第28章 悪 富 掏 銀 奥 菜

28―1 【悪】


 【悪】、上部の「亜」は地下の墓室の形で、死者が住むところ。それに「心」が付いて、忌み慎む意味となったとか。

 そこから憎悪となり、後に「わるい」となったそうな。


 女がこの【悪】を冠にしたらコワーイ……悪女。

 その悪女の中でも、飛び切り恐いのが世界三大悪女。

 その女性たちとは、メアリー1世(イギリス)、江青(中華人民共和国)、エレナ・チャウシェスク(ルーマニア)だとか。


 まずメアリー1世、プロテスタントを迫害し、300人以上を処刑した。そのためブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)と呼ばれた。そして死後200年間、死亡日は迫害から解放された祝日とされてきた。


 江青こうせいは毛沢東の4番目の夫人、文化大革命を主導し「紅色女皇」と呼ばれていた。

 鄧小平を失脚に追い込み、周恩来の追い落としも計った。毛沢東の死の直後に、「四人組」の1人として逮捕され、無期懲役となったが、最終的に自殺する。


 エレナ・チャウシェスクはルーマニアの元首であったニコラエ・チャウシェスクの妻。夫の独裁政治を支え、江青のようになるように望んでいたとか。

 法律でもって、女性は5人以上の子供を産むことを強要したりした。6万人の虐殺で、最終的には銃で処刑された。


 恐い恐い世界三大悪女、ならば日本の三大悪女は?

 北条政子と日野富子、それに淀殿だそうな。

 同じ【悪】でも、みなさん可愛いし……、日本に生まれて良かったと思う。



28―2 【富】


 【富】、ウ冠の下にある字は「畐」(フク)。それは酒樽のように腹がふくらんだ器のことだとか。そこから「みちる」、「みたす」の意味になったそうな。


 そしてウ冠は祖先を祭るみたまやの屋根の形。そのウ冠と「畐」とが組み合わさった【富】、それは神への供え物が多いことを表す漢字で、豊かな意味になったとか。

 なるほど、【富】は神が関わっていたのか、と納得。


 しかし、このウ冠の【富】の兄弟にワ冠の「冨」がある。

 【富】と「冨」、どこがどう違うのだろうか?


 【富】は当用漢字。

 一方「冨」も古くから使われてきた。だが当用漢字ではなく、人名用漢字にだけに採用されている。


 とは言っても「冨」、現代でも多く使われている。しかし、ワ冠は単に覆う意味だとか。

 それに比べ、ウ冠は立派な屋根。そのため【富】の方がワ冠の「冨」より裕福だという変な説まで囁かれてるようだ。


 そうならば、富士山は? ワ冠の冨士山もあるぞ!

 その違いをハッキリさせろと叫ぶ輩もいることだろう。


 そこでこんな都市伝説がある。

 【富】の上の点は太陽。したがって太陽がある南側の静岡県側が――ウ冠の【富】士山。

 そして点がない、つまり太陽のない北側の山梨県側が――ワ冠の「冨」士山だとか。

 富士山にあまり縁のない関西人にとっては、ほんまかいなとなるが、されども、ここで……えらいこっちゃ!


 愛媛県大洲市に、正真正銘のワ冠の「冨士山」があるのだ。

 標高はたったの320m。だがツツジの名所で、別名は大洲【富】士と呼ばれている。

 そして、そのワ冠の「冨士山」の正式名は「ふじさん」にあらず。「とみすやま」――だそうな。


 ホッホー、日本一の「ふじさん」と呼ばないんだ!

 それにしても、ウ冠の【富】士山に迎合せず、あくまでもワ冠の「とみすやま」だぞ!

 立派、立派……、立派だ!


