第49章 底 友 蘇 琴 鮮 蜂

49―1 【底】


 【底】、「广」の中にある字はナイフで底を削って平らにする意味。

 「广」は建物の屋根の形であることから、建物の底辺の平らなところを【底】(そこ)と言うらしい。


 しかし、【底】は建物だけではない。海にも川にも井戸にもある。

 そして湖にもある。


 日本で一番大きな湖、それは琵琶湖。400万年の歴史を持つ世界で3番目に古い古代湖だ。

 そして今の形になったのが40万年前とされている。


 当然、この間、湖底には人の手が入っていない。静かに眠り続けてきたと考えて良いだろう。


 ということは、宇宙からの飛来物、たとえば隕石などが、百年に1個落下したとしても……、手つかずに4000個はあるということだ。

 これはひょっとして、湖の底であるにも関わらず宝の山なのかも知れない。


 しかし、これ以上に、とんでもないミステリーがあったのだ。

 近年、湖底から100箇所に及ぶ縄文、弥生時代の湖底遺跡が発見されている。


 多くは東岸地区で、水深5メートル前後の【底】からとなっている。

 これは時代とともに琵琶湖が大きくなったり小さくなったりしてきた。つまり、増水により湖岸に住んでいた漁民たちの村が沈んだものと理解できる。


 しかし、ここに一つだけ、まったく不思議な湖底遺跡がある。

 それはまだ世間ではあまり知られていない――葛篭尾崎つづらおさき遺跡だ。


 位置としては奥琵琶湖にある竹生島ちくぶしまより北、湖に突き出した葛籠尾崎の先端。

 その水深70メートルの湖底から発見された


 えっ、70メートルの湖底に、かって人が住んでた、てこと?

 現在の琵琶湖の最深部は104メートル。

 一番深い所に近い場所で、人間の暮らしが営まれていたことになる。


 これって本当に人類?

 いや、墜落した宇宙人? それとも魚人?

 だが今ももってこのミステリーは解かれていない。


 【底】の謎はやっぱり深いのだ。



49―2 【友】


 【友】、右手の形の「又」(ゆう)を二つ組み合わせた字であり、手を取り合って助け合う意味になったそうな。

 そこから友だちの意味となり、友人や友情などの熟語を作る。


 ならば「朋」(とも)、これは一体何か?


 論語の一節に、『有朋自遠方来 不亦楽』とある。

 誰しも漢文の授業で習ったはずだから、少しは記憶に残っているだろう。

 そう、これは有名な――「朋」有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。

 遠方からの友人の訪問で、嬉しい気分を詠っている。


 しかし、この場合、【友】ではなく「朋」が使われている。

 なぜ?


 元々「朋」という漢字は、貴重な子安貝を紐で綴り、同等のもの二連を一組とした形。

 つまり対等に肩を並べた形を表しているそうな。

 そんな視点から、【友】には助け合う姿があるが、「朋」はどちらかと言うと同じフレンドであっても、ライバルに近いのかもしれない。


 つまるところ、【友】は助け合う同志であり、「朋」は競い合う同門の相弟子、こような違いで解釈されている。


 で、ここで疑問が。

 最近よく見聞する『ママトモ』。

 これってどっちのトモ?


 当然答えは、ママ【友】ではなく、ママ「朋」が正解……のような気がするが、どうだろうか?



49―3 【蘇】


 【蘇】の草冠の下の部は魚の頭部に小さな木を添える形だとか。そこから魚を生き返らせる、生気を保たせる意味ということのようだ。

 そこから「よみがえる」の意味になったとか。


 また、【蘇】の読みは(ソ、しそ、よみがえる)。

 この中の(しそ)は「紫蘇」で、中国原産の芳香ある一年草、お馴染みだ。


 そして正月に飲むのが「屠蘇」(とそ)。

 1年の邪気を払い、寿命が延びることを願って、酒に浸して飲む薬の名。


 他にこの【蘇】、8~10世紀の飛鳥時代に作られていたチーズのことを言う。


 春すぎて 夏にけらし 白妙しろたへの ころもほすてふ あま香具山かぐやま 


 これは有名な百人一首。

 この天香具山の南側の典薬寮てんやくりょう乳牛院にゅうぎゅういんで【蘇】は生産されていた。


 そして現代において、みるく工房という会社が試行錯誤の末に古代チーズ・飛鳥の蘇を蘇らせたとか。

 飛鳥時代の貴婦人が好んだ味だそうな。


 君待つと 我が恋ひ居れば 我が宿の 簾動かし 秋の風吹く


 これは絶世の美人の額田王ぬかたのおおきみが近江天皇を恋焦がれ歌った歌。

 実に切な過ぎる。

 そこで我慢できず、【蘇】を囓った、いや、囓らなかった……とかの噂がある。


 ということで、飛鳥時代の女王であり歌人を謹んで偲び、一度味わってみたいものだ。



49―4 【琴】


 【琴】、上部に「王」が二つ並んでいる。

 それは糸が張りわたされた形で、下の「今」が音符だそうな

 うーん、確かにそのように見えてくるから不思議だ。


 そして二五弦の大型の【琴】を「瑟」(しつ、おおごと)と書く。

 こちらの場合は二つの「王」の下に「必」だ。

 ならば、この「必」は一体何なのだろうか?


