第13章 新 龍 雪 鰒 執 鼓

13―1 【新】


 【新】、それは「辛]と「木」と「斤」の組み合わせ。


 「辛」は大きな針の意味。

 この針を投げて、位牌を作る木を選ぶ。その当たった「木」を切り出すことが、「あたらしい」と言うことだそうだ。

 かつ、そこから作った位牌を拝むことが「親」となる。


 【新】、本来の読みは(あたらしい)ではなく、生まれ出ることの形容詞『』だとか。

 そして、新年へとあらたしく年が明けた。


 日本では年賀状。だが西洋では、クリスマス前から新年を祝う合体型のカードが送られる。

 そこに書かれてある定型文句、それは『Merry Christmas and a Happy New Year to you.』だ。

 しかし、不思議なことに、「Happy New Year to you.」の前に、『a』が付いている。

 これはきっと、「この世界でたった一つの、あなただけへの、私からの「Happy New Year」という意味だろう。


 ならば、「Merry Christmas」も『a』を付けたくなる。しかし、付いていない。

 それは神絡みで、万人のための「Merry Christmas」だからなのか?


 しかし、調べてみれば、今から160年前の1843年に、英国のヘンリー・コールが友人の画家ホースレーに作らせたこの世で最初のクリスマスカード。

 絵柄は、中央で食卓を囲んだ楽しそうな家族。その左右には、なぜか貧しそうな人たちが囲んでいる。

 そして、文句は『 A Merry Christmas and a Happy New Year to you. 』


 なんと「Merry Christmas」の前に、『a』 が付いてるではないか。

 要は、左右の貧しそうな人たちはあくまでも傍観者であり、クリスマスも新年も、特定の「あなただけ」への限定版だったのだ。

 時は経ち、心が大らかになったのか、特定ではなく、「Merry Christmas」となったのかな?


 しかし、【新】、『あらたしい』年を迎えるに当たっては、心を込めて、この世でたった一つの、あなただけへの…… a Happy New Year to you ! ……と解釈しときましょう。



13―2 【龍】


 【龍】は、【竜】の字の方が古く、中国神話の動物の姿を表す。

 それをより複雑かつ厳かにしたのが【龍】だとか。

 2012年の干支は【龍】。そんな【龍】を三つ集めた一文字漢字。

   「 龍

     龍 龍 」 →→→  龘


 これは【龍】の歩く様で、(トウ)と読む。

 そして、その上に「雲」を被せれば、

   「  雲

     雲 龘 雲 」


 これで一文字であり、84画。総画数が一番多い漢字だ。

 読みは(たいと)もしくは(おとど)。

 これは人名だそうだ。


 1960年代に、一人の男が証券会社に現れた。そして、名刺を差し出した。

 そこには……

    「  雲

      雲 龘 雲 」


 この「たいと」の名前があった。

 古今東西、この一件だけが確認されている。

 その後、このオジサン、どうもホントに「雲」の下に隠れてしまったらしい。いわゆる雲隠れってことかな?


 さてさて、そんなお騒がせな【龍】、いつも手にしている玉が――如意宝珠にょいほうじゅだ。

 意のままに願いを叶えてくれる龍玉、いわゆるドラゴンボール。


 欲しいものだが、龍は決して手放さない。

 なぜなら、龍は転生する前、人間だった。その一杯の煩悩がそこに封じ込められてあるからだ。

 そんなドラゴンボール、人間に渡したら、再び煩悩が飛び出してきて、何をしでかすかわからない。危なかっしくって……。 


  角は鹿、頭はラクダ

  眼は鬼、身体は蛇

  腹ははまぐり

  背中は鯉、爪は鷹


  掌は虎、耳は牛

  長髯で、背に八一枚の鱗

  そして、喉下には一尺四方の一枚の逆鱗げきりん


  秋になると淵の底に潜み、春には天に昇る

  また啼き声で嵐を呼び、竜巻となり天空に昇り

  自由自在に飛翔する

 そんな爬虫類? いや、【龍】が申しておりますが、夢は自分で叶えろ! と。


 おいおい、つれないぞ!

 やっぱり欲しいなあ、如意宝珠の――【龍】玉が。



13―3 【雪】


 【雪】、この字は、秒速1メートルで、空から舞い落ちてくる「ゆき」の様を表しているとか。

 そんな【雪】、球でもなく四角形でもない。あくまでも六角形の結晶なのだ。

 それは水分子が平面方向に凝集していく過程で、酸素の周りの三つの水素が等価に水素結合。つまり、それぞれが120度の角度で手を結んでいくからだ。


 こんな解釈に、「うーん、なるほど!」となるかどうかは……別として、【雪】は六花(りっか)、天花(てんか)、風花(かざはな)とも呼ばれる。

 そして叙情的な世界へといざなってくれるのだ。


 さらに、そこに「女」が付けば、『雪女』となる。もうこれは神秘の極みだ。

小泉八雲の小説 『雪女』

 木こりの茂作もさくと若い巳之吉みのきち、ある夜、雪女が訪ねてきた。

 だが、茂作は殺され、巳之吉だけが生かされる。

 その理由はまことに明白。巳之吉の方がイケメンだったから。

 そして雪女は消えて行った。それから時は流れ、巳之吉はお雪という女と恋に落ちる。そして10人の子供もできて、幸せな日々。


 だが不思議なことだ。お雪は歳をとらない。

 巳之吉は言う。

「お雪は、あの時に会った女、そう、『雪女』のようだ」と。


 おきてがあった。雪女に『雪女』と呼んではならないのだ。

 これで、お雪は消え去ってしまった。

 そして、巳之吉に残されたのは、10人のガキンチョが……うじゃ、うじゃと。

 この物語の感想を、もし関西風に述べさせてもらえば――「あっちゃー! えらいこっちゃ!」


 【雪】、それはなにもロマンチックな世界だけではなかったのだ。

 こんなにも人間くさい世界もあったのだ。



13―4 【鰒】


 【鰒】、これでは読めない。「河豚」と書けば、(フグ)と読める……かな?

