第18章 口 笛 城 生 杏 蕗

18―1 【口】


 【口】は象形文字。明らかに「くち」の形だ。

 そして、その中に入れるものは食べ物だけではない。漢字もいろいろと入る。

 囚、因、回、団、困、囲、図、固、国などがある。


 人を捕まえて、【口】の囲いに入れて「囚人」となる。

 「国」は元の字は「國」。城壁の形の【口】、それをほこで守る「或」が入り、「國」となったそうな。


 「おとり」は、鳥を捕らえる時、誘い寄せるために使う同類の鳥のこと。招き鳥(おきとり)が音変化したものだが、漢字では、囲いの【口】の中に入れて「化」かすから、「囮」……だって。まさに絶妙だ。

 また「回」は、【口】の中に【口】がある。大変なことだと思うが、淵で水がぐるぐるまわる形だとか。


 だが、この字にはかなわないだろう。

 「幸」を【口】の中に入れた「圉」いう字がある。

 (ひとや)と読み、「幸」を一人囲い込み、幸せ一杯かと思いきや、意味はなんと――罪人を閉じ込める「牢屋」のこと。史上最強に皮肉な漢字なのだ。


 とにかく【口】は鼻の下にある【口】だが、他に城壁になったり、囲いになったり、水の渦までにもなって、そして牢屋にもなる。

 その【口】の中にいろいろな漢字を入れて、洒落まで持たす『大口』なのだ。



18―2 【笛】


 【笛】、「由」の上に「竹」冠。

 この「由」は瓢箪の実が熟し、中が空っぽになった状態だとか。それに「竹」が乗り、【笛】となる。


 トルコの山奥に、「Kuskoy」と言う村がある。

 そこの人たちは「口笛族」と呼ばれている。なぜなら、すべての会話を鳥のように口笛をふいて行う。


 たとえ200メートル離れていても、ピーピーピーと。かなり難しい話しも、これでこなしてしまうらしい。

 例えば、穀物相場が今日上がったとか下がったとか。あるいは「愛してます」を、ピーピピピーと。

 しかし、こんな伝統言語、最近ケイタイ電話が普及して危機に瀕しているらしい。


 それにしても、こんな話し……ホント?

 眉唾ものだと思っていたが、「You Tube」にあった。

 時間ある御仁は、御参考に。

 http://www.youtube.com/watch?v=bQf38Ybo1IY


 とにかく【笛】、「たて笛」、「よこ笛」、「ゆび笛」、そして「口笛」などがある。

 そしてピーヒャララとふかれるものは、メロディーから言葉まで。

 いろいろあるものだ。



18―3 【城】


 【城】、右部の「成」はほこに飾り付け、おはらいすることだとか。したがって、【城】とは清められた場所ということだそうだ。


 そんな【城】、歴史の中で様々なドラマを生んできた。その一つが琵琶湖の湖北の山城、小谷おだに城だ。


 時は約440年前の1573年、城主の浅井あざい長政と織田信長の妹のお市の方、この二人は政略結婚ではあったが、仲睦まじく暮らしていた。

 しかし、同朋の越前の朝倉義景が織田信長と対立した。これにより織田家/浅井家の友好関係は破断してしまう。


 豊臣秀吉は織田信長の命を受け、3万の兵をもって攻めた。こうして小谷城は落城した。

 それは浅井長政29歳、お市の方26歳の時のことだった。


 そして浅井長政は無念の自害。しかし、お市の方は生き延びることを選択する。

 燃え盛る炎の中から、茶々、初、江の幼い浅井三姉妹を連れて【城】から下りてきた。

 しかし、長男の万福丸は殺害され、次男の万寿丸は出家させられる。


 それから9年の歳月が流れた。1582年6月に本能寺の変が起こった。この明智光秀の謀反で、織田信長は没す。  

 その3ヶ月後、お市の方は三姉妹を連れて柴田勝家と再婚する。


 しかし、穏やかな日々はそう長くは続かなかった。翌年の4月23日、秀吉が越前の北の庄城(福井)を攻める。 

 お市の方は前回小谷城で浅井長政を残し、生き延びた。多分、なにか心に去来するものがあったのだろう。今回は死を選んだ。

 夫の柴田勝家と共に城に火を放ち、炎の中で自刃する。


 しかし、この時……茶々は16歳、初は14歳、江は12歳。浅井三姉妹は【城】から出てきた。


 ことほど左様に【城】、それは住む者たちの生と死を分けていく。

 そして、そこからまた【城】は新たなドラマを生みだしていくことになるのだ。



18―4 【生】


 【生】、草が生え育つ形だとか。

 1583年、柴田勝家とお市の方は城に火を放ち、炎とともに自刃した。

 その時の勝家の辞世の句は……

『夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす』

 意味は、夏の夢のように短く、はかない人生だった。私の名が後世まで語り継がれるように、山ほととぎす、雲の上まで飛んでくれ。


 一方、お市の方は詠んだ。

『さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 別れを誘ふ ほととぎすかな』

 ほととぎすは冬から春に飛んで来る鳥。黄泉(よみ)の国から来ると思われていた。

 ほととぎすを掛け合った夫婦の辞世の句、そこには【生】の儚さがある。


 しかし、城から逃れ出てきた茶々(16歳)、初(14歳)、江(12歳)。そこから浅井三姉妹は波瀾万丈に【生】きる。

 お市の方の面影が一番残る茶々は秀吉の側室に。後に絶大な権力を振るうが、大坂夏の陣で、大坂城は落城。淀殿(茶々)は47歳、息子の秀頼とともに自刃する。


 初(18歳)は近江の名門、京極家の高次に嫁ぐ。そして40歳の時、夫は亡くなり、出家する。その後、豊臣家と徳川家が対立し、豊臣方の使者として仲裁に奔走する。しかし、結果は大坂夏の陣で豊臣家は滅亡。