 調べてみたが答えが見つからない。

 二五弦の「瑟」は弾くにあたって【琴】より難しく、楽譜も練習も才能も……、何もかもが必要。

 だから、「必」ってことなのかな?


 さてさて、ここで【琴】が伴われた楽器の漢字名を列記してみよう。

 まずピアノは洋琴だ。

 さらに……

  オルガン     風琴

  アコーディオン  手風琴

  ヴァイオリン   提琴

  ハープ      竪琴

  ハーモニカ    口風琴   となる。


 それにしてもオルゴールは自鳴琴。

 確かに自分勝手に奏でるからな。

 いずれもうまく漢字を当てたものだ。


 ならばギターは?

 六絃琴と書く。

 なるほどと納得する。

 というのも、筆者もシルバーの手習い。遠い昔に囓ったことのあるギターを習いだした。


 しかし、これがとんでもないことに。

 とにかく六弦もあるのだから、もう気が狂いまんがな。


 それでも死ぬまでに一度で良いから弾いてみたい。

 そんな夢を厚かましくも師匠に申し出てみました。

 それはギタ女たちの一番人気曲、ジプシー・キングスのインスピレーション。

 これはTV番組の鬼平犯科帳のエンディング曲で、憶えてられる人も多いことでしょう。


 時間ある方は、You Tubeでご確認ください。

  https://www.youtube.com/watch?v=Tm7N0-LGpEc


 まあ、格好良いと言ったらありゃしねえよね。

 だけど、先生は仰いました。たった一言を――、「無理です」と。


 これにより、鮎風は再認識致した次第でございます。

 ギターは六弦【琴】でなく、才能を必要とする六弦「瑟」だと。



49―5 【鮮】


 【鮮】は「魚」と「羊」の組み合わせ。


 ところが、その「魚」は元々は「魚」を三つ組み上げた字の……

「 魚

  魚魚 」

 この字の意味は魚の臭いのこと。


 また一方の「羊」も、同様に組み上げた字の……

「 羊

  羊羊 」

 意味は羊の臭いのことだそうな。


【鮮】は

「 魚 羊

  魚魚羊羊 」で、両者の独特な臭いを合体させたような意味。


 しかし、神へのお供えは臭くないことが前提。

 要は、「魚」も「羊」も新鮮でなければならない。

 この条件を満たそうとの願望からか、肉や魚が新しい意味になったとか。


 とにかく【鮮】は

「 魚 羊

  魚魚羊羊 」

「魚」と「羊」ばっかりだ。


 朝採りのトマトにキューリ、……新【鮮】!

 野菜を褒め称えてる場合じゃないのだ。



49―6 【蜂】


 【蜂】、虫偏に(ほう)という漢字。

 なぜ(ほう)なのか?

 群がり飛ぶ蜂の羽音、それがホーと聞こえるからだ、とか。


 えっ、そんな安直なの? と首を傾げるが、以前に紹介した「蚊」も同じだった。

 ブーンと飛ぶから虫偏に「文」。文学とは関係ない「蚊」となる。


 なんやねん、この他愛なさ! と唸ってみたが、それでも他に、同類の漢字はないかな? と。

 この際だから調べてみたら、やっぱりあったのだ。


 「鳩」(はと)はクーと鳴く。

 だから「九」と「鳥」の組み合わせで――「鳩」。


 「鴉」(からす)はガーと鳴く。

 だから「牙」(が)と「鳥」の組み合わせで――「鴉」。


 「猫」は中国ではミアオと鳴くらしい。

 だから獣偏に「苗」(miao)で――「猫」。


 漢字って、結構適当に出来上がってんだと再認識するしかない。

 そして、ここは話しを元に戻して、【蜂】。


 女王蜂を世帯主とした蜂一家、一般的には働き蜂もメスと言われ、典型的な女系家族だ。

 されどもオス蜂はいる。ならば……、どこに?

