第11章 絆 楽 川 探 姫 虹

11―1 【絆】


 【絆】、馬を繋ぎ止めておく綱のこと。平安時代の辞書「和名抄」に、この意味で載っているとか。


 熟語は、行動を束縛する「覊絆きはん」、足に巻き付ける「脚絆きゃはん」、他に馴染みの「絆創膏ばんそうこ」がある。

 四字熟語では、座右の銘にしたいと人気のある「不屈不絆ふくつふはん」。どんな困難にあっても挫けず、束縛も受けない、「独立自尊」と同等の意味とか。


 そんな【絆】(きずな)、2011年の漢字一文字となった。

 地震、津波、原発の大きな三災害があり、その復興に向けての家族、友人、国民の【絆】が注目された。

 だが、この【絆】という字、訓読みでは【絆される】(ほだされる)。

 情に【絆】されて、金を貸してしまったなどと、あまり良い意味では使われてこなかった。


 夏目漱石は草枕の冒頭で言った。

「智に働けば角が立つ。情にさおさせば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と。

 この「情に棹させば流される」が、「情にほだされる」ということらしい。


 しかし、今回、【絆】は馬を繋ぎ止めておく綱から格上げされ、さらに「情に絆される」という世界から解き放たれた。

 つまり人間社会で大事な人と人との【絆】、「愛」という字と肩を並べる漢字へと進化したのだ。


 ということで、【絆愛】(きずなあい、はんあい)という熟語がそろそろ生まれても良いものだが。



11―2 【楽】


 【楽】、元の字は【樂】

 木に「繭」(まゆ)のかかる様を表した「櫟」(くぬぎ)の木、その象形だとか。

 また、木に鈴を一杯付けた祭礼用の楽器の象形だとか。

 いずれにしても浮かれ出したくなる字体だ。


 「楽は苦の種、苦は楽の種」

 世間ではこんなことが言われてるが、「楽は生の種」なのかも知れない。


 そんな【楽】、人によってその味わい方はそれぞれだ。

 歌を唄って楽しい。ものを書いて、気分が高揚する。絵を描いて、時を忘れる。

 みんなの楽しみ方は様々だ。しかし、そこには共通点がある。

 【楽】の真っ最中、脳内ではドーパミンという物質が溢れ出ている、


 ドーパミン、それを化学記号で表せば、ごく単純な「C8H11NO2」。

 とにかく炭素、水素、窒素、酸素の組み合わせだけで、もう幸せ気分。

 ならば、もっと楽しい気分になるためには、もっと「C8H11NO2」を増やせば良い。ネットで調べてみれば、増やし方の一番目の答が――「神を信じること」だった。

 これって、どやさ? ……と叫んでしまったが、不謹慎かな。


 それでは信心深くない一般市民、脳内ドーパミン「C8H11NO2」を増やすために何をすれば良いのだろうか?

 さらに調べてみると、答があった。

 レバーを食べろ、と。

 いやはやレバーね、となるが……。


 されどだ、神を信じることより、こちらの方がなんとなく信憑性しんぴょうせいがあるような気がしてくるから不思議だ。

 ひょっとすると、ニラレバ炒めは【楽】の種なのかも知れないぞ。



11―3 【川】


 【川】、勢いよく流れる水の形だとか。

 そんな【川】、日本ではありとあらゆる所で流れている。そして一番長い川は信濃川だ。

 ならば一番短い川は?

 それは那智勝浦にある。なんとその長さ、たったの13.5メートル。


 こんなのただの水たまりだよと言いたくなるが、正真正銘の二級河川なのだ。

 その上に、この川は奇妙なことに、いつも川底からぶつぶつと水が湧き出しているそうな。

 だから名前は――「ぶつぶつ川」だって。


 ズルッと滑りそうになるが、一度自分の目で確かめてみたいものだ。

 しかし、♪~♪

 知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道……

 いくつも 時代は過ぎて

 あ~あ 川の流れのように とめどなく…… ♪~♪


 こう歌えば、【川】は実に情緒が出てくる。そして人はいつも思うのだ。

 長さ13.5メートルの「ぶつぶつ川」は別として、川の源を確かめてみたいと。

 穏やかな川の流れから上流へと向かうと、まず鮎が泳ぐ清流となる。そしてさらに山へと入って行けば、そこには岩魚いわなが棲む渓流がある。そして、そこには冷涼れいりょうで神秘な世界がある。

 人はなかなかそこまでは足を踏み入れることができない。そのためなのだろう、余計にそんな自然の中へと身を置いてみたくなる。


 とにかく【川】という字、下から上へと、つまり人を源流へといざってくれるのだ。



11―4 【探】


 【探】、穴の中で火をかざしてものをさがす意味だとか。

 歳を重ねてくると、毎日探し物の山だ。

 常に未発見物3、4点は抱えた状態で、とりあえず暮らしている。


 ならば、探し物が今すぐに出てくるアクションは何だろうか?

