第8章 窓 滞 煕 力 想 嵌

8―1 【窓】


 【窓】、元の字は「窗」、ウ冠の屋根に「まど」を開けた形だとか。


 そんな【窓】に、アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した割れ窓理論がある。

 割れてる窓を放置しておくと、その内誰も気を遣わなくなり、やがて他の窓もすべて割れてしまう、というものだ。


 つまりちょっとしたことであっても、すぐに対策を取らないと住民のモラルは低下し、軽犯罪が増える。そして凶悪犯罪が起こる。

 アメリカの都市はこの理論に従い、軽微な秩序違反を取り締まり、成果を上げているとか。


 この割れ窓理論、なにも犯罪撲滅だけのためではない。

 東京ディズニーランドでは、清掃や修繕、そして保全を徹底的に行い、従業員や来客のマナーを向上させることに成功しているとか。


 他にはこんな【窓】もある。

 「essere amato amando」

 ペンリン城の一室の窓に書かれてある落書きだ。

 ラテン語と思われていたが、実はイタリア語、意味は「愛する限り愛されたい」ということ。


 一体誰がこんな熱い想いを書いたのだろうか?

 さらに調査すれば、1880年頃、実業家の娘・アリスがこの城に住んでいた。

 アリスは庭師の男性と恋に落ち、父にこの部屋に幽閉された。そして男と別れさせられた。

 まさに悲恋だ。


 しかし、アリスはその思いを【窓】に、「愛する限り愛されたい」と走り書きした。乙女の恋のせつなさが150年の時を超えて伝わってくる。


 そんなあれやこれやの【窓】、近年になってからは「Microsoft Windows」になったりで、古今東西大活躍の漢字なのだ。



8―2 【滞】


 【滞】は、「さんずい」に「帯」。

 この「帯」は「おび」に「巾」(前掛け)を着け、ぎゅっと締め付けている形。

 そこに「氵」が付き、【滞】は「水」が「帯」で締められたように流れずに、とどこおっていることだとか。

 こんな解釈に、「うーん、なるほど。しかし、ちょっとこじつけ?」と呟きたくもなる。


 さらに、【滞】は前に同じ意味の「渋」を付けて『渋滞』となる。

 車の渋滞、誰しもこれにはウンザリだ。

 だがこの渋滞、それはその長さではない。車の走行スピードで定義付けられている。

 一般道では20キロ/時以下、高速道路なら40キロ/時以下になったら、『渋滞』と言うらしい。

 やっぱり車が連なった距離で『渋滞』とした方がピンとくると思うのだが……。


 そんな渋滞を、数学の微分方程式を使って解消しようとする学問がある。

 それは「渋滞学」が呼ばれ、最近脚光を浴びている。

 実例としては、東日本大震災の被災地に、いかに渋滞を起こさずに物資を運ぶとかだ。

 そんな渋滞学が近々カーナビ渋滞情報にも取り込まれるとか。


 そのポイントは、渋滞している道があり、そして抜け道があった場合、3割の人たちだけに対し、カーナビは抜け道ありとの情報を流すそうな。

 なぜなら、みんなに流すと、抜け道も混んでしまうからだって。


 そんなの……、これ学問?

 ちょっと不公平じゃないの?

 こう思うのも、脳の血液が【滞】っているためなのかも知れない。



8―3 【煕】


 【煕】、難しい字だ。

 上部の左は乳房の形、そして右は乳児の形。これにより授乳の姿で、養い育てる意味があるとか。

 音は(キ)、訓は(ひかる)/(ひろい)/(やわらぐ)などと読む。


 今から約500年前に、『妻木煕子』(つまきひろこ)と言う女性がいた。

 その熙子の夫は明智光秀。

 光秀との婚約後、熙子は疱瘡ほうそうにかかり痘痕あばたが残る。父はこの縁談が破断になることを心配し、妹に煕子の振りをさせて、光秀のもとへ送り出した。

 しかし、光秀はこれを見破り、煕子を妻として迎え入れる。


 夫婦は仲睦まじく、光秀の浪人時代、煕子は自分の黒髪を売って光秀の生活を助けた。

 余談になるが、売られた黒髪、当時何のために使われたのか不明。

 人形、それともカツラ?

 有力なのは、女性が髪を結うにあたって、足りない所を補うかもじだとか?


