第43章 悩 棘 椛 嬉 飯 蚊

43―1 【悩】


 【悩】の右部は、幼児の頭蓋骨の縫合部分を「ひよめき」と言うらしいが、そこに頭髪が少しある形だとか。

 それが心の立心偏に付き、「なやむ」となったようだ。


 そんな【悩】、聖火に衣冠を整えて拝む人の形の「煩」と組み合わさり、人間の欲である熟語「煩悩」を作る。


 さて、煩悩は一般的に百八あると言われているが、その百八つは何なのだろうか?

 単に百八つは多いことを言ってるだけとされているが、それでも百八つを主張する三つの説がある。


(1)

 眼(げん)/耳(に)/鼻(び)/舌(ぜつ)/身(しん)/意(い)は人間の感官能力の六根。

 これらそれぞれに好(気持ちが好い)/悪(気持ちが悪い)/平(どうでもよい)の思いを持ち、これで6x3=18。


 それにそれぞれ浄(じょう)/染(せん:きたない)があり、18x2=36。

 そして、前世/今世/来世の三世があり、36x3=108の煩悩となる。


(2)

 月の数が12、これに二十四節気の24と七十二候の72を足し合わせて、108。

 うん、確かに108にはなるが……。


(3)

 人間はいつも四苦八苦。

 だから、四苦(4x9=36)と八苦(8x9=72)を足し合わせて、108。

 これで煩悩は108と言い切る。

 その思い込みと迫力に思わずパチパチパチと拍手がありそうだ。


 (1)、(2)、(3)のいずれも御名算。どの説を取るかは個人の自由。

 されども、ことわざに……煩悩の犬は追えども去らず、とある。

 108に関係なく、煩悩は追っ払えないものだと言う。


 あ~あと苦悩のため息が出るが、安心してください。

 悩み多きはなにも日本人だけではない。

 日本人妻を持つ外国人夫にも悩みが。ブログに掲載されてあったので、参考に転載させてもらうと……


 日本人妻を持つ外国人夫の悩み

 言葉できちんと説明して欲しいと言うと、疲れると言われる。(以心伝心って何?)


 玄関で忘れ物して、一生懸命爪先歩きで家の中に入ってるのに靴を脱げと怒る。

 でも、はだしで外に出ると怒る。(もう理解不能)


 日本の若い男子に嵌っている。(ジャニーズとかいうらしい)


 傘ささないから毛が抜けたのよ、海草を食べないからハゲたのよ、となじられる。

 等々


 されども――えっ、これって、外国人夫の悩み?

 日本人夫の悩みと一緒じゃん! と叫びたい。


 【悩】、それは万国共通で、結局残された手は、百八つの除夜の鐘で煩悩を取り払うしかないのだ。



43―2 【棘】


 【棘】、「朿」は先の尖った木であり、これが二つ並んで【棘】(とげ)。音読みでは(シ)となる。


 薔薇に棘あり!

 確かにそうだ。そしてこの忠告がさらに拡大され、「綺麗な花には棘がある」と言われてる。


 これに反論する余地はないが、果たして薔薇の【棘】の真実はどうだろうか?

 刺さればチクリと痛い。

 しかし、昆虫などは棘の横をスルリとすり抜けるため、薔薇の花を守る役に立っていないのだ。


 じゃあ【棘】は、何のためにあるの?

 現代においても、これがよくわからないのだ。


 それでも一説がある。

 昔薔薇は高価でかつ貴重。栽培が出来るのは裕福な人たちだけだった。

 そんな薔薇を盗みに来る薔薇泥棒から、薔薇が身を守るために【棘】を付けた、とか。


 ホンマかいな、と言いたくなるが、薔薇泥棒はきっとイライラしただろう。

 このイライラが草木の【棘】、すなわち草木のトゲの意味の「苛」(いら)を繰り返して「苛苛」(いらいら)となった。


 とにかく【棘】、現代人のイライラに大いに繋がっていて、苛苛の代わりに、毎日棘棘(トゲトゲ)じゃ! と叫んでも気持ちは伝わるような気がするが……。



43―3 【椛】


 【椛】、木偏に「花」、一体どう読むのだろうか?

 これに類似したのが木偏に「華」の「樺」。これは白樺などの(かば)と読む。

 【椛】はこの「華」が「花」に変わっただけ。同様に(かば)と読む。

 また、秋になると木の葉は赤くなり、花のようになるから(もみじ)とも読む。


 えっ、もみじが花?

 そんなのどこまで行っても葉っぱじゃんと言いたくなるが、とにかく紅葉の(もみじ)なのだ。

 余談になるが、木偏に「色」の漢字「木色」も(もみじ)と読む。

 こっちの方がピンとくる気がする。


 いずれにしても【椛】には訓読みの(かば)と(もみじ)があるだけで、音読みはない。


 そんな応用がきかない【椛】だが……

 ところがどっこい、最近の人気漢字なのだ。


 赤ちゃんが生まれた。目に入れても痛くない可愛い女の子だ。

 父母はどんな名前を付けようかと、必死のパッチでネットで調べる。

 そのアクセス数が一番多い漢字、それが【椛】なのだ。


 ところが【椛】の読みは(もみじ)と(かば)だけ。

 そのためパパママは【椛】の字を使い、あーだこうだと悪戦苦闘。

 その果てに百花繚乱、いや名乗りたい放題の命名をする。

 椛(もみじ)はもちろんのこと、後は……


  椛  (いろは)

  愛椛 (あいか)

  椛杏 (かなん)

  結椛 (ゆうか)

  瑠椛 (るか)

         等々だ。


 うーん、ちょっと読むの難しいかな?

