第10章 秋 蕎 苺 青 郷 答
10―1 【秋】
【秋】、元の字は【穐】
【穐】、穀物を表す「禾」(いね)に「亀」がつく。
この場合の「亀」はカメではなく、イナゴのことらしい。それを焼き殺す時季のことだそうな。
そんな「亀」をイナゴと無理強いする【秋】、フランスの詩人のポール・ヴェルレーヌは「落葉」で詠った。
秋の日の ヴィオロンの ためいきの
身にしみて うら悲し
言葉の響きが良く、日本人の誰しもが一度は口にしたことがあるだろう。
そして、この詩人はよほどロマンチックな人だったんだろうと考える。
残念なことだ。
このポール・ヴェルレーヌという男、まことにひどいヤツで、その生涯は酒/女/男/背徳/悔恨が混在し、妻への暴力もあった。舞い落ちた落葉みたいなヤツだったとか。
それを上田敏は続けて哀愁深く和訳した。
鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ
過ぎし日の おもひでや
げにわれは うらぶれて ここかしこ
さだめなく とび散らふ 落葉かな。
だが日本にも秋の言葉がある。
室町時代の名僧、一休さんは思いを込めて呟いた。
『秋風 一夜 百千年』
意味は、秋風の中、あなたと共にいる。それは百年にも、また一千年の歳月にも値する。
秋風の中、巡り合わせてくれたすべて、それは縁だとか。
「秋風一夜百千年」、良い言葉だ。しかし、どう読むのだろうか?
それがどうも……カラスの勝手らしい。
しゅうふう いちや ひゃくせんねん
あきかぜ ひとよ ももせんねん
チューフェン イーイエ バイ チアン ニアン
まさに一休さんの【秋】、それは頓知含みということかな?
10―2 【蕎】
【蕎】、この字の読みは(キョウ)。これに「麦」が付いて『蕎麦』(そば)となる。
その元の和名は「曾波牟岐」(そばむぎ)だとか。
それを貝原益軒はわざわざと、「そばむぎ」と言うが、それは「麦」ではないと。
そらそうだ。
さらに貝原益軒は、蕎麦をみんなの食べ物の中で、麦の次に良い味だと順位付けた。
放っといてくれと言いたいが、これを現代版に直せば、麦ときたならパン。そのパンの次に蕎麦が美味いと言うことか?
この意見に反対だと叫ぶ人たちも多くいることだろう。
すなわちパンも美味しいし、蕎麦も美味い。
そんな蕎麦だが、タデ科の一年草。夏から秋に白い花を咲かせる。
その実は三角卵形、乾くと黒褐色になり、それからそば粉が作られる。
それを麺にする時に、「つなぎ」として何割か小麦粉を使う。だが、「つなぎ」なしの蕎麦粉だけで打ったのが、十割蕎麦だとか。
そんな蕎麦に「にしんそば」がある。
若い頃、どこが美味いのか理解できなかったが、不思議なものだ。最近それにいたく嵌まってしまっている。
こんな『蕎麦』とのお付き合い、振り返れば……、
かけそば → ざるそば → 天ざる → とろろそば、そして今は「にしんそば」と我が遍歴がある。
それはまるで人生の歩みと同じようなもの。
この歳になって、やっとやっと「にしんそば」の域に達したかと、己のことながら感じ入ってる。
そしてさらに歳を重ねれば、どうなるのかな?
終焉には、『うどんそばより かかあのそば』……となるのかなあ?
少し手遅れの感はあるが。
10―3 【苺】
【苺】、「草」冠の下に「母」。
この字体は、「母」の株からどんどん子株を増やして行くからだとか。
そんな【苺】(いちご)、4~6月が旬。
だが最近は1年中店先に並ぶ。
高価だが、5個食べれば、1日に必要なビタミンCが摂取できる。
ビタミンCは血管/骨/筋肉の形成に必要なコラーゲンの生成を促し、日焼けを防ぐ。
またキシリトールも含まれ、虫歯対策にもなる。その上に、その甘さは砂糖の4分の1と低カロリー。
まさに黄金のフルーツと言いたいところだが、学術分類でいけば野菜だとか。
そんな【苺】に白書がある。
正式名は、『The Strawberry Statement』(いちご白書)。
これは実話であり、時はキャンバスが学生運動で揺れていた1966年から1968年。場所はコロンビア大学。
改革の推進活動をする学生達が学部長事務所を占拠した。それに対して、学部長はラジオ放送でこう告げた。
「学生たちの主張は大事だが、学生たちが【苺】が好きだと言う程度のものであり、重要ではない」
これが「苺ステートメント」、いわゆる白書なのだ。
筆者も、あの学生運動の頃から随分と歳を重ねてしまった。
【苺】が好きだと言う程度のものと評されてしまったが、それでもやっぱり好きで、今も
なぜなら、そこには赤くて甘酸っぱい、一粒一粒との――【苺】一会、イチゴイチエがあるからなのだ。
10―4 【青】
【青】、上部は「生」で、草の生え出る形であり、青々と茂っている様。また下部は「丹」で、顔料の青丹。