 いずれにしても、【富】も「冨」も、金銭的な豊かさだけでなく、そこに漢字一文字ずつが持つ意地を感じさせてくれるから、嬉しいものだ。



28―3 【掏】


 【掏】は(トウ)と音読みし、右部は窯で土器を焼く形だとか。

 こんな熟語に『掏摸』がある。


 こんな字、なかなか読めない。だが、(すり)と読む。

 いわゆる人様から財布や物品を失敬する「スリ」のことだ。


 スリは窃盗罪であるが、時代は明治から昭和、スリたちが多く暗躍していた。

 関東一円の大親分が仕立屋の銀次、本名は富田銀次郎と言ったらしい。

 それに比べ、スリの新人は財布を抜き取ると恐くなり、すぐに走り出すそうな。そこから新人を「駆け出し」と呼ぶようになったとか。


 そんなスリたち、いろんなヤツがいた。

 ケツパーの三ちゃん、ケツパーとは……ケツは尻、パーは財布のこと。尻のポケットの上から財布を触り、どれくらいの金額が入っているかを当て、抜き取った。

 そのケツパーさん、ベテランであったが、最後はアメ横商店街で逮捕された。


 デパ地下を専門にしていたのが、デパ地下のさと婆。

 それに声掛けタマちゃん。優しく話し掛け、そのスキに財布を抜き取ったとか。


 多くのスリたちがいたが、最近話題に上がったのが駒崎姉妹。スリデビューがこま*り姉妹と同じ頃だったとか。

 そして2012年10月29日、姉は駒崎恵☆子80歳、妹は★子72歳、、梅田の阪@デパートで財布を盗んだと逮捕された。

 スリ歴50年のベテランではあったが、高齢のため指の動きが鈍くなっていたとか。


 とにかく【掏】(トウ)という漢字、『掏摸』(スリ)といけない熟語になるが、どことなく笑えてくるから不思議だ。



28―4 【銀】


 【銀】はかって白金と言われ、銅は赤金。古くから金銀銅は金三品と言われた。


 【銀】は原子記号「Ag」の金属、古くから金とともに通貨や装飾として使用されてきた。

 そして金には――「沈黙は金なり」という格言がある。


 実はもう一つのフレーズがその前にあるのだ。それは――「雄弁は銀なり」

 つまり「雄弁は銀なり、沈黙金なり」( Speech is silver, silence is gold. )だ。

 現代人は後ろの「沈黙は金」しか口にしないが、この二つのフレーズで完璧ということだ。


 しかし、ここで迷ってしまう。「雄弁は銀」と「沈黙は金」、どちらが重要なのだろうか? と。

 実は、かって金は自然に採れたが、銀は圧倒的に少なく稀だった。

 また銀鉱石から銀を抽出する精錬法は難しく、銀の方が希少価値があり、値打ちだった。したがって、この勝負、【銀】の勝ちなのだ。


 ということで、沈黙より雄弁の方が上位となる。

 これで大阪のオバチャンたちの魂は救われることになる。

 とにかく雄弁で、起承転結。お相手すれば、あめ玉までくれる。

 そして最後に落ちまで付けて、それはまさに【銀】のしゃべくりだ。


 とにかく【銀】、値打ちがあって、結構大阪のオバチャン風な漢字なのだ。



28―5 【奥】


 【奥】、上の部分は祭りをする建物の屋根。中の「米」は獣の掌紋で、上に「ノ」の爪がある。そして下部は左右の手が並べられている、とか。


 【奥】は、いろいろと組み合わさった漢字なのだ。

 そして獣の手の平の肉をお供えする部屋の隅のことを【奥】と言うそうな。そこは神聖な場所だと。


 1689年5月、松尾芭蕉は江戸を出て、東北を旅した。

 それが「月日は百代の過客かかくにして……」、【奥】の細道となった。

 それから200年後の1878年(明治11年)の夏、同じように1人の女性が東北へと旅立った。

 名前はイザベラ・バード、日本人ではない。世界を旅する47歳のイギリス人旅行家だ。


 旅を終え、1880年、日本での旅行体験記・『日本【奥】地紀行』(Unbeaten Tracks in Japan)を書いた。

 内容は興味深いものばかり。

 途中、日光の金谷邸に滞在し、奥日光も訪ねてる。

 湯元温泉では「やしま屋」に泊まり、人間ではなく妖精が似合う宿だと楽しんだようだ。


 そして東北や蝦夷地を訪問して……、要約すると

 「1200マイルの旅をしたが、まったく安全だった。世界中で日本ほど婦人が危険な目にもあわず、安全に旅行できる国はないと信じている」と記した。


 しかし、評価は絶賛だけではない。

 新潟は「美しい繁華な町」だ。だが「味気ない」と。また、湯沢は「いやな感じのする町」と評した。


 そして日本人については、「西洋の服装、どの服も合わない。日本人のみじめな体格、凹んだ胸部、がにまた足という国民的欠陥をいっそうひどくさせるだけ」と。


 その上に、「黄色い皮膚、馬のような固い髪、弱弱しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻、凹んだ胸、蒙古系の頬が出た顔形、ちっぽけな体格、男たちのよろよろした歩行、女たちのよちよちした歩きぶり。一般に日本人の姿を見て感じるのは堕落しているという印象である」と辛辣に酷評した。


 放っといてくれ! と言いたくなるが、芭蕉は死の4日前に「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」と詠んだ。

 同じ旅人だが、イザベラ・バードが見た【奥】と、松尾芭蕉が感じた【奥】とは随分と違ったようだ。



28―6 【菜】


 【菜】、元の字の意味は手で木の実を摘み取ることだとか。そんな【菜】で、すぐに思い付くのが「菜の花」。

 菜の花や 月は東に 日は西に

 与謝蕪村は270年ほど前にこう詠んだ。菜の花は晩春の季語であり、おぼろ月が東に上がった夕暮れ時の情景だろう。


 そしてそこから連想するのが「菜種油」。セイヨウアブラナから採取される食用油で、かっては灯火としても使われていた。

 こんな植物油、世界の生産量は次のような順位になっている。

  1位 パーム油

  2位 大豆油

  3位 菜種油

  4位 ひまわり油


 菜種油は堂々の第3位。その菜種油の6割が日本で作られているとか。春ともなれば、いかに菜の花が黄一色で日本中に咲いているかということだ。

 そして菜の花は、お浸しに和え物、炒め物に汁物と食して美味しい。

 食卓の一品、春の旬の味だ。菜の花は日本の暮らしになくてはならない。


 そして唱歌の朧月夜。

  【菜】の花畠に 入日薄れ

  見わたす山の 霞ふかし

  春風そよふく 空を見れば

  夕月かかりて にほひ淡し


 【菜】という漢字、こうして日本人の心まで癒やしてくれている。


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