第24章 雉 株 晶 笑 艦 跳

24―1 【雉】


 【雉】、キジは矢のように飛ぶことから左に「矢」が付くとか。

 キジは日本特産、桃太郎などの童話に登場する。勇気と母性愛の象徴だ。これらのことより日本の国鳥となっている。


 だが、そこまでリスペクトされているにも関わらず、古くからよく食されてきた。

 「雉も鳴かずば撃たれまい」

 翼を打ち鳴らしながら「ケーン、ケーン」と甲高く鳴く。これで猟師に気付かれて、鉄砲で撃たれることになる。


 一方、「焼野の雉子 夜の鶴」(やけのきぎす よるのつる)ということわざがある。

 ここで言う「雉子」(きぎす)は【雉】の古名。

 野を焼かれても、【雉】は身の危険も顧みず子らを救う。また寒い夜、鶴は翼で子をおおって暖める、こんな意味だ。


 とにかく【雉】という鳥は、子を思う親の情が深いのだ。

 そんな【雉】、最近は養殖されるようになってきた。


 だがまだまだ野生の鳥であり、4、5、6月の3ヶ月しか産卵しない。そして発育も遅い。ブロイラーに比べ成長まで10倍の時間が必要だとか。

 それでも美味なことから鋭意改善され、一般人でも容易にその肉が手に入るようになってきた。


 【雉】は吉兆の鳥、きじ鍋でも味わえば、嬉しいことに福が舞い降りてくるような気がする。

 しかし、【雉】は国鳥、また桃太郎に出てくる、その上に子への情が深い鳥となれば、食すのに少し抵抗感が生じるのは仕方ないことだろう。


 そんな【雉】、ちょっと割り切れない漢字なのかも知れない。



24―2 【株】


 【株】とは、木の根に近い部分。

 地中を根と言い、地上のものを【株】と言う。そして木を切った後、【株】はずっとそこに残る。


 この残るということから、世襲で継続的に保持される地位や身分を【株】と呼ぶようになった。

 ここから【株】式会社となり、【株】式市場と意味が広がった。

 英語で【株】のことを「stock」と言うが、「蓄え」の意味があり、「残り」となにか似通ってるような気がするから不思議だ。


 そんな【株】式市場、「天井三日、底三年」、また「山高ければ、谷深し」などの格言が多くある。

 その中でも、ウォール街の投資家・ジョン・テンプルトンはいみじくも言った。

 【強気相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観と共に成熟し、幸福のうちに消えて行く】

 (Bull market are born on pessimism, grow on akepticism, mature on optimism, and die on euphoria.)