いずれも青色ということだ。
そんな【青】、昭和30年頃、
♪♪ 月がとっても青いから 遠まわりして帰ろう ♪♪ と歌った。
これは日本人の感性。確かに月が青く見える時がある。
しかし、それが西洋となると「blue moon」(ブルームーン)。
彼らにとってブルームーンは、滅多にないこと。
「once in a blue moon」(ワンス・インナ・ブルームーン)、こんな熟語があるが、意味は「決してあり得ないこと」を言う。
だが、これが火星となると随分と変わってくる。
ここでの夕焼けは少し奇妙。
火星の昼間の空は赤い。そして陽が落ち、夕焼けとなると【青い】のだ。
理由は、火星の大気がほとんど二酸化炭素。そこに酸化鉄の微粒子が一杯。
昼間はその散乱で赤く、太陽が地平線に傾くと、赤色が飛び散り過ぎて、青色だけが目に届くからだそうだ。
♪♪ 夕焼け小焼けの赤とんぼ ♪♪
この歌は、どうも地球だけの歌。
火星では青焼けで、♪♪ 夕焼け青焼けの 【青】とんぼ ♪♪ と歌詞が変わる。
いずれにしても、我が生活は四苦八苦の身、
♪♪ 助けて 助けて 【青】色吐息 ♪♪ と、
火星に行かなくとも――【青】一色なのだ。
10―5 【郷】
【郷】、饗宴で二人向かい合って座る姿だとか。
そして今では田舎、または里の意味。
その中でも是非行ってみたい【郷】は理想郷/桃源郷だ。さらに言えば、シャングリ・ラ(Shangri-La : 香格里拉)。
イギリスの作家ジェームズ・ヒルトンは、1933年に出版した小説「失われた地平線」にそのシャングリ・ラを書いた。
チベットの未知の地域、つまりヒマラヤ山脈の西の果て、その
その麓の霧の漂う谷間、その辺りがどうもシャングリ・ラらしい。
空気は澄み、水は清らかに流れ、草花は可憐に咲き乱れる。自然の中で生命を授かった生物すべてが活き活きと美しい。
そんな世界があると言う。
日々の煩雑さから逃れ、そんな所で暮らしてみたいものだ。
だが考えてみれば、我々は現代人。
ウォシュレット・トイレがない所……「ちょっと、どうもね」となってしまう。
ならば我々のシャングリ・ラ、それは一体どこにあるのだろうか?
それは、それぞれの人が求める条件、それを満たした【郷】となるのだろう。
恥ずかしながら、我が【郷】の七つの条件を紹介してみよう。
1、ネットが繋がること
2、大型モールや居酒屋があり、町に繋がる便利なこと
3、もちシャワー/ウォシュレット/ベッドが揃っていること
4、趣味活動の近場であること
5、近場にゴルフ場があること
6、周りに自然がある所、だが蚊がいないこと
7、災害から縁遠いこと
まさにそれはシャングリ・ラではなく、「俗人グリ・ラ」か?
そう、俗人【郷】なのだ。
10―6 【答】
【答】、元々は「合」が「こたえる」の意味を持っていたとか。
この「合」、神への祝詞を入れる器の意味のある「口」に蓋をしている形。
そして問いに対して「こたえる」こと、それに【答】の字を充てたそうだ。
そんな【答】、世の中には二通りあるようだ。
それは「名答」と「迷答」。
足利義満が「屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れる、退治できないものか?」と一休さんに問うと、「では捕まえますから、虎を屏風絵から出して下さい」と切り返した。
なるほどと感心する「名答」だ。
だが、これが「迷答」となれば、笑えてくる。
森元首相がクリントン大統領を訪問した時の会話。
クリントン大統領に向かって「Who are you ?」、「お前さんは、誰だ?」と聞いてしまった。
どうも森さんが「How are you ?」と言うところを言い間違えたようだ。すると、クリントン大統領は森さんに「名回答」する。
「I'm Hillary's husband.」
「私は、大統領だ」と言わずに、「私は、ヒラリーのダンナだよ」と答えた。
上手いこと言ったものだ。
すると森元首相は、それに「迷答」する。
「Me too.」……だって。
「私もそうです」って、何を勘違いしたのかな?
外交どころではないぞ。
そしてもう一つ、歴史に残る「迷答」を。
長嶋茂雄さん、若い時にクイズ番組に出た。問題は英語。
「I live in Tokyo.」(私は東京に住んでます)
これを過去形に直して下さい。
こんな質問に、さてさて長嶋茂雄さんはどう答えたのだろうか?
答は『I live in Edo.』……「私は江戸に住んでます」
うーん、確かに、江戸は過去形だ。
【答】、ことほど左様に、そこにはいろいろな笑いバージョンがあるようだ。
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