第19章 再 春 輝 酒 菖 律

19―1 【再】


 【再】は組紐くにひもの形だとか。

 器具の上下に算木「一」を置き、それを折り返して紐を組んでいくため、「ふたたび」の意味になったそうな。


 なるほどと納得してしまう。

 この漢字一文字の旅、第18章で煩悩の数、百八つの漢字を訪問した。

 少しマンネリになってきた時に、【再】は魔法の漢字。

 心新たに【再】出発、勝手に心機一転できるのだ。


 さてさて、喜びも『ひとしお』です、という言葉がある。

 この『ひとしお』は「一塩」ではない。喜びに「塩」なんか振って、どないすんねんとなる。


 これは『一入』と書く。

 織物を染める時に、1回染料に浸けることを『一入』というらしい。

 そして、2回が『再入』(ふたしお)という。


 ならば、この『漢字一文字の旅』、百八つの漢字後の【再】スタートで、喜びも『再入』(ふたしお)です……という心境かな?



19―2 【春】


 【春】の元の字は、『艸』と『屯』と『日』を合体させたもの。つまり【春】は、これらを縦にぎゅっと圧縮し、一文字にした漢字。

 そして、この中の「屯」、冬の間草の根が閉じ込められた形だとか。これに日があたり、今にも草の芽をふき出そうとしている。

 そんな意味から【春】となったそうな。


 枕草子の中で、清少納言は綴った。

 【春】はあけぼの。

 やうやうしろくなりゆく山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。


 要は、【春】は日の出はまだだが、ほのぼのと明けてきた頃、あけぼのの時間帯が趣がある……ということだ。


 確かにと思うが、眠いのでめったに眺めることはない。

 そして、こんなメロディ、誰しも一度は聴いたことがあるだろう。

 ♪ ちゃんちゃんちゃちゃーああ ♪

 ♪ 「いて」、ちゃんちゃんちゃちゃーあん ♪


 うん? これではわからないか。

 で、答えは……微かに「いて」が入るヴァイオリン協奏曲『四季』の【春】だ。

 それは三つの楽章から構成され、アレグロ(陽気に)→ラルゴ(ゆるやかに)→アレグロ(陽気に)、と春らしく続く。

 そしてソネット(Sonnet)、それには14行の詩が添えられてある。


 だが、不思議なことだが、この詩が多く和訳されているが、元の14行になっていない。どこかにいくつかの行が飛んで行ってしまってるのだ。

 ならばということで、今回、原文と他の日本語訳を参考に、意訳してみた。

  1  春がやってきた、陽気に

  2  小鳥たちがチッチと歌ってる、春よ、ようこそと

  3  小川はさらさらと、そよかぜに

  4  せせらぎを優しく揺らしてる、そしてそのうちに


  5  空は真っ黒な雲に覆われつくし、雷鳴がどどどーんと轟く

  6  それは春の訪れの告知

  7  やがてやっと嵐は去り、小鳥たちがふたたび

  8  チッチと楽しく歌う


  9  花が乱れる牧場では

 10  葉のざわめきがララバイに

 11  羊飼いが犬を枕に、まどろんでる

 12  妖精たちも牧童も


 13  キラキラと、春の光りを満身に

 14  バグパイプの音色に、思わず踊り出す

 これがヴァイオリン協奏曲『四季』の【春】のイメージだ。


 うーん確かにと、数えてみたら……14行だよ~ん。

 そして、【春】、それはアレグロ(陽気に) → ラルゴ(ゆるやかに) → アレグロ(陽気に)の繰り返し。

 そのため、心地よいということになるのだ。



19―3 【輝】


 【輝】は「光」と「軍」の組み合わせ。

 「軍」は円陣をえがいた軍営。光の中心をまるくとりまいた「ひかり」だとか。

 なにかもう一つよくわからないが、そこから「かがやく」となったそうな。


 英語では「brilliant」(ブリリアント)。響きの良い言葉だ。

 You are always brilliant.