 まさに株式市場に対しての諸行無常、輪廻の世界観だ。


 うーん、なるほどと納得してしまう。

 と、感心してみても……、日本の株式市場ではバブル崩壊後本物の強気相場は生まれていない。「悲観」が20年間以上も続いているではないか。


 しかし、ここはことわざの「辰巳天井」。辰年/巳年は株が上がると言われている。

 アベノミクス、やっと巡り来た千載一遇のチャンスなのかも知れない。期待したい。


 ことほど左様に、【株】とは、悲喜こもごもの思いを抱かせてくれる漢字なのだ。



24―3 【晶】


 【晶】は象形文字であり、星の光が三つ集合した形だとか。

 そう言われてつくづく【晶】を眺めてみれば、なるほど、煌めいているようにも見えてくるから不思議だ。


 かって堺に鳳志よう(ほうしょう)という女性がいた。この女性、旅館の歌会で知り合ったひろしという男と不倫関係に落ちた。後は略奪結婚。


 その後、日露戦争に従軍する弟を思い、

  あゝおとうとよ、君を泣く

  君死にたまふことなかれ

  末に生まれし君なれば

  親のなさけはまさりしも

  ……と詩を発表。

 そして夫・寛のプロデュースで処女歌集『みだれ髪』を世に出す。


 この歌人こそ、「志よう」という名前を【晶】に置き換えた『与謝野晶子』だ。

 夫は与謝野鉄幹。

 まさに三つの星の輝きと、鉄とが組み合わさった夫婦だ。

 そのためか、鉄より【晶】の方が煌めいていたのだろう、結婚後、与謝野鉄幹は鳴かず飛ばずの歌人となってしまった。


 このように【晶】という漢字、他よりも美しく煌めき、かつ力強いのだ。



24―4 【笑】


 【笑】、巫女が両手を上げて、舞い踊る形だとか。

 そして、神に何かを訴えようとする時は笑いながら踊り、神を楽しまそうとすること、それが【笑】だそうだ。

 なるほどと、これには納得してしまう。


 そんな【笑】、いろいろな笑いがある。

 「爆笑」、「微笑」、「高笑」などは明るいが、「苦笑」、「失笑」、「冷笑」はちょっと頂けない。

 四字熟語も「破顔一笑」、「呵呵大笑」などが多くある。その中でも「笑門来福」、つまり「笑う門に福来たる」だ。


 この【笑】、英語では一般的に……スマイル「smile」を思い浮かべてしまう。

 「smile」は笑いの中でも「微笑」だ。モナリザのあの笑いはあくまでもスマイルなのだ。


 英語の【笑】、他にも多くの種類がある。

 ラフ「laugh」もその一つ。これは声を上げて笑うことであり、「高笑」に近い。

 他に「くすくす笑う」は「giggle」、「嘲笑」は「sneer」、「歯を見せてニコッ」は「grin」……などがある。


 いずれにしても【笑】、元々巫女が踊り、神への愛想笑いだったのだろうか、その後いろいろな【笑】が増えたようだ。



24―5 【艦】


 【艦】、船上に板で囲った部屋を作り、矢を防ぐ構造の船のこと。つまり軍船だ。

 長江を挟んでの戦争、その三国時代に建造されたとか。


 そんな【艦】、日本には不沈船艦と呼ばれる大和があった。

 それは昭和15年8月8日、呉海軍工廠くれかいぐんこうしょうで進水した。

 そして、その1年半後の昭和16年(1941年)12月7日、日本軍は真珠湾攻撃をした。これにより太平洋戦争は開戦となり、戦艦大和はその8日後に就役に就いた。


 日本帝国海軍の第三次海軍軍備補充計画、通称マル3計画の目玉として建造された戦艦大和、満載総排水量は7万トンを優に超える。

 全長263メートル、口径46センチ/重量2600トンの主砲を三基九門を備え、まさに洋上に浮かぶ要塞、つまり不沈戦艦だった。いや、そのはずだった。


 アメリカ軍はレイテ沖海戦に勝利し、フィリピンを攻略、そして沖縄へと上陸を開始した。これに日本軍は天号作戦を発動。

 その一号作戦の遂行中、昭和20年4月7日、戦艦大和は米軍機動部隊の猛攻撃を受けた。

 最後に魚雷10本、爆弾7発を受け、戦艦は二つ折れとなった。


 不沈戦艦・大和は鹿児島・坊ノ岬の西沖、約200キロ位置、北緯30度43分/東経128度04分に沈没した。

 水深345mに、現在も堂々と、されど無念の巨艦、それが横たわっていると言われている。


 潜水し、その勇姿を眺めてみたいものだが、……、つらつら思うに、【艦】、いつも悲劇を伴う漢字なのだ。



24―6 【跳】


 【跳】、右の「兆」は亀の甲が熱ではじけ、出来たひび割れの形だそうな。

 他にいどむことを「挑」、そして激しく躍り上がるようにとぶことが【跳】だとか。


佛跳牆(ぶっちょうしょう、フォーティャオチァン)

 これは中国の伝統ある福建料理。

 高級な乾物食材、干しアワビに干し貝柱、フカヒレに朝鮮人参、そして紹興酒など20種類以上を数日かけて調理した高級スープだ。

 そして、その味は――あまりにも美味しそうな香りがして、お坊さんでさえも寺の垣根を飛び越えてやって来るほどのものだ、と。


 だから名前は、佛跳牆ぶっちょうしょう

 つまり「仏が跳ぶ、牆(垣根)を」と言う。

 通称――『ブットビ・スープ』と呼ばれている。


 確かに味わってみると、お坊さんの気持ちがわかるほどの美味。身体はポカポカと熱くなり、跳ねたいほど元気になる。

 まさに、疑いなしの『ブットビ』味だ。


 他に、余談となるが、【跳】という漢字、四字熟語「竜跳虎臥」(りゅうちょうこが)というのがある。

 意味は、筆勢、いわゆる文章が縦横自在であり、竜が跳ねるような勢いがあることをいう。

 物書きの端くれとして、『ブットビ・スープ』を飲んで、あやかりたいものだ。


 とにかく【跳】、元気一杯な『ブットビ』漢字と言える。




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