第15章 嘘 飛 仙 士 様 葱
15―1 【嘘】
【嘘】は、「口」偏に「虚」。
この右部の「虚」、元の意味は、丘の上に築かれた都。それが荒れ果てた状態のことだとか。
だから現存しないものが「虚」となり、「むなしい」となる。
そして、そこから「虚心」や「虚言」の熟語になり、「口」に「虚」が付いて――【嘘】(うそ)。
この【嘘】、平安時代は「偽り」であり、それから「空言」となった。そして平安末期から、【嘘】という字が使われ始めたようだ。
それから年月を経て、明智光秀は「仏の【嘘】は方便と云ひ、武士の【嘘】をば武略と云ふ」と、まるで何もかも超越したようなことを語った。
だが、結局は光秀、本能寺の変で
どうもこれからすると、あまり「武略」、つまり【嘘】がうまくなかったようだ。
さてさて、そんな【嘘】、多くの【嘘】が「嘘八百」。しかしこれには裏返しの言い方がある。
それは『千三つ』(せんみつ)。本当のことは、千に三つしかないことだ。
ということは、【嘘】が九百九十七個。まさに【嘘】一色に限りなく近い。
大坂の町人の井原西鶴は、
嘘八百以上の大嘘つき野郎だ。そして、ここから悪徳不動産屋のことを「千三つ屋」と呼ぶようになった。
しかし、この千に三つと言う数字、まことに科学的な数字なのだ。
統計学の基本に正規分布というのがある。
これは、世の中のすべての物事はバラツクものとし、おおまかに、我々が日常的に異常と感じるレベルが、もし全体を千とすれば――三つ。
その異常の領域のことを、3σ(シグマ)と呼んでいる。
井原西鶴が書いた「千いふ事 三つも まことはなしとて 千三つといふ男」、統計学的に見て、まことに異常な男なのだ。
ということで、嘘も方便、嘘は泥棒の始まり、嘘をつかねば仏になれぬ、そして、『せんみつ』と。
とにかく【嘘】には、いろいろな見方がある。
15―2 【飛】
【飛】、鳥が羽を広げて「とぶ」形だとか。
こんな【飛】、飛ぶのはなにも鳥だけではない。熟語となり、なんでも飛ばしてしまうのだ。
耳を飛ばして、「
「飛耳」は遠くのことが聞ける耳。「長目」は遠くまで見通す目。だから、意味は見聞に精通していること。
また、蚊を飛ばして、「
時は今から1100年前、菅原道真は太宰府に流された。そして詠んだ。
『
この梅、実は京の自宅にあった梅。それが道真の後を追って、太宰府まで飛んで行ったとか。
したがって、それ以来、『飛梅』(とびうめ)と呼ばれている。
なにかお魚の「とびうお」と勘違いしそうだが、とにかく『飛梅』、3月ともなれば太宰府で見頃となるそうな。
【飛】んで見に行きたいものだ。
15―3 【仙】
【仙】、「人」偏と「山」とが組み合わさっている。
そして、その意味は山中で
そんな【仙】、「水」が付いて『水仙』となる。それは雪の中で芳香を放ち、凜と咲く。だから、
松尾芭蕉はその花を、『その匂ひ 桃より白し 水仙花』と軽く詠った。さすがだね。
また、与謝野鉄幹から水仙の君と呼ばれていた与謝野晶子、多分好きだったのだろう。
『水仙は 白妙ごろも よそほえど 恋人待たず 香のみを焚く』など多く詠った。
こんな『水仙』、学名は「Narcissus」(ナルシサス)。
ギリシア神話で、美少年のナルシサスは水面に映った自分に恋をした。
だが、恋は実らず……、アッタリ前田のクラッカーと、やっぱりやつれて死んでしまう。
そして、少年は水辺に咲く花に変わった。それが『水仙』だ。
ここから『ナルシスト』という言葉が生まれたようだ。
そして中国語では、『ナルシスト』のことを『自恋』と言い、この神話は「自恋的水仙花物語」と紹介されている。
また英語では、『水仙』は「daffodil」。かって、「七つの水仙: Seven Daffodils」と言う歌があった。
悪友の高見沢一郎の訳でご辛抱願うなら……。
僕には 大きな家も 土地もない
手には しわくちゃの紙幣 一枚さえもない
けれど 千の丘に明ける朝を
君に 見せてあげたい
そして 君へのキスと
七つの『水仙』を あげよう
歌はこのような詩であるが、うーん、なんとなく恋に恋する「自恋的水仙花」、ナルシストのような雰囲気がする。
いずれにしても、【仙】という漢字、元々は「霞」を食って生きてる仙人のこと。
だからなのか、【仙】に纏わる話題、なんとなく加齢臭が……。いや「霞」ぽくって、腹応えしない話しなのかも知れないなあ。
15―4 【士】
【士】、これを「土」(つち)と読んだ輩……、ブー!