「あなたは、いつも輝いてるわ」

 男として、一生に一度、好きな女性から言われてみたい。そんな言葉なのだ。


 そして、話しは飛ぶが……、アフリカの最高峰は標高5,895メートルの「キリマ・ンジャロ」。


 はいはいはい、「キリマン」…「ジャロ」ではないでっせ。

 「キリマ」…「ンジャロ」ですから、ご注意を。


 この「キリマ・ンジャロ」という言葉、実はスワヒリ語で、「キリマ」が山で、なんと『ンジャロ』が――【輝く】と言う意味らしい。

 そして、キリマ・ンジャロの麓では、「あんさんがサバンナを駆ける姿、いっつも『ンジャロ』やわ」と女性は囁くらしい。

 これ、きっとホント。


 そして、そのキリマ・ンジャロの麓に、20万年前に住んでた女性が、「ミトコンドリア・イブ」さん。

 人間の細胞の中に、エネルギーを生み出す小器官がある。それがミトコンドリア。そのミトコンドリアのDNAは、女性だけが代々引き継いで行くものなのだ。

 したがって、その同じDNAで、母親の母親の母親のと遡って行くと、20万前にキリマ・ンジャロの麓に住んでいた女性にぶち当たることになる。


 だから、自分の母親の、その母親の母親……が、ミトコンドリア・イブさん。

 その一人の母親から、今日の私たちがあるのだ。

 一体どんな女性だったのだろうか? 興味があるところだ。


 しかし、わかっている。

 きっときっと【輝】いた女性。

 いやいや──、『ンジャロ』なレディ──だったのだ。



19―4 【酒】


 【酒】、右部は酒樽の形だとか。


 ドイツのことわざで、【酒】は「酔って狂乱、めて後悔」

 まったくその通りだ。

 しかし、「酒は茶の代りになるが、茶は酒の代りにならぬ」で、毎晩飲まずにはおられない。

 その挙げ句に、「酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである」となる。


 徒然草の215段、今から750年ほど前の鎌倉時代のこと。

 鎌倉武将の北条宣時のぶときが、時のナンバーワンの北条時頼に、夜中急に呼び出されて屋敷に出向いた。いわゆる上司に呼び出されたのだ。


 そして、上司の時頼は銚子と素焼きの杯を持って出て来て、命令する。

 この酒を ひとりたうべんが さうざうしければ、

 さかなこそなけれ、人は静まりぬらん。

 さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給ヘ


 要は、一人で酒を飲むのは寂しい。それで、お前を呼び出したが、肴がない。

 みんな寝静まってしまったものだから、どこにあるのかわからない。

 だから、お前が肴を探してこい、と。


 まあ、いつの世も上司は勝手なものだ。

「酒の肴を探すために、深夜に俺を呼び出したんか!」と、きっと宣時は叫びたかったろう。

 それでも宣時は文句一つも言わず、紙燭しそくに火をともし、くまなく探した。

 そして、台所の棚にあった小土器こがはらけに見つけたのだ。


 そこに味噌の少しつきたるを見出でて、これぞ求め得て候と申ししかば、事足りなんとて、心よく数献すうこん……。


 つまり、小皿に付いていた味噌を見つけて、それを肴にして、数献の酒飲んで、上司の北条時頼様はご機嫌さんになったという話し。


 こんな酒飲みのいじましい上司、今の世にも──おるおる──蠅のように。

 そして我が高校時代、アル中の古文の先生、これを教えながら「なんと情緒があることか」と悦に入っていたのを思い出す。


 とにかく【酒】という漢字、脳を解放させ、最後に──『海よりもグラスの中で溺れる者が多い』という結論になるようだ。



19―5 【菖】


 【菖】、この一字で「菖蒲」(しょうぶ、あやめ)を意味する。