 調べてみれば、そのアクションは3つあるとか。参考に紹介しておこう。


 (1) 呪文「にんにく、にんにく」と唱えながら、探すこと。

     小悪魔が悪ふざけで隠している。

     だから、嫌いな「にんにく」で嫌がらせをし、白状させる、という方法。


 (2) 井上陽水の「夢の中へ」

     ♪ 探し物は何ですか、それより僕と踊りませんか ♪ と歌って、探す。

     要は歌って、小悪魔を油断させておいて、見つけるという方法。


 (3) ドラえもんに頼む

    『なくし物とりよせ機』をポケットから出して、どうも貸してくれるらしい。

     これを使って、探し物をとりよせる。

     世間では、これが一番人気らしい。


 このような3方法だが、我が経験からすると、にんにく呪文で7、8割の探し物発見実績がある。


 しかし、天下のマーフィーも探し物には随分苦労したようだ。

 マーフィーの探し物の法則では

  (1) 探し物は、一番最後に探す場所で見つかる。

  (2) 最後に探す場所で見つかるというわけではない。

     最初に探したのに、一回目では発見されないだけだ。

 さらに居直ってしまって、

  (3) 失くしたものを見つけるには、新しく買えばいい。


 いずれにしても【探】、穴の中で火をかざして、ものをさがす意味。

 そんなの、やっぱりそう簡単には見つからないぞ。



11―5 【姫】


 【姫】、右の「臣」は元々乳房を表す。それが「女」と組み合わされ成人した女性のこと。そして時を経て、高貴な人の娘の意味となる。

 こんな【姫】、西洋で有名なのがオーストリア/ハンガリー皇紀のエリザベート(1837年~1898年)だ。


 愛称はシシー。

 その生涯は波瀾万丈だった。ここで、その生涯を振り返ってみよう。


 名門の公爵こうしゃく一家に生まれたシシーは、おてんばさん。馬には乗るは、町に出ては銅貨を投げてもらうはの、まるっきりお嬢さんぽくない娘だった。

 だが15歳の時、姉のネネとセットで、オーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフと見合いをさせられた。


 シシーは気に入られ、政略結婚成立。

 しかし結婚したら、やっぱり嫁姑問題が起こる。

 シシーは馴染めず、宮廷のしきたりを完全無視して、ビールは飲むはの大反発。

 そして不幸が。

 1857年(20歳)の時に、長女を突然亡くしまう。

 これで、今で言う心身症になり、その療養にと旅に出る。行った先は大西洋のポルトガルの先っぽにあるマデイラ島。美しい島だ。


 だが、さらに不幸は続き、1898年、政略結婚させた長男のルドルフが、16歳の令嬢マリーと狩猟小屋で情死(暗殺の疑いも)。

 シシーはショックを受け、その後喪服姿で生きていくこととする。


 こんなシシーの一番の理解者が、従兄弟のルートヴィヒ二世。これがまた奇人で、ワグナーのオペラに入れ込んでいた。だが、ただあの美しい新白鳥城を作る。

 そして湖で溺死。これが世界のミステリーの一つとされている。


 シシーは、1898年9月10日、スイスのジュネーブのレマン湖、蒸気船に乗るために歩いていた。そこのところを、ルイジ・ルケーニという男に刺され、その一生を閉じる。

 動機は――「誰でもよかった」

 こんな呪われた、しかし、奔放に生きようとしたエリザベート(シシー)、たくさんの「死」とともに生き、享年60歳で生涯を終えた。


 【姫】という漢字、古今東西、そこには常に波瀾万丈のドラマがつきまとうものなのだ。



11一6 【虹】


 【虹】、「虫」と「工」の組み合わせ。

 「工」は上部に反る工具のこと。

 そして、「虫」は爬虫類の形。したがって【虹】は、にじに棲む反り返る竜のことだとか。


 そんな【虹】、ゲーテは言った。「虹だって15分続いたら、人はもう見向かない」と。

 確かにと思うが、なんと情緒のないことか。


 その点、インディアンは違う。

 作者不詳だが、有名な詩がある。それは「虹の橋」。先立って逝ったペットたちへの思いなのだ。

 亡くなったペットは、虹の橋のたもとにある楽園に行き、飼い主をずっと待っている。

 飼い主がこの世を去った日に再会する。 

 かってのペットが全力で駆けて来てくれて、顔中に一杯キスしてくれると言う。

 そして一緒に虹の橋を渡って、天国へと行くのだ。


 そう言えば、もう一度逢いたい昔のペットたちがいる。

 もっと散歩に連れて行ってやれば良かった。もっと美味しいものを食べさせてやれば良かった。

 まず謝らなければならないのかも知れない。


 だが、いつか一緒に【虹】の橋を渡って行きたいものだ。

 それまで待っていてくれるか、ちょっと自信はないが……。


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