第32章 梵 業 玉 綺 暑 麦

32―1 【梵】


 【梵】、「林」に「凡」、時々見かける漢字だ。(ハン/ボン)と読み、風が木の上を吹き渡って行く様だとか。


 古代から中世、インドで用いられた言語、サンスクリットのことを【梵】という。バラモン教の最高原理のことであり、「梵天」のように仏教に関する物事の前に付く語だそうな。


 そして、【梵】は(そよぎ)と読む。

 「けがれなき清浄」/「真理をつく」という意味があり、かつ響きが良いことからこの漢字を使うことが静かなブームとなっている。

 日本酒にレストラン、そしてマンションなど【梵】(そよぎ)と多く名付けられている。


 こんな【梵】、広島県では【梵】さんという名の方がいるとか。

 調べてみれば、日本名前順位で約7万位、全国で20人ほどおられるとか。貴重な名前で、うらやましい限りだ。


 そして昔においても、【梵】は価値があったのだろう。

 伊達政宗の幼名がなんと「梵天丸」。

 梵天は仏教の守護神、政宗はその子供として名付けられた。藩主の願いが込められたものと想像できる。


 こうなってくると、【梵】という漢字を使いたくなるから厚かましい。

 例えば「凡人」、これを『梵人』と言い換えたいが……、鉄面皮過ぎるかな?



32―2 【業】


 【業】は象形文字。

 えっ、どこが? となるが、楽器を並べて懸ける器の形だとか。

 どうも上部は吊り下げるための、ぎざぎざのある木が横向けに渡してある。そして下は台座だそうな。


 うーん、【業】ね、なんとなくそう見えてくるから不思議だ。

 鐘や鼓の大きな楽器がこれ見よがしにそこに懸けてある。そんな状態は大げさであり、『業業しい』と言ったとか。その後「仰仰しい」になったようだ。


 そんな【業】、これにはいろいろな字がつき、数え切れないほどの熟語を作る。

 しかれども、事業/工業/商業と、いわゆるすべて仕事絡みだ。そして任務を受け仕事する意味の「務」と一緒になって、「業務」となる。


 サラリーマン社会では業務委託に業務妨害、そして業務不履行。このように業務が含まれる言葉はずしんと重い。


 しかし、その抑圧をふうっと解放してくれる魔法の言葉がある。

 それは――『業務の一環』


 飲み会もゴルフもすべて――『業務の一環』。

 果ては、社内のちょっと可愛い女性社員を食事に誘っても、それは――『業務の一環』だ。

 と、自分に言い聞かせれば罪悪感はどこかへ吹っ飛んで行く。

 こうなれば何でも『業務の一環』だ。

 気が付けば、いつも呪文のように唱えてる。たとえ部長の前で、そして女房の前でも言い放っても、すべてが許されたような気分になる。

 もう手放せない言葉、それは『業務の一環』なのだ。


 サラリーマンたちはいかにこの言葉に救われ、サバイバルしてきたことか。こんなことから座右の銘にしたヤツまでいるのだから、戒名も「釈業務之一環」にすれば良い。


 いずれにしても【業】という漢字、すべての熟語は重々しい。

 だが、その中でたった一つ、この『業務の一環』だけが、こよなく愛されているのだ。



32―3 【玉】


 【玉】、元々の字は「王」、三つの玉をひもで結び貫いた形だったとか。


 そしてもうひとつの「王」、王様の「王」(おう)は大きなまさかりの頭部の形。

 かってまさかりの刃の部分は王位を表し、王座の前に飾られていた。そこから王のシンボルとなり、君主の意味となった。

 以上のように、元々「王」には二つの意味、三つ玉と君主があった。


 しかし、これではこんがらがる。これらを区別するため「王」に点を付けて、三つ玉の方は【ぎょく】、翡翠ひすいの宝石としたそうな。

 これで――【たま】にきずになっとか、これは冗談かな?