 そんな煕子の内助の功があり、光秀は出世する。

 光秀は側室を迎えず、妻の熙子だけを一途に愛した。

 だが光秀が大病した時に、その看病疲れで熙子は亡くなってしまう。


 その後、光秀は、日本歴史上最大のミステリー、『本能寺の変』を起こす。

 そして、京都伏見の東部、小栗栖おぐるすの竹藪で、落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺し殺される。


 その辞世の句は「心しらぬ 人は何とも 言はばいへ 身をも惜まじ 名をも惜まじ」

 明智光秀の生涯、それはただただ煕子と歩んだ人生だったのかも知れない。


 そんな【煕】、「熙笑」(きしょう): なごやかに笑うこと。

 また、「熙熙」(きき): なごやかに喜びあうさま、の熟語を作り、「衆人熙熙として楽しむ」とある。

 とにかく【煕】という字、明智光秀と同様、どことなく愛着を覚え、そしてこだわりを持ってしまう漢字なのだ。



8―4 【力】


 【力】、それは手の筋肉を筋張らせて、頑張る姿だとか。


 確かに人は生きて行くために、様々な【力】が必要。生命力/能力から始まり、最近は女子力/オッサン・シニア力まである。


 されどやっぱり欲しいのは、継続力だろう。

 継続は【力】なり。よく言われる。

 だがその文言の前に、実は一つのフレーズがあった。それは、「念願は人格を決定する」と。

 そして、それに続けて、必要なものは「継続は力なり」となっている。


 なるほど、なんと力強い言葉だろうか。

 住岡夜晃すみおかやこうは、大正時代に讃嘆の詩の中でこのように記した。

 そして、それはまさに百年経っても、その思いは我々の心に沁みきて、現代人が生きて行く【力】になる詩なのかもしれない。

 その詩の冒頭を参考に紹介させてもらおう。


  青年よ強くなれ

  牛のごとく、象のごとく、強くなれ

  真に強いとは、一道を生きぬくことである

  性格の弱さ悲しむなかれ

  性格の強さ必ずしも誇るに足らず

  念願は人格を決定す 『継続は力なり』

  真の強さは正しい念願を貫くにある


 ここからも力強く、住岡夜晃は引き続き詠う。

 そして我々は「継続は力なり」の名言に感服するのだ。



8―5 【想】


 【想】、「心」の上にある「相」は「木」を「目」でしっかり見て、生命力を盛んにする儀礼だとか。それを他の人に及ぼし、心で「おもう」となるらしい。


 そんな【想】、最近流行りの熟語が『想定外』。

 震災後、いろいろな場面で、今回の津波は『想定外』だった。また、原発事故は『想定外』だったと連発されてきた。

 まず「想定」は、「ある一定の状況を仮に想い画くこと」と広辞苑にある。

 そして後方に「外」が付くと、日本語では「私の責任外ですよ」のニュアンスが含まれる。


 この『想定外』と言う言葉、なかなか英語にはなり切れない言葉なのだ。

 だが無理矢理に変換されているのが、下記のような文言。

  (1) beyond ones expectation

  (2) beyond the scope of ones assumption

  (3) outside ones imagination


 (1)の「expectation」は「期待」で、「期待を越えて」となり、ちょっと意味合いが違う。

 (3)は「イメージ外」で、やっぱりちょっと異なる。

 この中でもまだ合っているのが、(2)の「assumption」(仮定/前提)だ。


 しかし……、しかしだ。

 それでも「想定外」は英語にならない。

 なぜなら、(1)も(2)も(3)も「ones」の所有格。

 つまり早い話しが、「誰の」が必要なのだ。


 今回、場面場面で『想定外』と言った日本人たち、この「誰の」が欠落している。

 そして、電力会社や政治家の英語のインタビュー、どうしても「誰の」が言えなかったのだろう。『想定外』を苦し紛れに英語で、単に「souteigai」と言ってしまっている。


 これは一体何なんだろうか?

 これからもいろいろ問題で、海外向けにも説明が求められることだろう。

 そして、日本の関係者たちは、決して「beyond the scope of 『my』 assumption」と言わずに、変な英語、単に「souteigai」だけを乱発するだろう。


 不幸なことにそれを、国民が最近になって気付いてしまった。

 そう、今となれば、充分予想できる――想定内のことなのだ。



8―6 【嵌】


 【嵌】は、「山」/「甘」/「欠」の組み合わせ。

 「甘」は鍵を掛けた字、「欠」は口を開いて立つ人を横から見た形。

 これらに「山」が加わり、山中の入り込んだくぼみとなり、その中に物を入れる意味となるらしい。


 これって一体どういうことと叫びたくなる。

 そんなややこしい漢字だが、音で(カン)と読み、訓で(はまる)と読む。

 そんな「ハマル」、最近大流行だ。

 やれスマホに、やれゲームに……ハマッタ! ハマッタ!

 世間の皆さま、あちらでハマッタ、こちらでハマッタ、あちゃこちゃでハマリッ放し。

 そして、また、その予備軍たちは口を揃えて仰られま~す。

 私……ハマリそう!


 こういう事態を麻雀で言えば、カンチャン待ちされていて、そこへわざわざホウチャン(放銃)するようなもの。

 要は、敵は四萬と六萬の間の五萬で待っていて、そこへわざわざ値打ちの赤五萬を放り込んで――、ロン(栄)!

 そんな「カンチャン待ち」、それを漢字で書けば、四と六の間の「間ちゃん待ち」ではない。

 正しくは、まさにハマリ込むの、【嵌】張待ちなのだ。

 またこういう事態を、言い換えれば、どつぼに【嵌】まった、と言うらしい。


 とにかくハマッタ! ハマッタ! だが、まだまだ、あれやこれやに【嵌】まりそう!

 あ~あ。


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