上の「一」が長く、下の「一」が短い。「土」(つち)が逆さまにひっくり返った漢字なのだ。
読みは音で(シ)、訓では(さむらい)。
そんな【士】、いろいろな字源説がある。
「土」(つち)を饅頭型に置いた形であり、かってはそれに酒を振りかけて、土の神に祈ったとか。
また他に、まさかりの刃の形だとか。
そして、【士】(さむらい)。
意味は、学問/道徳などを身にそなえた尊敬できる人物のこと。【士】は己を知る者の為に死す、それほど崇高なのだ。
だが、叫びたい。
同じ【士】でも、「西向くさむらい」もいるぞ! と。
こやつは他愛もない【士】で、
に(二月)・し(四月)・む(六月)・く(九月)・さむらい(十一月)、……、三十一日に満たない月の最後に、こそっと隠れてはります。
理由は、【士】という字が単に「十」と「一」と分解され、十一月とされてしまっただけの惨めな話しなのだ。
調べてみれば、こんな漢字分解、他にもあった。
ここはハズミとイキオイで、参考に紹介しておこう。
「喜」は「㐂」であり、下の部分で「七十七」
「半」は「八十一」
「米」は「八十八」
「卆」は「九十」
「白」は「百」から「一」足りずで、「九十九」
「茶」は草冠が「十」と「十」、それに下部が「八十八」、全部足し合わせて「百八」
「皇」は「白」が「九十九」、それに「一」と「十」と「一」、全部足し合わせて「百十一」
「王」は「千」に「一」で、「千一」
えーい、ヤケクソでもう一つ。
「四苦八苦」
これは漢字分解でなく、計算で――煩悩の「百八」
4*9= 36 と 8*9= 72
合わせて、「百八」だって。
とにかく調子に乗って、こんな付け焼き刃的なことを披露して、喜んでるようでは――【士】にはなれないのだ。
15―5 【様】
【様】、右は「羊」と「永」の合体。それは水の流れ、その水脈が長く連なるさまのことだとか。
ならば、なぜ「氵」でなく「木」偏なのか?
【様】はブナ科の落葉樹「栩」(くぬぎ)の意味があったからとか……。だが、正直よくわからない。
そんな【様】、意味は「有り様」。要は「寝様」に「死に様」など、いろいろな【様】がある。
そんな中で最も気に掛かるのが「生き様」。それは人間の「生き様」だけではない。犬や猫の動物にも「生き様」はある。また、草花や樹木にも「生き様」はある。
そして身の回りをよく観察すれば、大変お世話になってるパソコンたちにも「生き様」はあるのだ。
だが、残念なことだ。その生き様は悲劇的で、嘆きの独白が聞こえてくる。
(1) マウス
いっつもガリガリと動かされ、好き勝手にクリックされて暮らしてます。
時々、ポロッと床に落とされたり……でして。
この間なんて、餃子、キムチ、納豆食べた手で、ぬるっと握られました。
臭い、油っこい、ネバネバ、もうカンニンして下さいよ。
(2) マウスパット
いっつもマウスのヤツにゴシゴシこすられて、辛い日々です。
破れたらポイッ! ゴミ箱へ直行ですよ。
この間なんて、ニャンコが私の上にドカッと座りよりまして……。
地球滅亡の日をただひたすらに待つ、そんな呪いの毎日です。
(3) キーボード
いっつもバンバン叩かれて、もう
この間、赤ん坊がしっかりよだれ垂らしよりまして……、もうやってられません。
新品の頃のプライドも消え失せて、もう勝手にしろと居直る日々です。
(4) ディスプレー
いっつも御主人さまに、ヒステリックに睨まれて、ハラハラの毎日です。
この間も、いきなり凍結したんですよね。
御主人さまから「お前アホか!」と、罵声と唾が飛んできました。
OFF時はスッピン、もうほこりだらけで、見られたものじゃないですよ。
「ちょっとくらい磨いて下さいよ」と御主人様にお願いしても、鼻かんだ後のティッシュで、ゴリッとこすられましてね。
光り輝いていた栄光の日々を懐かしむ毎日です。
(5) USBメモリ
あれもこれもと詰め込まれて、後は忘れ去られてしまい、出番なし。
知識を一番持ってると自負してるのですが、この間なんか、ポトリとトイレに落とされたんですよね。
役に立っていた日々、一体あれは何だったんでしょうね。
いやはや「生き様」の【様】という漢字、ことほど左様に――【様様】なのだ。
15―6 【葱】
【葱】、漢字は難しいが、馴染みのある「ねぎ」。
下は「怱」で、(にわか/あわてる))と読む。それに草冠が乗せて、なぜ「ねぎ」となるのかわからない。
臭いがきつい野菜は
禅寺の山門の脇の石に刻まれてある。「
そんな【葱】だが、東日本は白ネギ。西日本は青ネギとなる。
そして、
これに酢と味噌が合わさって「ぬた」となる。
京都ではひな祭りの節句料理として、京野菜の九条葱とイカ、それを白味噌と和えて「てっぱい」となる。
かって香川県では、農繁期が終わり寒ブナを捕り、それを和えた。その寒ブナが「鉄砲」と呼ばれていたから、「てっぱい」だとか。
フナの代わりにイカを入れての「てっぱい」、【葱】の臭みとともに、春の来訪を祝う味だ。
いずれにしても、【葱】、歳を重ねるごとに、うどん、そば、ネギ焼き、それに「てっぱい」と食す量が多くなる。
【葱】、より馴染み深くなっていく漢字なのだ。
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