 その後、京極家の江戸屋敷で過ごし、妹の江によく会っていた。姉妹の中で最も長寿の64歳で没す。


 江(23歳)は、徳川家康の嫡男・秀忠と三度目の婚姻をはたす。その後、千姫、家光を含む二男五女をもうける。家光が三代将軍になった3年後、54歳で没す。


 【生】は、草が生え育つ形。

 茶々、初、江の浅井三姉妹、まさにその通りに育ち、そして戦国の世で、母の分まで【生】を全うしたのだ。



18―5 【杏】


 【杏】、木の枝に実をつけている象形文字だとか。訓読みで(あんず)、音読みで(キョウ)。


 さてさて、ここで問題が。

 春の四姉妹、すなわちバラ科の梅・桃・桜・杏。これらを見分けることができるだろうか?

 梅は──

 幹が黒くてゴツゴツ、葉は卵形で、花びらは円く、花は枝の根元で多く咲き、咲き終わってから葉が出てくる。


 桜は──

 幹に横縞があり、葉はギザギザ、花びらはM字型で、花は枝の先っぽに多く咲き、葉が出てくる時期はいろいろ。

 確かに梅と桜は一目で判別できる。ならば、それらに桃と杏が加われば……?


 桃は──

 幹に少々横縞ありで、葉は長い楕円形、花びらは先尖りで、花は木にまんべんなく咲き、葉は花と同時に出てくる。

 杏は──

 幹は赤みある褐色、葉は広めの楕円形、花びらは円く、花は木にまんべんなく咲き、咲き終わってから葉が出てくる。


 そんなややこしい春の四姉妹。

 その中でも【杏】、西洋ではアプリコットと呼ばれ、淡紅色もしくは白色の美しい花が咲き、その果実は薬効がある。

 杏仁あんにんで咳止めに効く。


 そして、【杏】には友達がいる。

 それは銀の【杏】、「銀杏ぎんなん」だ。秋に採り、冬に食べる実だ。

 ビタミンB、C、βーカロテンなどがあり、栄養価が高い。このβーカロテンが活性酸素の働きを抑えてくれるらしい。そのため老化防止、そして肌荒れやニキビにも効果あるようだ。


 だが、メチルビリドキシンという毒素があり、痙攣を起こしたりもする。少し危険だ。

 大人は10粒までで、子供は3粒までらしい。


 春の四姉妹、梅・桃・桜・杏でこんがらがって、焼酎ロックで脳洗浄。その充てにと、った銀杏……確実に10粒は越える。

 その挙げ句、銀杏で中毒死。

 遠因は梅・桃・桜・杏。

 こんなのを――春の悪夢というのかな。



18―6 【蕗】


 【蕗】(フキ)はキク科の多年草。そして春に向けて芽を出す。それが蕗の薹(ふきのとう)だ。これを摘まみ、和え物や天ぷらにして食す。

 ほろ苦く、独特な味わいがある。その苦さにより、長い冬を抜け、やっと春の訪れを感じる。

 それから季節は巡り、蕗の薹は初夏に丸い葉を広げ、葉の広さ70センチほどのフキになる。


 アイヌの小人伝説、コロポックル。これはアイヌ語で「蕗の葉の下の人」という意味だ。

 かってアイヌが住む地に、コロポックルと呼ばれる人たちが住んでいた。背丈はフキの葉より低いが、動きが素早く、魚を捕るのが得意だった。そしてフキの葉で葺いた竪穴で暮らしていた。


 アイヌとコロポックルとは仲が良く、アイヌからは鹿、コロポックルからは魚を物々交換していた。

 しかし、コロポックルは姿を見せることが嫌いだった。日が暮れて夜になってから、アイヌの家の小窓から捕った魚をそっと差し出す。物々交換と言っても、こんな方法だった。


 そんなある日、コロポックルの姿を見たことがないアイヌの若者、一度見てみたいと魚を差し出した手を引っ張った。そしてコロポックルを屋内に入れてみると、手の甲に刺青が入った美しい婦人だった。


 しかし、この婦人は若者の無礼に激怒した。また、この話しを耳にしたコロポックルの人たちは同じように怒り、北の海の彼方へと去って行ってしまったのだった。


 こんなコロポックル伝説があるが、今もあちらこちらで、残されたコロボックルの竪穴や、石器や土器が見付かることがある、という。


 おっおー、なんと情緒ある伝説だろうか。

 それにしても、そこには春に芽吹くふきのとうと同じく、ほろ苦さがあるから不思議だ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る