 ということで、ここで『オス蜂物語』を、ちょっと長くなることをご容赦願い、一つご披露とさせてもらいます。


 村外れに、ミツコ女王が仕切るミツバチの家族が住んでいました。

 ミツコの周りには子供たちで溢れています。

 それは数万匹のメスの働き蜂たちです。


 すなわちミツコの体内に貯蔵されていた精子で、ミツコが順次受精させ、産んだ子供たちです。

 今ではすっかり成長し、毎日花の蜜を持ち帰り、甲斐甲斐しく働いてくれています。


 季節は春から初夏へと。

 キラキラと輝く太陽の下、数万匹の働き蜂に比べまったく数が及ばない、たった数百匹だけの男の子を、ミツコは産みました。

 しかもミツコは体内に保存してある精子を使わず、未受精卵からの出産です。


 したがって、オス蜂には父親がいません。

 ただただミツコのDNAだけを引き継ぐ、それはそれは純な男の子たちです。


 そしてその中にハチオがいました。

 男の子、いや弟って意外に可愛いものなのか、ハチオが生まれると同時に、働き蜂のお姉さんたちが次から次へと蜜を持って来て、食べさせてくれます。

 いわゆる過保護。こうしてまったく苦労知らずに大きくなって行きました。


 ああ、それにしても暇だ。俺にも何か家族のために貢献させてくれ!

 ハチオがこんな呟きをするのも当然です。仕事がないからです。

 朝から晩まで巣の中でプラプラとしてるだけ。これじゃまるでヒモか居候だ!


 そんなある日のことです。寝起きからハチオの血が騒ぐじゃありませんか。

 なんで?

 ハチオには訳がわかりません。

 しかし、これが神のお導きということなのか、大空へと飛び立ちたい衝動に駆られたのです。


 うーん、もう辛抱できないぞ!

 ハチオは巣から出て、天空へと羽ばたきました。

 するとどうでしょうか、上空に多くのオス蜂たちが集まっているじゃありませんか。

 何か面白いことでも起こるのかなと思い、「俺も仲間に入れてくれよ」とハチオも輪の中へと入って行きました。


 そんな時です。

 どこかの巣から飛んで来たのでしょう、それはそれは可愛いメス蜂が……。

 透き通った羽のしなやかさからして、まだ羽化して1週間も経っていないでしょう。

そう、彼女こそ――プリンセス蜂。


 そんな美姫蜂が輪の中へと飛び込んで来るじゃありませんか。

 びっくりです。


 もちろん独身オス蜂たちは興奮が抑えられません。

 オス蜂たちはこのプリンセス蜂とぜひ結んでみたい、その一心で飛びかかって行きました。


 当然ハチオも例外ではありません。

 しかし、このプリンセス蜂、ニューミツコは結構選り好みがきつくって……。

「あんた弱そうだから、ダメ!」と容赦なくオス蜂をどんどん撥ね付けて行くじゃありませんか。


 ハチオも1回ぶっ飛ばされました。それでもハチオは必死のパッチで訴えました。

「僕はそれはそれは強い新鮮な精子を持ってます。だから僕と結婚してください」と。

 この真剣さにニューミツコは感じるところがあったのでしょうか、「1回だけだけど、あなたのDNAを頂くわ」と若い身体を差し出してくれました。


 こうしてまったく血筋の違うハチオとニューミツコは結ばれたわけです。

 結果、ニューミツコはまったく近親ではないハチオの精子を腹に蓄え、新女王蜂の冠を被ったのでした。


 しかし、ハチオはキングにはなれず、結婚はここまででした。


「私は姑さんとは一緒に暮らせないわ。さっ、あなたはお母さんの巣、ミツコ女王のところへお戻りなさい」

 ニューミツコは冷たくハチオを促しました。

「えっ、俺はもう用なしかい。そんなアホな!」

 こんな文句を言うハチオを見捨て、ニューミツコは新女王にふさわしい巣を築くため、さっさと飛び去って行きました。

 ハチオはその後ろ姿をただただ目で追うしかなかったのです。


「あ~あ」

 ハチオがため息交じりで古巣に戻ってくると、ちょっと変。

 あれだけ優しかったお姉さんたちがハチオに出て行けと噛み付いてくるじゃありませんか。


「それにしても、俺は何のために生まれ、何のために生きて来たのか?」

 こんな忸怩たる思いを抱きながら外へと飛び立ったハチオ、もう力は残されていません。

「もうすぐ死ぬのだろうなあ」と予感がする。


 そんなハチオに夏の太陽が囁くのでした。

「ハチオ君、いいじゃないか、新女王が君のDNAを引き継ぐ何百万匹の働き蜂、そう、君の娘たちをこれから産むのだから」


 これにちょっと気分を直したハチオ、見上げれば、モコモコと入道雲がわき上がっていました。

「うん、そういうことだったのか」

 ハチオはどことなく納得し、ホーと最後の羽音を高鳴らせ、雲へと飛び込んで行ったのでした。


 これが虫偏に(ほう)という字を合わせた――【蜂】という漢字だそうな。


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