第12章 乾 曜 縮 羅 薯 年

12―1 【乾】


 【乾】、元の字は車に立てた吹き流しがはためく形だとか。

 晴れた天候であり、それが「乾いている」という意味になる。

 また、この【乾】、中国に伝わる易、八卦において、【乾】は「戌」(いぬ)と「亥」(い)との間の北西の方角。だから、(いぬい)とも読む。


 そして【乾】、師走ともなれば忘年会。 

 あちらこちらで「乾杯」、杯を乾かす掛け声が聞こえてくる。だがこの「乾杯」、所変われば言い方が変わってくる。

 中国は「干杯」(ガンベイ)、割に近い。

 英語は「チアーズ」、フランス語は「アボートゥル サンテ」

 スペイン語では 『サルー』(salud)


 友人の結婚式、スペイン在住の悪友に乾杯の音頭を頼む。

 新郎新婦の幸せを願って、乾杯をさせてもらいます。皆さまの御唱和を高らかにお願いします。

 それでは……、サルー! (去るー!)

 親族一同からブーイングの嵐が……。


 これがイタリア語の友人となるとちがう。

 皆さまの御唱和を、高らかにお願いします。

 それでは……、チン チン! (Cin Cin!)

 親族一同が椅子からずっこける。


 で、最近の日本では、横向きに、

 とにかく絵文字的に ( ^_^)/U☆U\(^_^) 乾杯!


 【乾】が、ここまで進化してしまったのだ。



12―2 【曜】


 【曜】は、元々日光が輝く意味。だが、一週間は七曜星となる。

 日曜日は太陽が輝き、月曜日は月が輝く日。


 ならば土曜日は?

 土星が輝く土曜日。ちょっと暗すぎないか?

 天体写真で冠をかぶった土星、もうちょっと光れよと言いたくなる。


 そんな【曜】、国宝に「曜変天目茶碗」(ようへんてんもくちゃわん)がある。

 漆黒の釉面に結晶による斑紋が群をなし、瑠璃色の美しい光彩を放ち、妖しく光り輝く。宇宙を茶碗の中に閉じ込めた様と評されてる。


 こんな深い青の輝きを曜変させる茶碗、世界に三つしかなく、いずれもが日本にある。

 そんな希少な茶碗、秀吉が信長に献上しようと思っていたが、家康が調子に乗って、どうもガッチャンと割ってしまったようだ。

 それ以来のことだ。秀吉と家康の仲が悪くなったのは……、と裏伝説にもなっている。


 こんな「曜変天目茶碗」、とにかく茶碗の突然変異。

 過去に陶芸家が幾度となく再現しようと挑戦してきたが、未だ完成していない。


 しかし、この妖しく青く輝く【曜】、人をとりこにし、多くのロマンを生んできたのだ。



12―3 【縮】


 【縮】、右部の「宿」に「ちぢむ」の意味があるとか。

 そして縮むのは距離や物だけではない。言葉も縮むのだ。

 世の中、短縮語が氾濫している。


 マクドナルドは関東でマック、関西ではマクド。

 ケンタッキーは関東でケンタ、関西ではケンチキ。

 他に婚活にアラフォー、アラカン。セクハラにパワハラ、メル友に、こんな死に方をしたい――PPK(ピンピンコロリ)――等々。

 ならば、もの書き創作活動は「カキカツ」、「ソウカツ」になるかな?


 一方、言葉には「縮小辞」というのがある。要は「なになにっこ」だ。

 東北地方では「べこっこ」に「ねこっこ」、一般的には「ぶりっこ」など。とにかく「なになにっこ」は「ちょっと可愛いね」の意味を持つ。


 そして、これがスペイン語となれば、男性名詞には「~ito」(~イート)、女性名詞には「~ita」(~イータ)。まさに、これらの付けまくりだ。

 日本語で言えば、なんでもかんでも、「なになにっこ、可愛いね」と言ってるようなもの。


 その代表が、朝から晩まで、男性は女性に「ボニータ」(可愛い)と言うのが務め。この「bonita」の「~ita」(~イータ)が縮小辞。

 参考に2、3並べてみると

 「poco」   : ポコ     意味は「少し」

 「poquito」  : ポキート   これが「ほんのちょっぴり」に

 「chico」   : チコ     意味は「子供」


 「chiquito」  : チキート   これが「お子ちゃま」に

 「gato」    : ガト     意味は「猫」

 「gatito」   : ガティート  これが「子猫ちゃん」に


 他に人の名前、それらまでも可愛く、とにかく「なになにっこ」の付けまくりだ。ラウラはラウリータに、カタリナはカタリーナと。


 ならば日本では、新生児、女の子の人気ある名前は――陽菜と結衣。

 ちょっと可愛いく、スペイン風には――「ヨウニーナ」と「ユイーナ」になる。

 では男の子の名前の一番人気は――「大翔」


 されど……???

