし、水におおわれた所がある。

 それは琵琶湖だ。

 この湖、なかなか大したもので、10万年以上存在し続けてきた古代湖の分類に入る。

 世界に20ほどしかなく、その兄弟にはバイカル湖や、モンゴルの青い真珠のフブスグル湖がある。


 そんな古代湖の中でも最もミステリアスな湖、それは南極大陸にあるボストーク湖だ。

 琵琶湖の20倍以上の大きさで、氷床から4、000メートル下に静かに眠っている。

 水温は氷点下3度、それでも氷らずに液体のまま。湖をおおう氷の圧力と地熱で、氷点下でも氷らないそうだ。


 現代人の祖先の新人類が誕生したのが約40万年前。

 この湖はそれ以上に、50万年以前から氷で被われ、氷底深く眠り続けてきたと言われている。

 したがって、未だ人類は誰一人として、その湖畔のほとりに立ったことがない、ということになる。


 こんな【湖】という漢字、まことに神秘な世界へといざなってくれるものなのだ。



3―4 【石】


 【石】、これは「厂」で表される崖に、「口」(いしころ)が転がっている様を象形にした漢字だとか。

 そのためか、石の大きさは岩より小さく、砂より大きいのが常識。


 だが、それとは異なった例がある。

 それは「蛇石」(じゃいし)と呼ばれている【石】だ。


 今から435年以上前、織田信長は安土城の築城を開始した。

 その時、蛇石と呼ばれる100トンの石、それは岩より大きい石が安土山山頂に引き上げられたとか。

 だがその作業の最中に、山から一度転がり落ち、何百人の人夫を圧死させたと伝えられている。不幸なことだ。

 そして現代、そんな大きな蛇石を、歴史ロマンを追い掛ける人たちが必死になって探している。


 だが見付からない。なぜなのだろうか?

 しかし、そこには伝説がある。

 山頂にそびえ立つ天主は、高さ46メートルの7階建てだった。

 そんな巨大な天主を支えるために、それはその地下に埋められたとか。だから見付からないのだと言い伝えられている。


 本当かどうか、一度掘ってみたいものだ。


 あれば……流石さすが! 

 流石流石と…【石】だらけの、声があがることだろう。



3―5 【犬】


 【犬】、「大」の字の右肩に点を打って(いぬ)と読む。

 不思議だ。なぜ、こんな字体で「いぬ」なんだろうか?

 そうならば、「小」の右肩に点を打って、(ねこ)と読めば良いものなのだが……。


 調べてみれば、【犬】、これでもどうも象形文字だとか。どうして「いぬ」の姿形すがたかたちが、【犬】になったのかがわからない。

 右肩の点は何なんだろうか?

 それは尻尾だとか、寄生している蚤だとか……、無鉄砲にも言い放つ輩までいる。


 そんな【犬】だが、犬の日は11月1日。

 なぜなら、「1,1,1」――ワンワンワンと3回吠えたから、だって。

 そんなぁ~!  と叫びたくなる。


 だが、随分と人間がお世話になってきた「お犬様」。

 そうならば、11月1日に、亡くなった「お犬様」の成仏を祈り、大文字焼きの向こうを張つて、右肩に一つ火を点し――象形文字・【犬】文字焼き――を始めてみてはどうだろうか。


 ウ~ ウ~ ワン! 苦しいかな?



3―6 【情】


 【情】、その字は「心」と「青」から成る。

 「青」は草木が茂る色であり、元々の有様のことを言うらしい。したがって、【情】は人の心にある元の有様のことだとか。


 だが、こんな【情】に、強い対抗馬が存在する。

 それは「愛」だ。

 こんな【情】と「愛」、どこがどう違うのだろうか?

 侃々諤々かんかんがくがくの議論を生むところだ。


 一般的には、心の向かって行く方向が違うと言われている。

 「愛」は、好きだからこそ相手を解放して上げたい、そんな許す気持ちになって行くのが基本だそうだ。


 一方【情】は、相手を縛っておきたい、また導きたいという独占の方向だとか。

 なぜかいつまでも別れずにいるカップル。女は時として切れる。

 そして、「あなたへの情はあるけど、愛はない」、こんな捨てゼリフを吐くものだ。

 要は心根からの、独占だけはしておきたいという【情】の発露、そうではないかと思えてくる。


 一方、男の方も実に身勝手で、フランスの詩人、アンリ・ド・レニエは言う。

「男がもっとも情を込めて愛している女は、必ずしも一番愛したいと思っている女ではない」と。

 これはきっと、男にとって実務的、いや便利な、そんな女の方に、「愛」以上の【情】を抱くものなのかも知れない。 

 一番愛する女より手放せないものだ、ということだろうか?


 そんな【情】、それはまさに「愛」を凌駕りょうがするほど強いものなのかも知れない。


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