 それでも「木」の「花」の【椛】が咲き乱れる今日この頃だ。



43―4 【嬉】


 【嬉】、女偏に「喜」。

 この「喜」は太鼓に祝詞の器の「口」を添えた形で、太鼓を打ちながら舞い踊り、神を楽しませ、喜んでもらう意味だとか。

 それに「女」が付いて、人が、いや「女」が楽しむ/喜ぶことだそうな。

 確かに女性が楽しんだり喜んだりしてる様を見ると、【うれしく】なってくる。


 すなわち【嬉】は男自身が、また他人自身が積極的に喜ぶことではなく、女が笑ってる状況や事態に幸せを感ずることのようだ。


 さて、ここで…

 江戸後期、喜多村信節きたむらのぶよが書いた「嬉遊笑覧きゆうしょうらん」という随筆がある。


 嬉遊笑覧、字の通り、さぞかし女性を楽しませる書物なのだろうなとなる。

 しかれども本随筆は江戸の風俗習慣などを著した、いわゆる百科事典。確かに歴史的には勉強になり、面白いものだ。


 しかし、【嬉】という漢字を冠に被ってる以上、当然、女性がHappyになる随筆であらねばならないと思うが…、そうでもないようだ。

 「喜」は神が喜ぶこと。したがって「喜」遊笑覧と銘打った方が似合ってるのでは、と不遜にも思ってしまう。


 他に、「文恬武嬉ぶんてんぶき」という四字熟語がある。

 意味を辞書で引くと、戦争がなく平和な社会のため、文官も軍人も共に平和を喜ぶ様となってる。

 これも、平和な社会、これにより女性が喜び幸せに、これを見て軍人も満足して、【嬉しい】状態と解釈してしまう。


 ことほど左様に、【嬉】は女偏があまりにも強烈で、女性がどう喜んでいるのかが切り離せない漢字なのだ。



43―5 【飯】


 【飯】、「食」に「反」でなぜ御飯なのか?

 「反」は崖に「又」の手の形。崖に手を掛けて登ろうとする形だが、急で身体がひっくり返ることを言うそうな。


 ここからいろいろな説があるようだが、穀物のきびと/たかきびを炊き、器の中でひっくり返る「反」の粒を食べるから【飯】、それが主流のようだ。


 そして、その炊飯方法は…

 始めちょろちょろ中ぱっぱ 赤子泣くとも蓋取るな

 これは誰でも知ってる、かまどで上手くご飯を炊く方法だ。

 しかし、これだけでは不充分なのだ。


 正解は…

 始めチョロチョロ中パッパ ジュウジュウ吹いたら火を引いて 赤子泣くとも蓋とるな 最後にワラを一握り パッと燃え立ちゃ出来上がり

 これが全手順なのだ。


 すなわち炊飯とは

 米はβデンプンの固まり、だから固い。これを炊くことにより軟らかくし、αデンプンに変化させること。

 そのためには『吸水 → 煮る → 蒸す → 蒸らす』の4プロセスが必要と言われてる。


 したがって、始めちょろちょろ中ぱっぱ 赤子泣くとも蓋取るな、これでは蒸す/蒸らすが不充分。


 やっぱり――始めチョロチョロ中パッパ ジュウジュウ吹いたら火を引いて 赤子泣くとも蓋とるな 最後にワラを一握り パッと燃え立ちゃ出来上がり――これだけの工程が必要なのだ。

 きっと最近の炊飯器はこの全プロセスをカバーしていることだろう。


 しかし、ここで一人暮らしの現代人に問題が。

 ご飯は1合で充分。今流行りの3合炊き高級炊飯器では、場所も取るし、全プロセスをこなす時間もない。


 この難題に最近救世主が現れた。

 1合炊きOK、しかもチンだけで。

 しかもお値段は消費税込みで108円。百均でプラスチック炊飯容器が発売されたのだ。


 当然、筆者も飛びついた。

 なぜなら連れ合いは朝が大の苦手。そのためハムレタスマヨ・トーストでずっと一人朝食を続けてきた。


 だが、ここで

 かした米1合 30分水の中 あとは朝ドラ観ながら6分チン 続けて弁当モードで3分間 待てば銀シャリ ほっかほか


 てなことで、このように全プロセスが凝縮されたチン飯で、我がブレックファストが和食に変わりましたがな。


 いやはや、【飯】だけに、食生活もひっくり返りましたで、美味しい方にね。



43―6 【蚊】


 【蚊】、虫偏に「文」、これがなぜモスキートになるのか?

 ぶ~ん、嫌な羽音で飛んで来ますよね。

 だから、虫偏に「文」(ぶ~ん)だそうな。


 おいおいおい、ちょっと待ってくれよ! それってオモロ過ぎない。

 と叫びたくなるが、どうもこの解釈が主流のようだ。


 そんな【蚊】、やっぱり迷惑な昆虫で、デング熱で大騒ぎ。

 ヒトスジシマカによって媒介されるデングウイルスの感染症、致死率は1%。

 それに比べエボラ出血熱は90%で、報道ではデング熱は割に軽く扱われている。


 これはとんでもない話しだ。

 東南アジアに駐在時デング熱の感染例をいくつも見てきたが、10日間地獄を彷徨う苦しさだ。


 こうなれば蚊食い鳥が蚊を食い尽くすことを期待したいが、これがコウモリで、エボラ出血熱の感染源だ。


 いずれにしても「文」(ぶ~ん)という【蚊】、人に一番嫌われる漢字なのだ。


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