 それにしても、なぜ「河の豚」なのか?


 これは豚のような姿ではなく、危険を察知すると豚のように鳴くからだとか。

 豚の鳴き声は確かブーブー。フグって、そんな鳴き声なの、ホント? と訊きたくなるが……、誰も知らない。


 さてさて、冬の旬は【鰒】。

 「フグは食いたし命は惜しし」

 その肝臓は命懸け。それでも食べて、あの世行き。

 それでは安全なところで、暖まる「てっちり」。そして、美味な「てっさ」。


 【鰒】の俗名は、当たったら死ぬから「鉄砲」。

 鉄砲がちりちりと縮こまる鍋が――「てっちり」。

 ちょっと馬鹿にしてないかと言いたいが、鉄砲の刺身を略して「てっさ」と言う。


 薄造りで、皿の絵柄が透けて見え、

 それらを箸で、4、5枚ごごごいっとすくい上げ、

 ぐるぐると箸に巻き付けて、もみじポン酢にドボンと漬け、前歯でしごきとり、ガボッと、大阪の一番人気の女優・藤山直美さんが一口で。


 これぞ究極の食道楽だ!

 そんな対談グルメ番組を観ながら、「鉄砲の刺身」、一生に一度で良いから、そんな食べ方してみた~い。

 と、うらやみながら、柿の種を口一杯に頬張って、【鰒】のヒレ酒ならぬ、梅干し入り焼酎お湯割りを……ぐびぐびと。


 いやはや、ヤケクソで飲み過ぎたら、こちらの方が【鰒】より危険かも。



13―5 【執】


 【執】、左部の「幸」の古い形は、両手にはめる手かせ。右部の「丸」の古い形は、両手を差し出している形だとか。

 これで罪人をとらえる意味らしい。

 そして、「執着」、「固執」、「執念」などの熟語を作る。


 いずれも手かせをはめられた罪人のように、とらわれの身となる。

 この意味合いを、英語ではフェティシスト「fetishist」と言う。いわゆる『フェチ』だ。

 世間では足フェチに胸フェチ、そして太っちょフェチ……、いろいろなフェチがあるようだ。


 で、あなたは何フェチ?

 我が悪友、高見沢一郎の場合は、不埒ふらちにも――『え』付きフェチ。

 この場を借りて、高見沢のフェチを彼の言葉で紹介させてもらえば、

 (1) えくぼ

      ぺこりと凹んだえくぼ、めっちゃ可愛いんだよなあ

 (2) えりあし

      乱れた後れ毛が……、そんな襟足、ぞくぞくっとするよ

 (3) えら

      ちょっと張り気味の角張り女性

      なにかそこに引っ掛かってみたい、そう思いませんか?


 さらに、高見沢曰く。極上大吟醸の「え」付きがある。

 それは……京言葉の語尾の『え』。これで囁かれたら、イチコロ!

     どないしゃーはたん え

     もっときばらな あかん え

     あて あんさんを 好いとるん え

                       などなど


 悪友の高見沢一郎は、この『え』に――【執】。

 しっかり手かせ足かせをはめられてしまっているようだ。



13―6 【鼓】


 【鼓】、左部はまさに「つづみ」の形。右部は「打つ」の意味。

 鼓を打って元気づけることを「鼓舞」。

 世の中が治まり、充分食べられる。腹を打って満足に暮らすことを「鼓腹」(こふく)という。


 こんな生活臭のある【鼓】。

 これが天に昇ると、ロマンチックにも――『鼓星』(つづみぼし)となる。


  木枯らし途絶えて 冴ゆる空より

  地上に降りしく すしき光よ

  もの皆いこえる しじまの中に

  きらめき揺れつつ 星座はめぐる


 冬の星座、それはなんと言ってもオリオン座。

 このオリオン座の和名こそが――『鼓星』なのだ。


 オリオン座は海の神ポセイドンの子であり、美男子の巨人。しかし、乱暴者の漁師だった。

 すばるの姉妹を追い回したり、動物を虐めたり。そして冬の間、高い所に上がって威張ってる。

 これを見かねた大地母神ガイア、さそり(さそり座)を使って、毒針で刺し殺してしまう。

 これ以降、オリオン座はさそり座が怖い。

 だからなのだ。夏の星座さそり座が東の空に上がる頃になると、オリオン座はそそくさと西の空へと逃げて行ってしまう。


 そんなオリオン座、真っ赤に輝くベテルギウス「源氏星」、青く輝くリゲル「平家星」など、澄み切った冬の夜空に豪華に輝く。


 それは【鼓】を打ち鳴らしたように、いよーてんてけてんと煌めく。

 きっとそう感じたのだろう。

 この日本の、いや、まほろばの古人いにしえびとたちは『鼓星』――(つづみぼし)と呼んだのだ。



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