 こんなの読めませんがな。これ、「縮小辞」以前の問題。

 調べてみれば、どうも「はると」と読むらしい。

 しかもパソコンで変換可。知らなかった。

 で、結果、めでたく「ハルティート」となりやんした。


 いやはや【縮】、同じ縮めるにしても、いろいろだ。



12―4 【羅】


 【羅】とは、鳥や小動物などを捕獲するための網のこととか。

 そして、その字の前に、衣がひるがえる様を意味する「娑」が付いて『娑羅』(さら、しゃら)となる。

  祇園精舎の鐘の声

  諸行無常の響きあり

  娑羅双樹しゃらそうじゅの花の色

  盛者必衰のことわりをあらわす


  おごれる人も久しからず

  ただ春の夜の夢のごとし

  たけき者もついには滅びぬ

  ひとえに風の前の塵に同じ


 これは平家物語の冒頭の言葉。

 この意味を簡単に解釈すれば、祇園精舎の鐘の音には、永遠に続くものはないという響きがある。

 娑羅双樹の花の色はそれを表してる。春の夢のようなものであり、栄えた者も塵のように滅びていく。


 この文中に、娑羅双樹の花の色は盛者必衰の理をあらわすとある。

 ならば実際、どのような花で、どんな色なのだろうか。

 それは夏椿に似ているが、別種。


 娑羅双樹の花、京都妙心寺みょうしんじ東林院とうりんいんで、毎年6月に公開される。梅雨時に咲き、1日で散っていく儚い白い花なのだ。

 庭園の緑の苔に、白い花がはらはらと落ちているさま、生滅流転の儚さを充分かもし出す。


 【羅】は、『娑羅双樹』の花の色となり、それはまさに盛者必衰の理を思い至らせてくれる。



12―5 【薯】


 【薯】は、訓読みで(いも)、音読みで(ショ)。意味はいわゆる「芋」(いも)。

 だが、「芋」は太くて長い形の意味があり、【薯】は太くて丸くて、蓄える意味があるとか。

 これは長芋とジャガイモ(馬鈴薯)の差か?


 しかし、【薯】、「薯蕷」/「自然薯」/「捏ね薯」と熟語を作るがほとんど読めない。 「とろろ」に「じねんじょ」、そして「つくねいも」だ。

 一方、ジャガイモ(馬鈴薯)は肉じゃがの材料となる。


 京都府の日本海側に海軍の町、舞鶴がある。

 舞鶴湾はその湾口の幅が700メートルしかなく、軍事の視点から自然の良港。 

 そのため、1901年に舞鶴鎮守府(ちんじゅふ:艦隊を後方から統轄する海軍基地)が開かれた。


 その初代長官が英国留学帰りの東郷平八郎とうごうへいはちろう

 当時は、航海中の水平さんに脚気かっけが多く、何か栄養の良い食事はないかと、東郷さんは考えた。そして思い付いた。

「そうだ、エゲレスで食べたビーフシチューが良い!」と。


 早速料理長に「ビーフシチューを作れ」と命じたが、そんなの知りませんがな。

 で、「肉とジャガイモを入れて、とろっと煮ろ」と教えたら、「とにかく作ってみましょう」と醤油と砂糖でぐつぐつ煮てしまった。

 ここに日本初の肉じゃがが出来上がったのだ。


 だが、最近異論が出てきた。同じ軍港の呉の方から、「肉じゃがの発祥地は呉じゃ」と宣戦布告。

 これが世に言う……、多分永遠に和睦しない『肉じゃが戦争』。


 ただ救いは、二つの「肉じゃが」には若干の違いがある。

 舞鶴の肉じゃがは男爵いもにグリンピース入り。

 呉の肉じゃがはメークインにグリンピースなし。

 いずれにしても、【薯】、話題に良い味を出してくれている。


 参考に、海軍厨房の肉じゃがレシピをどうぞ。

  所要時間は、きっちり34分

  1. 開始   油入れ送気

  2. 3分後  生牛肉入れ

  3. 7分後  砂糖入れ

  4. 10分後 醤油入れ

  5. 14分後 蒟蒻(こんにゃく)、馬鈴薯入れ

  6. 31分後 玉葱入れ

  7. 34分後 終了


 おいおいおい、ここにはグリンピースが入ってないぞ。



12―6 【年】


 【年】は、「禾」(いね)の形をした被りものと、「人」の組み合わせ。そして、稔りを願って田の舞をする人の形だとか。

 それは1年に一度稔る、だから「とし」となる。

 そんな【年】は時間の単位であり、一年は365.2422日。こんな時が止まることなく流れていく。

  宇宙誕生     137億年前

  地球誕生      46億年前

  生物誕生      40億年前

  恐竜         3億年前

  新人類誕生     20万年前

  邪馬台国    1800 年前

  江戸時代     400 年前

  昭和        88 年前


 そして、新たな年へと。

「一年の計は元旦にあり」、これは中国の明代の馮應京ひょうおうきょうが年中行事や儀式を解説した『月令広義げつりょうこうぎ』という本の一節。

 (1) 一日の計は晨(あした:朝)にあり

 (2) 一年の計は春(正月)にあり

 (3) 一生の計は勤にあり

 (4) 一家の計は身にあり


「一年の計は元旦にあり」は、(2)から言われている。

 また(3)の「勤」は仕事、(4)の「身」は生き様だとか。これらが「四計」だと説明されている。

 ならば、新たな年を迎えるにあたって、一年の計画をしっかり立てたいものだ。


 そして初夢は――「一富士 二鷹 三茄子」 

 その続きの六等賞まで、OK! 四扇よんせん 五煙草ごたばこ 六座頭ろくざとうまである。


 六つもあれば、どれかの夢を見るだろう。

 これで新しい【年】は、きっと良い年になるぞ!




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