  シャボン玉飛んだ

  屋根まで飛んだ

  屋根まで飛んで

  こわれて消えた

 同じ【玉】でもシャボン玉はすぐに壊れる、とされてきた。

 しかし、いろいろ試行され、その結果、最近は割れない。


 割れないシャボン玉の作り方、それはぬるま湯に洗剤/グリセリン(薬局で購入可)を1:1:3で混ぜたら良いとか。


 いずれにしても、玉磨かざれば光なし。

 【玉】は労を惜しまなければ、高価な翡翠から遊びまで、いろいろ楽しませてくれるのだ。



32―4 【綺】


 【綺】、斜めの模様が綾織りされた光沢ある絹織物のこととか。

 これに薄絹の意味のある「羅」が付いて『綺羅』となる。いわゆる今流行りの「キラキラ」だ。


 キラキラネーム、注目を浴びている。希空に澄海、琥珀、結愛、心美とあり、そして心愛、大翔。これらが人気があるとか。

 しかし、読めませ~ん。

 答えは――のあ、すかい、こはく、ゆあ、ここみ、ここあ、ひろと――だと。


 だが驚きだ。ほとんどがPCでひらがなから漢字変換できた。

 できなかったのは「のあ」と「すかい」だけ。後は一発変換、すでに市民権を得てるということか。

 そして、こういうのをDQNネーム(ドキュン)とも言うらしい。


 さらに範疇を広げれば、オノマトベ(フランス語)。

 これは猫をミャオミャオと呼ぶ擬音語、他に擬態語、感覚語などを総括している。

 つまりキラキラという言葉、それはオノマトベの一つになる。

 そして、こんなのを普段から使えば、なにか時代の最先端を走ってるような気分になってくる。


 が、そんな舞い上がってる気分に水を差すようで申し訳ないが……。

「見上げたまへれば、 人もなく、月の顔のみ として」とか、「御容貌かたちなど……隈なくにほひ しく」と。


 これは1000年前の源氏物語の一説。まさに紫式部はキラキラを多用していたのだ。

 そしてキラキラネームもてんこ盛り。

 光源氏を筆頭とし、藤壺中宮に夕顔、花散里に末摘花、そして浮舟に匂宮。

 このように1000年前にすでにキラキラネームだらけだったのだ。


 綺羅綺羅の【綺】という漢字、神代の昔からいろいろなものを輝かせ、そして今も衰えないパワーを持っているのかも知れない。



32―5 【暑】


 【暑】、「者」の上に「日」があり、日光が照り、「暑い」ということらしい。


 それにしても、近年の夏は異常気象。とにかく暑い。感覚的には「熱い」と言いたいが、この言い方は少し違うようだ。

 要は、気温が高いことにはあくまでも【暑い】の字を使い、気温以外のもの、例えばスープとか鉄、その温度が高いことを「熱い」という。


 さて、日本の最高気温は何度だろうか?

 2007年8月16日、埼玉県熊谷と岐阜県多治見で40.9度を記録した。

 そして2013年、7月の初旬にもかかわらず猛暑日(1日の最高気温が35℃以上の日)が続いた。


 年初にNASAは発表した。過去最高に暑いと。毎年この調子で行けば、すぐに40.9度の記録を破りそうだ。

 確かに地球温暖化の事実が確認できる。明らかに過去データーを見れば、ここ30年の平均値に比べ、最近は2~4度高温だ。


 さらに年とともにより暑くなってきている。

 実感としては、50年前、夏の気温は30度前後だった。それが今は35度以上になったのだから、地球の何かがおかしい。

 日本の夏は、これから一体どうなって行くのだろうか?


 「暑さ寒さも彼岸まで」

 こんなことわざも遠い昔のものになってしまった。

 それに代わって、も彼岸まで……になるかも。



32―6 【麦】


 【麦】、上部はムギの形であり、下部は足跡を逆さにした形。これで麦踏みしている意味だとか。

 こんな【麦】に「酒」が付けば「麦酒」――ビールだ!


 「ビール一杯と命の保証さえ手に入れることができたら、名誉なんかくれてやってもいい」

 シェイクスピアは作品「ヘンリー五世」の中で、主人公にこう言わせた。


 うーん、確かに。

 筆者には名誉なんてないが、1杯のビールで命は蘇生する。夏の暑い日はとにかくビール、グビグビと。美味い!


 ビールは発芽した大麦の麦芽をビール酵母で発酵させて作られるとか。

 そんなビール、慶長八年(1613年)に長崎の平戸に入り、それから徳川吉宗に献上された。

 その味は……決して美味しいものではなかったそうな。

 それでも長崎の出島で醸造され、各地に広まって行ったようだ。


 そして最近ブームになっているのが黒ビール。特に競馬場に行けば、やっぱ黒でしょ! となる。

 焙煎され、少し焦げた味。それが脳を活性化させ、ドーパミンが溢れ、勘が冴え渡る。

 万馬券的中も……、そんな気にさせてくれるから不思議だ。


 ことほど左様に、【麦】という漢字、「酒」を従えて、夏に、遊びに、ギャンブルに、なくてはならない飲み物になったのだ。




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