 「蒲」は沼の水辺に生える「がま」の意で、「菖蒲」は川や池の縁に群生し、香りを放つとか。


 そして、古くは「阿夜米久散」(あやめぐさ)と言ったらしい。

 こんな「菖蒲」、端午の節供に邪気を祓うため門の上に飾り、菖蒲湯に入る。

 江戸時代に「菖蒲」と、武道を重んじる意味の「尚武」と掛けたのが始まりだとか。


 そんな【菖】、『いずれ菖蒲あやめ杜若かきつばた


 昔、源頼政がヌエ(物の怪)退治の褒美として、菖蒲前あやめのまえの美女を12人の中から選べと言われた。

 しかし、はたと困ってしまった。いずれもベッピンさんなのだ。

 そして詠んだ。

 『五月雨さみだれに 沢辺さわべ真薦まこも 水越えて いずれ菖蒲あやめと 引きぞわづらふ』と。

 ここから『いずれ菖蒲か杜若』の言葉が生まれてきたそうな。


 そして五月の青もの、ちょっと並んでもらうと、確かにみんな美しい。

 (1) 「菖蒲湯の菖蒲」(しょうぶ)

 (2) 「あやめ」

 (3) 「花菖蒲」(はなしょうぶ)

 (4) 「杜若」(かきつばた)

 (5) 「アイリス」


 だが、源頼政が詠んだ通り、この五姉妹、見た目ではどれがどれだか見極めがつかないのだ。

 ならばということで、今回詳しく調査をさせてもらった。

 (1)の「菖蒲湯の菖蒲」はサトイモ科で、兄弟姉妹ではなく他人。

 葉は似ているが、「蒲」(がま)の黄色の花。

 あまり美しくない。要は実務派。


 (2)の「あやめ」は乾燥地で育ち、背丈は30~69センチで、小輪。

 花びらの根元、要は口元には網目模様がある。


 (3)の「花菖蒲」(はなしょうぶ)は乾燥地と湿地の間で育ち、背丈は高く、80~100センチ。

 花は大輪。そして花の口元には、黄色の目型模様がある。


 (4)の「杜若」(かきつばた)は湿地で育ち、背丈は50~70センチ。

 そして中輪の花の口元には、白い目型模様がある。


 さらに、(5)の「アイリス」。

 これが多種多様で……、とにかく外人っぽい、とか?


 もうここまでくれば、やっぱり混乱の極みだ。

 え~い、もうどうでもよいと思うが、一つ共通点がある。

 『いずれ菖蒲か杜若』、いずれも美しいのだ。

 そんな【菖】という漢字、5月を彩ってくれる。



19―6 【律】


 【律】、その右部は「筆」の意味とか。

 その「筆」を立てて、建物の配置を一律に公布する意味を示すらしい。そこから「おきて、さだめ」の意味になったようだ。


 規則正しく繰り返される運動を「律動」という。

 それは「リズム」(rhythm)だ。

 そんな【律】、生体にもある。それは『バイオリズム』だ。

 身体(Physical)、感情(Sensitivity)、知性(Intellectual)の三種類のリズムで構成されている。


 誕生日を基準として、身体リズムは(P)23日、感情リズムは(S)28日、知性リズムは(I)33日の周期をもって、絶頂がやってくるとか。


 この23と28と33の最小公倍数が──21,252日。

 つまり一生の中で、バイオリズムの最絶頂は──58.2歳の時だ。


 だが、己の身を振り返ってみれば、ぱっと花が咲いた憶えがない。

 ただ転勤辞令をもらったような気がする。あれが身体/感情/知性の絶頂だったのだろうか?


 しかし、二つのリズムが出そろうことは500日に1回くらいあるようだ。

 PS、SI、PIの組み合わせがあるらしいが、それぞれ微妙に違うとか。

 だが、これも実感がない。こういうのを「リズム音痴」というそうな。


 とにかく【律】という漢字、「律儀」にこんなことを悩ませてくれる。




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